ぼっちドラゴンと幼女姫のお伽噺
翔馬
ボーイミーツガール
小さなドラゴンとお姫さまの贈り物
歴史の片隅に埋もれたある時代。
とある宇宙のとある星雲にあるとある惑星のとある王国でのおはなし。
あるところに小さな小さなドラゴンがおりました。
「……俺、落ちこぼれじゃねえもん……」
彼は独りぼっちで歩いていました。
時々どこかから石つぶてが飛んできて彼の未だ柔らかい鱗に傷をつけていきます。
「…俺は、でき損ないじゃ、ねえもん…グスッ」
小さなドラゴンの体には無数の傷があります。
まだ幼体とは言えドラゴンですからそう容易く怪我をする事はありませんし、小さな傷がついたところで二三日もすれば治るものです。
しかし彼の体には絶えず傷があるのです。
治りきる暇もないくらいしょっちゅう石つぶてが飛んで来るからです。
「……俺、俺は、み、みそっかす、じゃ、ねえよう…グスグス」
石が当たるのを避けることはできるのですが、それをすれば更に大きな、更に沢山の、石つぶてが彼を傷つけるために飛んでくるので、彼はその石つぶてを受けるしかありません。
毎日毎日、雨あられというように降り注ぐ悪意の石つぶてに彼は耐えていました。
しかしいくら耐えようと容赦なく石つぶては飛んできます。
石がひとつ当たるたびに、彼は傷つきます。
それは鱗だけでなく、心を傷つけていきます。
心についた傷は丈夫なドラゴンでも、簡単に治りません。
一生消えないこともあるのです。
彼は石を投げつけられながら山の中にあるドラゴンの集落の隅っこをとぼとぼと歩いていました。
立っていても座り込んでも歩いても石はどこからともなく彼にぶつけられます。
今日もいつものように石つぶてが飛んできました。
目をつぶって痛みをやり過ごそうとした、その時。
「きゃあああっ、姫さまあああああ!!」
若い女性の声がして頭上を見上げると、小さな女の子が降ってくるではありませんか。
突然の事に驚いたドラゴンは皆すぐに集落を放棄して逃げ去っていきます。
ドラゴンという動物は排他的で本当は臆病な生き物なのです。
気づけばそこにはもう置き去りにされた小さなドラゴンだけしかいません。
彼は本当の独りぼっちになってしまいました。
原因となった女の子はまだ落下し続けています。
女の子とドラゴンとの距離はかなりあるのですが視力がとてもいいので隣の国の空を飛ぶ白い鷹だって見えるのです。
そこから更に遠くに彼女の仲間とおぼしき影が見えますがあまりに遠いので助けは間に合いそうもありません。
落ちている女の子を助けられるのは落下地点にうずくまっていた小さなドラゴンしかいないのです。
しかし彼は少しだけ悩みました。
ドラゴンたちが集落を放棄した原因はあの女の子です。
形だけの仲間でも集落があってドラゴンたちがいて孤立していてもその中に居られた内は本当の独りぼっちではなかったのに。
そう思うと女の子が憎らしいのです。
独りぼっちになった小さなドラゴンは考えました。
憎らしい女の子を見殺しにしてドラゴンたちを追いかけようか。
いっそ何もかも無かったことにしてひとり自由な旅ドラゴンになろうか。
けれどどんなに素晴らしい夢を見ようと何かが喉に引っ掛かったように気持ちが悪いのです。
「誰か…姫さまをたすけてっ!」
女の子の仲間らしき女性の声が叫んでいます。
張り裂けそうに悲痛なその声を聞いてドラゴンは思い出しました。
初めて石をぶつけられたときの事です。
産まれて一年二年が経つと周りのドラゴンは彼より一回り二回りと大きくなるのに彼はいつまで経っても小さいままでした。
「やーいちびドラー」
「ちびちび小さいちびドラゴーン」
「やめて、いたい、いやだよ…」
彼は周りの同じ時期に産まれたドラゴンに石を投げられたのです。
弱肉強食の野性動物の世界でも頂点たるドラゴンですから、体の小さな彼は足手まといに見られてしまいます。
あるとき彼は耐えかねて母ドラゴンに救いの手を求めました。しかし
「たすけて、おかあさん…」
「………自分で何とかしなさい。同じドラゴンだっていうのになんでこう育ちが悪いのかしら。嫌だわ………」
小さな小さな彼の手はすげなく振り払われたのです。
石が鱗を傷つける痛みより、子ドラゴンたちの心ない言葉より、何より彼の心を傷つけたのは母ドラゴンの興味を失った冷たい目でした。
後にも先にもこの時ほど心が痛んだことはありません。
それから彼はひとりで耐えてきました。
あるときは隠れたしあるときは言い返そうとしました。
ですが反抗しようとすればするほど子ドラゴンたちはいっそう強く、石や悪意の言葉を投げつけてきました。
やがて諦めた彼はただ黙々とやり過ごして耐えてきたのです。
けれど今小さなドラゴンは独りぼっち。
