第2話 序章 ー中編ー

――先ほどの戦闘が行われた区画からやや外れ。

緩やかな勾配を登った先には、かつて各所に水を送っていたと思しき給水タンクが静かに佇んでいた。



その袂たもと、合流地点ランデヴーに最初に到達したのは斑鳩とギル。

程なくして、息を切らしつつ詩絵莉が到着した。

先に着いた二人は改めて彼女の無事を確認すると、安堵交じりに「よぉ」と片手を挙げる。


「とりあえず……はぁ……はぁ……言いたい事は沢山あるけどぉ……はぁ……」


銃以外の装備をその場にガチャガチャと乱雑に置きながら、詩絵莉は汗ばんだ栗色の髪の毛を掻き上げ、ぎろり、と二人を交互に睨み付ける。


「今回の設営は……ギルが全部やるなら、はぁ……お説教は無しにしてあげるわ……」

「……ああ、甘んじて受けさせて貰おう」


息を整えながら小さめのバックパックの中から水筒を取り出す詩絵莉に、バツが悪そうにギルは答えた。

斑鳩はそんな二人のやり取り越しに視線を丘のふもとへと移す。

遠巻きに大きな車体ながら、意外にも静かな走行音でこちらに近付いて来る装甲車が見える。


「よし、ローレッタも無事の様だな」


条件付きでお説教は無し、と言いつつも水筒に口を付けつつ軽い叱責に興じていた詩絵莉、そしてギルもそれに気付く。

装甲車は3人に寄せる様に静かに停車した。同時に車体前方のハッチが開き、黒髪の少女がその半身を乗り出すように見せる。


「はいほーみんな~。無事で何より!」


言わずもがな、梟フクロウのローレッタだ。

愛嬌のある笑顔で手を挙げる。


「みんなお疲れ様~」

「ロールもお疲れ様!」


身を乗り出した彼女は詩絵莉と互いに笑みを浮かべ軽いハイタッチを交わす。

斑鳩とギルにも「無事で何より」とそれぞれに軽く拳を突き出すと、彼女は再び車内のコンソールへとそそくさと戻って行った。

詩絵莉は開閉部に設けられたタラップに足を掛け、車内に少し体を入れコンソールへ向き合う彼女と映し出されるモニターを見つめる。


「良くも悪くも、合流地点まで残り1とされてる丙型との会敵はそれぞれ無し、か……」

「正直、ほっとしてるぜ……シエリ、改めて危険に晒して悪かった」


開閉部に上半身を突っ込んだ詩絵莉にギルは再度謝罪の言葉を投げ掛けた。


「全くよ。あたしがもし丙型になったりでもしたら……ギル、最初にあんたを撃ち抜いてあげるわ」


肩越しに振り返り、冗談めいた口調でそう言いながら、詩絵莉は「BANGバン!」と指でギルを弾く真似をする。


「おいおい、縁起でも無い話は止してくれよ。……ローレッタ、ここまでの索敵の結果はどうだ?」

「うん、一応今は1機この合流地点周辺を巡回索敵、フリーになった残りの2機はもう少し離れた位置を索敵させてるけど、相変わらず目標の影すら発見出来ないねえ」


コンソールの上部から垂れ下がる、3機の木兎ミミズクからの情報がリアルタイムに投影される、大型のヘッドマウントディスプレイに顔を埋めたままローレッタは答える。

同時に右手はボール型の入力デバイスの上で、忙しなく踊るように跳ねながら、各木兎のコントロールを行っていた。

その右手の動きに感心しつつ、詩絵莉はパタパタ、と首元を扇ぎながら斑鳩の方に向き返る。


アキラ、索敵はロールの木兎に任せてあたしと二人で万が一に備えて迎撃態勢。ギルが設営ってことで、いいよね?」

「……そうだな、空もいよいよ怪しくなってきた、急ごう」

「よし了解だ、設営機材を下す……後部ハッチを開けてくれ」


索敵に集中してるのだろう、それでも彼女は「んー」と生返事を返しつつ、左手で足元のスイッチをぱちんと弾くと同時に、ゴウン、と重い音を立て車体後方のハッチが開いていく。

