第六話 訪問者

源内の長屋は両国広小路を西に330けん(約600m)ほど行った所、大和町代地やまとちょうだいちというところにある。

(現在の東京都千代田区岩本町2丁目あたり)


『長屋でもう少し土左衛門の容態変化ようだいへんかを見たい』とせがむ玄白を帰した源内達は、大通りにある番屋ばんや(町人地にある派出所のようなもの)の前を通るのを避け、路地裏から路地裏へと抜けた。


江戸の町は100万人もいるものだから、防犯・防火などの対策のため住居エリアごとに番屋ばんや木戸きどもうけられ、そこには知らない者が勝手に他の区画へ入り込むことがないようチェックするために番太ばんたと呼ばれる番人が置かれている。


こういった監視の目は

<向こう三軒両隣さんげんりょうどなり>に住んでいる人が誰なのかもよく知らない現代とくらべると、アナログだけどずっと厳しかったといえるのかもしれない。(逆に見ると、人の目がどこにでもある日常は、今よりもっと息苦しい側面もあったかもだけど)



源内達はどうにか誰からも呼び止められることもなく、借家のある裏店うらだな(=表通りから少し奥にはいった路地にある家屋かおく)の木戸きどまで戻って来た。


この木戸にももちろん番太ばんたがいる。

名は平七へいしちというちょっとやさぐれ系の若造わかぞうである。


平七は源内の姿を見て顔を出してきた。


「おまりちゃん、まーた眠っちまってんの?

 あれ、ずいぶん濡れておいでで、おや?」


平七が源内の後ろ、一馬の背にも気づき近寄ちかよろうとしたがあわてて源内が前をさえぎった。


「ああ、火消したちに思いっきり水ぶっかけられてな」


「あの半鐘はんしょう(火事を知らせるかね)、先生だったんですかい、りないねえ ・・・で、そちらは?」


「見世物を見に来た客だ。煙に巻かれ気を失ってしまってな。めぇさまさねえから長屋でちと介抱かいほうするのさ」


「見たところ相当具合が悪そうだ・・・」


 平七はうたがわしそうな目で一馬の背をじろじろ見たが、土左衛門の女には長羽織ながばおりをかぶせてあるので肩口かたぐちに乗せた頭の部分しか見えてない。源内は作り笑いをしてこたえた。


「ほれ、以前もどっかのじいさん、見世物見に来て急にしんぞうが苦しいって、その時も面倒めんどう見たじゃねえか」


「そんなこともあったっけねえ」


「ささ、そこを通してくれ。エレキテルも濡れちまってな、早く乾かさねえと」

源内が振り返ると、それに合わせて福助が風呂敷ふろしきに包んだエレキテルを持ち上げてアピール。


「へえ・・・」


介抱かいほうしてお返しするだけだっつーの!」


「へえへえ」


源内達は木戸を抜けると、なんとなくうたがいの目を向けている平七へいしち尻目しりめに、裏店うらだなの一番手前、すみげんの字を丸で囲んで書かれている戸口とぐち障子しょうじを目指してそそくさと向かった。



   *   *   *   



「先生っ(≧∇≦)!! 大変ごぶさたしておりましたあ!!」


「うわ!」


戸を開けた源内がマリアを背負ったままひっくり返りそうになったのを一馬と福助が体で支えた。


長屋には一人の侍が源内たちを待ち構えていた。


「ブスケ!」


「殿のお供で本日江戸に参りました。

 秋田土産あきたみやげもたんまり、

 ほらこのとおり(゚∀゚ 三 ゚∀゚)!!」


まん丸い二重ふたえの目をくりくりとさせ、旅装束たびしょうぞく田舎武士いなかぶしが酒や若鮎わかあゆ味噌漬みそづけ、ハタハタ干物ひもの、いぶりがっこや山菜を干した漬物つけもの山芋やまいもきのこなどを山と抱えて喜々として源内を出迎えた。