同じドラゴンの仲間も母親ももういません。
同時に悪意をぶつける存在も無くなったのです。
そして今、その原因の女の子が彼の真上に落ちてきているのです。
助けを求める声を、彼は聞いたのです。
小さなドラゴンは四肢を踏ん張って、背に折り畳まれた翼を広げます。
薄く水色に透けた美しい翼膜が空に翻ります。
ばさり。
ひとつ風を打つとたちまちのうちに上空に昇ってゆきます。
ばさり、ばさり。
ふたつ風を打てばまっすぐに女の子に向かって飛んでゆきます。
産まれて初めての飛翔でしたが思ったよりも上手に飛べて彼はホッとしました。
女の子は落下の衝撃で気を失い目を閉じているようです。
目前に迫った女の子はドラゴンよりもずっと小さくいとけないお姫さまでした。
小さなドラゴンが両の手を差し出すと落下速度は緩まり、女の子はふんわりと彼の腕におさまりました。
滑るように空を泳ぎ遠くに見えた彼女の仲間とおぼしき影に近づいていくと、綺麗な服を着た女の人が驚いた顔をしてドラゴンを見つめます。
ドラゴンの中では一等小さい幼体でも、人間に比べると三倍くらい大きかったのです。
しかし腕の中の女の子を見るとはっとした女性は天馬の手綱を引き、そっと近づいてお辞儀をしました。
「………姫さまを助けていただき、感謝いたします」
「……きゅるる」
彼は残念ながら人間の言葉を話せません。
成長が遅いためですがそれも集落で侮蔑の対象になる一因でした。
思わず俯いて喉を鳴らすとピクリと腕の中の女の子が震えて目を覚ましました。
よく磨いた果実のようなオレンジ色の瞳が彼には美味しそうに見えます。
己を抱えるものの姿をとらえた女の子はかすれた声で呟きました。
「ドラゴン…?」
「…きゅるる」
小さなドラゴンは愛らしい声に人間の言葉を返せないことが悲しくなりました。
ですが女の子は恐れる様子もなく彼女を抱えるドラゴンの鱗におおわれた顔に小さな紅葉のような手を伸ばします。
「私を助けてくれたの…?ありがとう」
「………………きゅるるるるっ」
初めて聞いた言葉でした。
けれどもなんだか心が暖かくなりました。
気のせいか心の痛みも少しばかり和らいだように思えます。
ありがとうとはなんでしょうか。
知らない言葉ですが彼はとても嬉しくなり、女の子を抱えたままでくるくると飛び回ります。
「きゃあっ」
ドラゴンははっとしました。
会話という会話はしたことがなかったけれどドラゴンたちの噂で知っています。
人間はとても弱い生き物です。
空も飛べないし、ドラゴンよりもちっぽけで弱いヤツラだとみんなが言っていました。
こんな高度の上空を飛び回ってはまた気を失ってしまうでしょう。
ゆっくりと空中で静止して恐る恐る腕の中を覗き込みました。
しかしどうしたことでしょう。
女の子は楽しそうにクスクス笑っているではありませんか。
小さなドラゴンはどうして笑っているのかわからず、不思議でしかたがありません。
「…きゅる?」
通じないとわかっていても問いかけずにいられませんでした。
すると信じられないことに、女の子は楽しそうに答えたのです。
「だって青い空とあなたの翼がとってもきれいで、怖くなくなってしまったんですもの」
小さなドラゴンは驚いてしまいました。
何故かわかりませんが女の子には彼の言葉がわかっているようなのです。
彼はついつい聞いてみたくなり先程の疑問を口に出していました。
「ありがとうって何の事?」
女の子は一瞬虚を突かれたように黙ってしまいます。
思いがけない質問にビックリしたのでしょうか。
聞いてはいけないことだったのかもしれません。
途端にドラゴンは彼女が怖くなり、すいっと天馬に乗った仲間らしき女性のところに戻ります。
「きゅるる…」
押し付けるように女性の腕に返そうとしたとき、女の子は答えました。
「…ありがとうとは感謝の言葉。お礼の言葉。私はあなたに助けられた。だから、ありがとうと言ったのです」
小さなドラゴンはよくわかりませんが女の子が答えてくれたのが嬉しかったので口に出してみます。
「ありがとう。答えてくれて話してくれてありがとう!」
「どういたしまして。水色のドラゴンさん」
「どういたしまして?どういたしましてって何の事?」
「どういたしましてっていうのはお礼に対するお礼、かしら?あっているかしらレリー」
「正確には謙遜する言葉ですが…よろしいと思いますよ、姫さま」
「悪いことをしたらごめんなさい、お礼をしたかったらありがとう、ありがとうと言われたらどういたしましてって言うのですよ」
「うふふ、姫さまったら。お姉さんぶりたいのですね…」
彼の目にはちょっとだけ誇らしそうに胸を張って言う女の子がキラキラして見えます。