それを合図に3人はそれぞれに動き出す。斑鳩は撃牙の装填を行い車体の右手へ。詩絵莉は愛用の狙撃銃を小脇に抱え、車体の左手で膝射しっしゃ姿勢を執りつつ装填を行う。

ギルは開かれた車体後方内部、兵員スペースを占拠していた中継局の設営に必要な機材や道具を慣れた手付きで運び出す。


「それにしてもやっと中継局の機材、下せるわね……道中ほんっと、狭いし危ないし……コンディションにも影響出ちゃうってもんよ、ほんと」


詩絵莉は"隼"として、視線は鋭くそのまま当然周囲を警戒しつつその機材を運び出す音を聞きながらため息を付いた。


「今回の機材は……どうにも、わりと旧型のヤツみてえだし、な……っと」


重たく大きな機材を運び出しながら仕方がない、といった面持ちギルは答える。


今回の作戦でここへ向かう道中、只でさえ乗り心地抜群、とは言い難いN33式兵装甲車くるまの待機スペースを圧迫、尚且つ無理やり押し込んだ形になった機材が走行の振動で倒れてきそうにもなり――

とにかく。3人ならば比較的余裕がある言えるスペースに押し込まれた"それ"に、任務前、特に神経質になると言われる式隼シキジュンとしての性格か――詩絵莉はメンバーの中でも一段と歯がゆい思いをしていた。


「仕方がないさ、この南東区域は他の区画と違って危険指定区域だしな……新しい通信機材なんて本部も設営したくないんだろ」

「……確かに仕方ないけどさぁ……今回みたいな南東区域方面の設営任務が続くなら、今度申請して運搬用のキャリア――借りるの提案するわ、道中疲れるのなんの……」

「……でもまぁ、これでも俺達の経歴からすりゃこのN33ハコ充てられてるのもすげえ事だと思うっ……ぜ……っと」


斑鳩の説明に納得出来ないと愚痴る詩絵莉に、ギルは地面に設備を固定するため、鋼鉄製のタープ(杭の様なもの)をゴム製のハンマーで打ち込みながら口を挟む。


確かにギルの言う通り、通常"ヤドリギ"の小隊は8~12人という数字に対して、斑鳩達は圧倒的に少ない4人という構成の部隊である。

現在所属する拠点において最小数部隊とされるその彼らに、最新に近い解析機材を積んだN33式兵装甲車を充てられているという事実は優遇と言って差支えの無い好待遇だ。


しかしそれは、ある意味彼らが勝ち取った待遇でもあった。


元々、彼ら――斑鳩、ギルバート、ローレッタ、詩絵莉の4名は元々別の部隊に所属していた。

だがそこで様々な問題や環境を抱え、実力を発揮出来ないで居た――それを纏め、最少数部隊として形にしたのが斑鳩であった。

彼もまた、別部隊にいち式狼シキロウとして配属されていたものの、上官との意見の差――言えば、作戦過程や任務過程に折り合いが付かず奔放され――


その先で同じような経歴を持つ、言わば他部隊より「爪弾つまはじき」とされた者同士で拠点所属部隊の規定数合わせの為に結成された、書面上にしか存在しなかった小隊……それが今の4人なのだ。


当初、そこは「弾かれた」程には個性的で尖ったメンバー同士、衝突も多々あったのだが――。

個々の能力の高さを確信した斑鳩は、何とか皆をまとめ上げ、調達、設営、斥候、救助、そして戦闘……あらゆる仕事を、悪く言えば上から横から、体ていよく「押し付けられた」ものでもあったのだが、一つ一つ黙々とこなしていった。

