ex. 一日遅れのメリークリスマス! 3

 昼ご飯を終え、今井さんや崇さんと一緒にクリスマスのご馳走を作る手伝いをして、夜になった。

 今井さんもよかったら、とクリスマスパーティーに誘ったけど、ご主人が待っているからと帰って行った。今井さんとほぼ入れ替わりのタイミングで真衣がぶどうジュースを持って現れ、その30分後にはお父さんが帰ってきた。


 お父さんはfavoriに注文していたケーキを受け取ってきたようで、ケーキの箱を差し出した。それを受け取り、お礼を言って冷蔵庫に入れた。

 お父さんが部屋でスーツからカジュアルな格好に着替えてくると、いよいよクリスマスパーティーの始まりだ。


 パーティーと言ってもたった4人だし、特にすることもないので、食卓の席について料理を囲むだけだ。

 クリスマスパーティーと言うと、普通はプレゼントの交換でもするんだろうけど、24日の夜に急きょ今日のことを決め、私はバイトで忙しくてプレゼントを用意する時間はなかったのだ。そこで、プレゼントはなしにしてもらった。今日は美味しいご飯を食べようって会だ。


 真衣の持ってきてくれたぶどうジュースで乾杯をして、今井さんと作ったご馳走を食べる。

 今井さん特製のローストチキンは皮がパリッとしていて、身はほろっとしている。とても美味しい。

 チキンのお腹の中には香りづけにタイムやローズマリーなどのハーブと、じゃがいもや人参などの野菜が詰められている。野菜は蒸し焼きのようで、とても柔らかくなっている。これまた美味しく、チキンと一緒に食べると最高だ。頬がふにゃっと緩む。

 私も野菜を切ったり詰めるのを手伝ったので、喜びも大きい。


「今井さんの料理も美味しいねー」


 真衣の言葉に、私は何度も頷く。


「オレもこういうパーティー料理みたいなのはあまり作ったことないから、すごく勉強になったよ」

「こっちのカルパッチョも美味しいよ」


 お父さんの言葉につられて、鯛のカルパッチョを食べる。サラダと刺身の組み合わせを発見した人は天才だ。もちろん美味しくないわけがない。

 あっという間に料理をたいらげ、食後にケーキを切って出した。


「ケーキも美味しいんだけど、さすがにお腹いっぱいで食べきれないかも」

「私も。別腹も働かないくらい満腹になっちゃった」


 服の上からお腹をなでた。ぽっこりと膨らんでいる。

「ちょっと休憩ー」と言って、真衣はリビングのソファに座り込んだ。それを合図にしたように、各々が食卓から離れ、くつろぎ始める。

 私もこれ以上食べるのは厳しいかな、といったん席を立つ。

 どうしようかな、とリビングを見渡すと、お父さんがクリスマスツリーの前に立っていた。


「お父さん」

「ああ、茜。どうした?」


 お父さんの真後ろから声をかけると、お父さんは振り返った。私はその横に並ぶ。


「えと、ツリーありがとう」


 気恥ずかしさからお父さんの顔を見れず、俯き加減で呟くように言った。


「このくらい気にするな」


 お父さんは私の頭をポンポンと叩くようになでる。

 お父さんに甘えたことなんてほとんどないし、こんな触れあいは慣れないけど、悪い気はしない。口元が上がるのがわかった。


「うん、あの。ツリー、綺麗だね」

「そうだな」


 そこで会話が止まってしまい、困る。何か話さなきゃと思っていると、お父さんがぼそっと言った。


「これからは毎年、こうやって飾りたいな」

「うん」

「茜がいつか結婚するまでは」

「うん……って、結婚!?」


 いきなりの飛躍に驚く。

 まだ学生だから、そんなこと考えたことなかった。親を見ていて夢も持てなかったのか、結婚に憧れたこともない。


「でも、早ければあと10年もないだろう。あと何回、一緒にクリスマスを過ごせるのかな」


 お父さんは寂しそうな顔で微笑んだ。


「もしかしたら、一生結婚できずにここにいるかもよ?」

「それは困るけど……それはそれで嬉しいかもな」


 今度はでれっと笑うお父さんを見て、心がむず痒くて仕方ない。


「そうなるといいわねっ」


 言うだけ言うと、私はその場を離れた。

 リビングの窓から庭へ下りる崇さんを見つけ、それについて行く。


「崇さん」

「なんだ。親父さんと話してたんじゃないのか」

「もう話は終わったの。崇さんは寒いのに外なんか出てどうしたの?」


 コートを着ていないので、ぶるっと冷える。


「あー。ちょっとコレ吸わせてもらおうと思って」


 崇さんは私にタバコを見せる。


「まあ、茜が来たからやめておくか」


 そう言って、タバコをパンツのポケットにしまった。


「え、吸っていいのに」

「いーの、いーの」


 崇さんの気づかいに申し訳なくなりながらも、私は庭を見た。


「雪……さすがに融けちゃったね」


 起きてから一度も降ってないはずだ。庭の端にわずかに雪が残る程度となっている。


「あれ、茜が作ったやつか?」


 崇さんの指さす方には雪うさぎがあった。


「うん、そう。でも、半分融けちゃってるね」


 かろうじて残ってはいるが、融けて小さくなっていた。目玉として差した赤い実は、片方が地面に落ちている。

 崇さんはわずかに残っている雪をかき集め、小さくなった雪うさぎにくっつけた。目玉の実と耳の葉っぱも付け直す。

 同じようにして、もう一体作る。雪うさぎは二体になった。


「これで寂しくないな」


 崇さんは子供のように無邪気な顔で笑った。

 私は崇さんの横でしゃがみこんで、雪うさぎを眺めた。まるで、私と崇さんのようだ、なんてね。

 この雪うさぎのように、私も崇さんの隣にいれたら……とは思うけど、わが家での臨時の家政夫の仕事は終わり、もう会う理由はない。難しいだろうか。

 胸に走る痛みを自覚しながらも、どうすればいいのかわからず、私は誤魔化すように笑った。


「ありがとう、崇さん」

「おお。次に雪遊びするときは、一人でじゃなくてオレを誘えよ」

「次?」

「ああ。別に雪遊びだけじゃなくてもいいけど、いつでも付き合うからさ」

「うーん。例えば、次に雪が降るのは来年でも」

「おお」

「じゃ、約束!」


 近いうちだけでなくずっとなんだと思うと、私は嬉しくなって、小指を崇さんの方に差し出した。その指に、雪を触って冷たくなった崇さんの小指が絡められる。


「嘘をついたら針千本飲ーます」

「指切った!」


 指切りをして、私たちは笑った。

 崇さんの仕事は終わったけど、私たちの縁はこれで終わりじゃないんだ。次がある。また会える。

 今日は今までで一番嬉しい最高のクリスマスだ!

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ヒトツボシ -ヤンキー家政夫と美味しい食事ー 高梨 千加 @ageha_cho

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