「なんだよ、ふみもよこさねえで」


「急に殿が江戸行きとなりおともおおせつかりまして。もううれしくて嬉しくてふみなんぞ書くのを忘れとりました!わあはは」



「ブスケ? 先生?」

土左衛門の女を背負った一馬が源内の後ろからその侍をのぞき込んだ。


「ああ、ほら解体新書かいたいしんしょ挿絵さしえかせた・・・」


秋田藩士さたけはんし小田野おだの直武なおたけ!源内先生の一番弟子ですっ!!===(v゚∀゚)v 直武なおたけたけ武助ブスケ、先生がつけてくださった名なんですっ!!! 」


「い、一番弟子ぃ??」


一馬は源内の一番弟子を名乗った、自分と同じくらいの年齢の侍にちょっと不満そうな顔を向けた。


館脇たてわき・・・一馬かずまと申します。先生のもとで医術を修行しております」


「ほう!てことは私とあなたは兄弟弟子きょうだいでしって事だな!いやあうれしい、弟だ君はカズマくん!兄弟子あにでし武助ぶすけだ武助と呼んでくれ!よろしーく!」


「は、はあ…」


一番弟子を勝手に取られ、しかも一方的に弟にされて一馬はなんとも釈然しゃくぜんとしない顔であいまいにうなずいた。



小田野おだのさま!ごぶさただあ!!」

福助ふくすけも元気そうだな、あれ?先生、マリアちゃん?んん?」


源内の背ですやすやと寝ているマリアに気づいた直武は、その後ろの一馬が背負っている土左衛門の女にも目を向けた。



「ああ、早速で悪いが」


「は?」


源内はあごで背中のマリアと一馬の背負った女をし示し、次に玄関口を見た。 


「ちと、外をな」


直武なおたけは源内とアイコンタクトをわすと顔つきが変わり、小さくうなずいてこたえ、軽い身のこなしで立ち上がって入り口の戸板といたの影に立った。



「福助は女物の浴衣ゆかたをふたつ、おぬいさんかおよねさんのところで借りてきてくれ。ああ、先に湯をかしてな」


「へい」


と言って福助は荷物を土間に置くとかまどに火をつけて水を鍋にみ、直武なおたけはその横で外の様子に目を光らせた。


   *   *   *  



源内たちが住む借家しゃくやは下が八帖はちじょう、上が六帖ろくじょうの二階建てとなっていて同じ長屋に住んでいる他の住人たちの借家から比べると広いほう。


一階は日銭ひぜにかせぐための金唐革紙細工きんからかわ・かみざいくの道具類が大きな場所をめ、ゆかには様々な書物や道具が散乱し、壁には源内が作りかけている西洋機器の試作品や日本各地から集めた鉱物、植物、生物かどうかも分からぬ得体の知れないものなどが隙間すきまなく引っけられていた。


金唐革紙細工きんからかわ・かみざいくとは、


厚手の和紙に金とうるしを混ぜ合わせたもので模様が描かれた美しいがらが特徴の細工物として、もともとはオランダから輸入された高級品だったが、


日本でも模造品もぞうひんが作られるようになって、ちょいとおしゃれな小箱や煙草たばこ入れなどで流行し人気があったため、源内もいち早く目を付けていた。



二階は源内の書斎しょさい寝室しんしつとなっていて、文机ふづくえを取り囲むように、源内が大枚たいまいをはたいて買ったオランダ語の図鑑や技術書などの山で埋め尽くされ、少し大きめのせんべい布団ぶとん万年床まんねんどことしてかれたまま。