だが逆にそれは、彼らにとって実力を証明する機会を得るまさしく好機だった。

故にそれこそ小間使いの様な雑務であれ貪欲に消化し、次第に大きな任務も預けられる文字通り少数精鋭と言わんばかりの部隊へと成長を遂げたのだ。


結成から1年半。


現在ではその実力が大いに認められ、その能力を買われる事になった結果、任務は前線に展開するものが殆どとなった彼ら。

だが元々人類に仇名す"タタリギ"と戦う、人類に宿る木――"ヤドリギ"になると自ら志願した彼らにとってそれは本望である。

この隊で結果を出す以前は考えられなかった、拠点の同僚達……つまり他ヤドリギ部隊内からも一目を置かれる存在となるにつれて当然待遇も改善され、

装備や配給の面でもそうだが自拠点内に4台しか存在しないN33式兵装甲車の使用許可が下りたのは、まさに実力の象徴だった。


「これでよし、と……こっちは設営完了だ……キ……ローレッタ、テストを頼む」


ギルは額に浮かぶ汗を左手袖で拭いながら車体前方のハッチへと歩み寄る。

「今キサヌキって呼ぼうとした?」と怪訝な表情を浮かべる彼女に「い……いや……」と軽く手を振る仕草。

ローレッタは木兎等を制御するコンソールから少し体をずらし、そちらにも注意を向けつつ左手で別端末のキーボードを軽快に叩き、通信強度の確認に入る。

映し出される数値をチラチラと横目でチェックした後、再び木兎から送信される情報にも目を通す。


「うん……うん、大丈夫そう。それにしてもギルやん、設営早くなったよねえ、お疲れ様!」

「ああいう設備をいじるのはまあ、嫌いじゃないしな……こんだけやってりゃ、慣れもある」


――というか事あるごとにシエリに設営やらされてたからな。

喉まで出掛かった言葉を飲み込むと、ギルはうんうん、と一人で納得したように頷いて誰に向けてでも無く誤魔化すことにした。


「よーし、うん……タイチョー、シェリーちゃん~」


ローレッタの呼び掛けに覗いていた単眼望遠鏡をしまうと、詩絵莉も同じく銃を肩に背負い直し車体前方のハッチに集まる。


「いちおー、今回の目的は達成と言っていいかも。中継局の問題なく稼働開始、機能確認終了~だよ」

「ギル、設営ホント得意になったじゃない、お疲れ様!」


詩絵莉はギルの腰をトン、と拳で叩くと彼は「お、おう……」と複雑な表情を見せた。

それを見逃さなかった彼女と、「なによ」「な、なんでもねえよ」とやり取りが始まる彼らを斑鳩は片手で制しながらローレッタに問う。


「やっぱり残り1体は発見出来ず、か」

「そうだね、正直なところそう広い拠点跡でも無いから……一応、丁寧に探ったつもりなんだけど……」


ローレッタはやや申し訳なさそうに再びコンソールに映し出される情報に眼を落とした。

その様子を見ながら斑鳩は首を横にふる。


「いやいいんだ、よくやってくれた。今回は事前の情報が間違っていたんだろう……事前哨戒に加え、詩絵莉の銃声にも反応せず、こうして見晴らしのいい場所である程度時間経過もした。加えて木兎3機集中索敵でも見つからない。これ以上の捜索は無意味としよう」