言葉を教えてくれる女の子は凄いのだと思いました。
そしてまた疑問がわきます。
「レリー?レリーって何の事?」
「レリーはレリーよ。ここにいる私の侍女の名前です」
「はい。侍女のレリーと申します」
「私はフェアというんですのよ。水色のドラゴンさん、あなたのお名前は?」
小さなドラゴンは悲しくなりました。
名前というのは誰かを呼ぶときに使う言葉だったのです。
彼には名前がありません。
だってドラゴンは皆彼をでき損ないのちびドラゴンと呼んだのです。
それが名前というものでなく悪意だということは小さなドラゴンにもわかっていました。
だから彼は黙って首を振ります。
すると女の子、フェアはオレンジ色の瞳を輝かせて言いました。
「名前がないなら、つけましょう!私がつけたいわ!何がいいかしら?」
「まあ姫さま!そのように大事なことを強引に決めては…よろしいのですか?ドラゴンさん」
慌てだす侍女レリーに小さなドラゴンは首を縦に振りました。
二人の会話を彼は羨ましく思ったのです。
そのひとそのものを
彼はその名前というもので呼ばれてみたいと思ったのです。
「フェア、俺に名前をちょうだい」
「………そうですわ。透き通る水色の美しいドラゴンさん、アックアフローテ、というのはどう?愛称はアックアよ」
「アックアフローテ…俺は、アックア!ありがとう、フェア!」
名前をつけてもらった小さなドラゴンは嬉しくて嬉しくて感謝の言葉を叫びました。
その時彼は、アックアは強い光に包まれます。
「きゃあっ、な、何っ?」
「姫さまっ!」
ドラゴンからとっさに渡されたフェアをレリーは強く抱き締めました。
目が潰れそうな光は一瞬のことですぐにおさまりますが、アックアの姿がその一瞬の間で変わってしまいました。
なんと先程までより二回りも大きな体です。
透き通る水色の鱗は夏の青空のように深く濃い青色になっています。
けれどその翼は淡い水色のまま、彼の名前のままの水色でした。
今の彼は前の彼より色んな事ができるようになっていました。
「ありがとうフェア、俺に名前をつけてくれて」
「ドラゴンさん、いえ、アックア、あなた人間の言葉を話せるようになったの?」
「ああ、確固たる存在に成れたから」
名前とは個を現す言葉。存在を固定する言葉。
ここにいてもいいよと言う素晴らしい贈り物だったのです。
そんな名前を得たアックアは特別な竜として目覚めました。
だから望めばどんなことでも可能なのです。
「俺はドラゴンから爪弾きにされたちびドラゴンだから、居場所がないんだ。どうかフェアのそばに居させてくれないか?」
「そんな、あなたは偉大なるドラゴンでしょう。小さくなんかないですわ!それに、ちっぽけな人間の世界よりも相応しいところがあるのではありませんか?」
アックアは怒ったように言い返すフェアに苦笑します。
フェアの顔を覗き込もうとしますがフェアに近づくには大きな体が邪魔だし危険です。
こんな弊害があるとは思っても見なかったアックアは少し口を尖らせます。
ムッとしたアックアは小さな炎を吐いて憤慨を示したあと、思い付いて人間に変身してみました。
フェアと同じくらいになろうとしましたが先程までより成長したせいか、レリーと同じくらいになってしまいました。
五歳のフェアよりも十七歳のレリーに近い十五歳の少年です。
小さな角と青い鱗におおわれた尻尾が残ってしまいましたが上出来だと思いました。
このくらいの年の差が丁度良いと思ったのです。
背中にある翼は収納が可能です。
いずれはすべて人間そっくりにできるようになりたいとアックアは考えます。
「さあこれで近くまで行けるぞ。フェア、俺は俺を爪弾きにしたドラゴンよりもフェアと居たい。ダメか?」
アックアはフェアをレリーから抱き取って囁きました。
想いを込めてとびきり甘く。
「うぇ…っ?」
「俺に名前をくれたお前の傍に居たいんだ…フェア」
熱い吐息がフェアの耳にかかりぞわぞわします。
とても幼体のドラゴンがすることとは思えません。
実は高卒フリーターから転生した中身妙齢の成人女性なフェアにはアックアの妖しい色気とアプローチがわかってしまいます。
もう一息とばかり口を開こうとしたアックアに
「あぅぅ………ダメ、じゃありません…」
「じゃあフェアの国に送っていこう。俺の国にもなるだろう。末長くよろしくな」
「うう、かわいい弟みたいだと思ったのに…詐欺ですわー!」
竜の成長は普通のドラゴンと違いその時が来ると一気に進むものなのです。
こうして小さな小さなドラゴンは
めでたしめでたし。
ぼっちドラゴンと幼女姫のお伽噺 翔馬 @nyumnyum
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