マリアを背負って二階へ上がってきた源内は、足で書籍しょせきの山を押しのけてふたり分寝かせられるスペースを確保。

すぐさまマリアをとこに寝かせおびをほどいてやっていると、一馬も女を背負って上がってきた。


源内は一馬に支えさせて女の襦袢じゅばん(着物)を脱がし、とこに寝かせ刀傷かたなきずの具合をあらためた。

うっすらとあとがみえる程度で傷口はすっかりふさがっている。


次に脈を見たり胸に耳をあててみるがしんぞうも正常に動いていて、肌も血色けっしょくを取り戻していた。

一馬は息を飲んで源内の触診しょくしんを見つめている。


致命傷ちめいしょうで水に投げられ、一昼夜過ぎた女をマリアは手をかざしただけで治したのだ・・・


『死んだ人間を生き返らせたのに等しい』



源内は、女の横で安らかな寝顔で眠っているマリアを改めて見つめて、おでこをさすってやった。


福助が浴衣を持ってきて顔を出した。


先生しぇんしぇ浴衣ゆかたを借りてきました。湯はもう少しで」


源内は福助から浴衣をもらうと、ひとつを一馬に手渡した。


「一馬、その女着替えさせてくれ

 どうやらやることねえや」


「は?」


「そのままじゃあ風邪ひいちまう、体をいてな。寝かしときゃそのうち目ぇ覚ますだろ」


源内はマリアの頭を優しく持ち上げ髪を解き始めた。



   *   *   *   



「うん うまい。秋田の酒にはこいつだな」


いい頃合ころあいで焼けたハタハタの干物を頭からかじりながら源内はぐいと酒をんだ。

次いで山菜の漬物に手を伸ばす。


「おい一馬、お前もこっち来い」


かまどで焼き物をしていた一馬は団扇うちわで顔をあおぎながら土間から上がって源内と福助の間に座った。

福助が一馬に大きめの猪口ちょこを渡し酒をぎ一同、目の高さあたりにさかずきを上げ乾杯。


一馬は物珍ものめずらしそうにハタハタあゆをつまみ上げ、口に放り込む。福助はしっかり味わいながら酒をちびちびと呑んで漬物に手を伸ばしている。


直武はその様子を満足気に眺め、天井に目を送りつつ源内に聞いた。

ただの明るい侍ではない顔になっている。

「で、先生」


「うん。あれな、土左衛門」


「はあ?」


「大川に浮いていたのさ…殺し稼業かぎょうの者にられていた」


「・・・」

 直武は座り直してちびりと酒を舐めた。


「ほぼ死んでたがマリアが治した」


 直武はぐいと酒を飲み干し無言でうなずいた。


「これを見てくれ」


源内がたもとから小さな巾着きんちゃくを出した。

「あの女のふところにあった」


直武は少し酔って赤くなりはじめた鼻に似合わない鋭い眼光に変わり、その巾着きんちゃくを見つめた。


薩摩絣さつまがすり


「そのとおり」


源内はぐいと酒をのどの奥へ流し込んだ。


一馬が驚いた顔で反応した「薩摩…」


その時、一馬の頭上から大きなものが落っこちてきた。


「きゃあ!!」


ドシーン!!!

「ぐえ!!」


天井裏の梯子はしごみ外したマリアが一馬の真上から落っこちてきた。


「いたたた・・・イッたーーーーい!」

「うええ・・・」


「カズマ、ごごごゴメン(≧艸≦)」

「ま、マリアちゃん 目、めたの」


「手はどうだ」


マリアはにぎにぎと手を動かして見せて

「うん、このとーり!ありがと、センセ!!・・・あれ?ダーレ?」


「おおマリアちゃん、久しぶりでござる!」


「ん、えーーーーと?」


「ほら!直武なおたけですよ!!ブ・ス・ケ!先生の一番弟子の」


「・・・あーーーーお酒ときれいな女の人が大好きで殿様にすっごくしかられて国元くにもとに戻されちゃった武助ぶすけだーーー!」


「いやははははマリアちゃん、あははははは・・・絵が上手いってのが抜けてるなあ。さ、まんずまんず、こっちさ来い。一緒にむべ!ははははは」


直武は頭をきながらマリアをかたわらへ座らせ、さかずきに酒をいだ。


マリアがぐいと一気にす姿に直武はうれしそうに笑った。


<つづく>

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カラクリマリア 戯画團 戯曲工房 @Giga-Dan_Simogumi

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