斑鳩の言葉に詩絵莉も深く頷きながら答える。


「あとは回収班に任せようよ、回収班にもヤドリギの護衛ちゃんと着くんだしさ」

「そうだな……今回の事前報告と、1体発見に至らなかったという点を添えれば普段より護衛人員を増やしてくれるだろうさ」

「賛成だ、ミスしといて言うのもなんだが……あとの事はこの後の部隊に任せればいいんじゃないか。俺達は十分仕事をこなしたと思う」


続くように頷いてギルも言葉を挟む。

ローレッタは、「うーん!」とモニターから眼を離さず腕組みをして眉間にシワを寄せた。


「よし、わかったよ~。そだね……発見してからのロスト、じゃなくて索敵自体にまず引っかかってないんだし」

「ああ。じゃあ作戦はここまでにしよう。よし、撤収だ」


うんうんと自分を納得させる様に頷く彼女の様を見て、斑鳩は作戦行動終了を告げた。

その言葉に他の3人も改めて頷くと、斑鳩とギルは撃牙の装填を外し、詩絵莉は銃身を折り曲げ未使用の弾丸を排莢させた。

同時に、3機の木兎が車体前方ハッチに、1機ずつ滑り込む様にその機体を器用に折り畳みながら帰着する。

ローレッタはそれを確認すると、ハッチを閉じた。


後部ハッチからそれぞれ詩絵莉、ギル、斑鳩の順に乗り込む。

斑鳩は最後に振り返り安全を今一度確認するよう、身を乗り出して周囲を確認した後、ハッチを閉じた。


「ふぁ~……ああぁ、ああぁっ……」


座り込むと同時に銃を傍らの収納部に立て掛け、詩絵莉は妙な声を上げつつ大きく背伸びをする。

その様子に斑鳩とギルは互いに顔を見合わせる。


「えらくお疲れだな、詩絵莉」

「……さっきも言ったけど道中荷物が倒れてきそうだったから……作戦前に仮眠したかったンだけど、ね」

「ま、今回も無事に任務を終えれた事を皆に感謝だな」


斑鳩は安堵のため息交じり、兵装――、撃牙を右手から外しながら詩絵莉に答えた。


「そうだよーギル、うちは4人しか居ないんだからさ、注意してよね、ホント」

「ああ……」


ギルは詩絵莉の言葉に頷きつつも、先の丙型が知った仲だったかもしれないという事を改めて思い出していた。

以前、斑鳩達と組む前に所属していた部隊――思い返せば、あれから彼らとはしばらく交流が無い。

確信はないが、もしかすると――という気持ちが、やはりどうしてもその事が頭の中を巡る。


「……ギル?」


表情からそれを感じ取ったか。詩絵莉は斑鳩に向き直り口を開く。


「ひょっとして、あの丙型」

「……ああ、その事なんだが……」


斑鳩はギルにどうする、と含んだ視線を送ると、彼は目を閉じたまま軽く頷く。

よくあることさ、と言わんばかり自虐的にギルはあの時、身が一瞬竦んだ理由を詩絵莉に語った。


「……ふゥん、そう」


彼女は顛末を一通り聞いたあと、興味ない、といった態度で腕組みをしながらぶっきらぼうに答えた。


「なるほどね。でももし……あれがギルの知り合いだったとしても私謝ったり、まして慰めたりなんてしないからね」

「……シエリ」


正論だ。だが、詩絵莉の言葉にギルは複雑な気持ちに苛まれた。

この手の事柄は今まで無かった訳ではない。だがやはり、そうだとしても受け入れがたい部分がギルにはあった。

頭では十二分に解かっていたはずなのだが、やはり目の当たりにすると……正論だとしても、受け止めるには重い。


「私はタタリギには容赦しないし、この眼を向けた先が敵である以上、何が相手でも平等に引き金を弾くわ……それがその……仕事だもの」


詩絵莉は厳しい表情を浮かべながら、続け様にそう言い放つと乱暴に水筒を取り出し口を付けた。

斑鳩も黙したまま。その言葉に、狭い兵員室に一瞬訪れる静寂。


『えー意訳しますとぉー、「何を差し置いても隊のみんなを守りたい」んだよねシェリーちゃんは』

「ッぶふぉ」


唐突に流れる車内に設けられたスピーカーからの気の抜けた声に、思わず詩絵莉は飲んでた水を盛大に噴き出した。


「ちょっばっ……ローレッタ!そんなんじゃないってば!!」

『んもぉ~素直じゃないんだからぁ、シェリーちゃんは相変わらずぅー』


顔を赤らめて反論する詩絵莉をくすくす、と笑いながら陽気に受け流す。

詩絵莉は「ああもうっ」と口元をぬぐいながらギルの方へ視線を向けると、やや口角をひくつかせながら目を閉じるギル。

そして隣に座る斑鳩もややニヤついた表情を浮かべていた。


「だーっもぉ!ちょっと違うけど、もおそれでいいわよ!!4人しか居ないんだからさ!解かるでしょ!?しょーもないミスで万が一の事があったら後悔してもしきれないんだからね!!」


矢継ぎ早に捲し立てると彼女は「もう寝る!」と言うが否や、傍らにあったブランケットを乱雑に頭からかぶり黙り込んだ。

そんな詩絵莉にギルはブランケットの上から改めて頭を下げ、「すまなかった」と声を掛ける。



私達の部隊は少数精鋭。詩絵莉は被ったブランケット内側、闇の中で昔の事を思い出していた。


彼女は何よりも軍規を重んじる。だがそれ故に過去、弾けなかった引き金があった。

あの引き金を弾いていれば、助けれた仲間が居た――彼女は今もそう信じている。


強力な重火器を操る隼は、戦闘任務に置ける比重が重い。だが、同時にタタリギへと果てる可能性を恐れられているが故、その射撃は式梟、そして部隊長の承認が必要とされていた。

安易な射撃は位置を補足され、危険に晒されるからだ。


だが詩絵莉はあの事件後、任務中に独断で射撃援護行う様になる。

引けない引き金では意味がない、たとえ、だ。

実際、その無許可の射撃で助けた命もあった。だが、同時に幾度となく自らの身……そして同行する同僚の隼を危険に晒す行為でもあり、次第に実力はありながらも部隊から疎まれ、次第に拠点内待機が増え、ついには謹慎を言い渡される。

そんな中、出会ったのが斑鳩――この部隊だ。


――「泉妻いずのめ、お前の戦闘記録を見た。お前に落ち度は無い……俺達の部隊は、お前の様な隼こそ必要としているんだ」


初めて彼を見たとき、どこか遠くを見ている様な目をした男だな、と詩絵莉は思った。

特に興味もなかったが、時間だけはあった彼女は、気まぐれに話を聞く気になる。

聞くと、どうやら私を含めて4人、部隊から除外された者同士で"数合わせの少数部隊"が結成されているそうだ。

――私、部隊から籍抜かれてたのか。そこで初めて詩絵莉は自らの境遇を知る。いや、部屋に何通か封書が届いていたか……今となってはどうでもいいケド。

ぼーっとそんな事を考えながら、斑鳩が語る部隊のあり方を聞く。聞きながら、少し自虐的な笑いが彼女にこみ上げた。


――「お誘いはありがたいケドさ。私に背中なんて預けたら死んじゃうーってなっちゃうよ、勝手にBANGバン!知ってるでしょ?」


そんな彼女に彼は真顔で聞き返した。


――「……記録をあるだけ、複数見た上で言うが……泉妻。お前の独断で撃った射撃だけどな……誰が他に?」


彼が手にした端末で記録を彼女に見せる。そこには彼女の独断行動による射撃についての資料が表示され、描かれた作戦区域の見取り図には、部隊とタタリギの配置図の記録と共に、彼女の放った弾丸の軌跡が赤いラインで描かれていた。


そして、そのどれもが結果だけ見ると"各式が綿密な連携作戦の元において放たれた弾丸"としか、斑鳩には見えなかったのだ。


――「こんな芸当が連携無しに出来る隼なんて、俺が知る限りお前だけだ」

――「あー、もう一人俺と同じ式狼が居るんだが。そいつは狼としてピカイチのものを持ってると思うんだが……ちょっと脇が甘いところあってね」

――「いや、まあ俺も含めてなんだが。……とにかく、いずれ前線に出るその時には、お前に俺達を援護して欲しいんだ」


それは書面上、数合わせの為に組まれた部隊だったかもしれない。

斑鳩の指揮の元、個々の特性を重視したまさに組織の中では異端の部隊。


彼女は今やこの部隊、いや4人の中にこそ自分の居場所を確信していた。だから守りたいのだ、前よりももっと。

そして私の引き金を容認してくれる仲間が居る――ちょっと、脇が甘くて頼りない奴も居るケド。ああいう射撃はいつだって本当はしたくないのだ。

その為にどうにもミスに対して口煩くなってしまう自分に、少しだけため息を付くと詩絵莉はゆっくりと目を閉じた。


『タイチョー、とりあえずちょっと前に来てくれる?通信環境確保出来たから拠点に報告入れたいんだよね』

「ああ、悪い。すぐに行くよ」


斑鳩はギルの肩にポン、と手を載せて頷くと車体前方へ続く小さな扉に手を掛ける。

「おう、後は任せてくれ」とギルは小声で言葉を返すと後方ハッチの近くに腰かける。

出発前の最後の警戒……不慮の事態に備える様に、ギルはハッチ上部の覗き窓をカコン、と開けて後方にを注視する。


それを確認すると、斑鳩は小さな扉に身を通す。

計器が光る薄暗い部屋で、ローレッタはコンソールに向かい忙しなく両手を働かせていた。

その横――助手席にあたる部分に斑鳩は腰を下ろす。


「ローレッタ、やっぱりお前は凄いやつだよ」

「……へ?」

「部隊が上手く纏まってるのは、お前のおかげってことだよ、今の事も含めてな」


彼女は忙しなく動かす手を一瞬止め、きょとん、とした顔で隣の斑鳩に視線を移す。

すぐに「ああ、ね」と納得したように笑顔を浮かべると、再びモニターに向かいながらはにかんだ。


「べっつに特別な事してないよ、あれは本当に詩絵莉……シェリーちゃんが思ってる事だもん」

「ああ、わかってるさ」

「私だってタイチョーにも、皆に感謝してるからね~。……ままま、お互いさまってやつ……よっとぉ!」


そう言いながら、ローレッタは小気味良く最後決定キーを跳ねる様に叩く。


「よし、戦闘ログに添える備品関連の詳細はこれでよしっ……と。んじゃ拠点に通信しちゃうね、タイチョー」

「ああ、宜しく頼む」


斑鳩はローレッタがこちらに向けた1枚の小型モニターに映し出されるデータに目を通し始める。

そこには今回の作戦で消費した備品――レーションや弾薬、設営した設備等も含む全ての一覧が入力されており、戦闘終了後この資料に承認のサインを入れるのが斑鳩のささやかな仕事でもあった。

最もサインといっても、キーボードで名前と自分に割り当てられた部隊長コードを入力するだけのことなのだが。

一応拠点を出撃してからのログと見比べつつ、斑鳩は目を細めながらそのデータ表の項目を一つ一つ、確認していった。


そんな斑鳩を横に、ローレッタはコンソールに周波数を慣れた手付きで入力――拠点との通信を開始した。

瞬間、ザザ、ザ……とノイズが走った後、無事に拠点と繋がる。


「こちら識別番号Y028、斑鳩隊……式梟シキジュ木佐貫キサヌキ・ローレッタ・オニール。応答されたし」


ローレッタはいつもの部隊内通信からは想像出来ない程大人びた声色で、式種と本名を告げる。

本部との通信を淡々とこなすローレッタに、――相変わらず凄い切り替えだな、と彼は彼女に視線を移すことは無く、ひたと資料をチェックしながら少し苦笑してしまう斑鳩。

その気配を感じ取ったか、彼女はなおも淡々と報告を行いながら斑鳩へ瞳だけをふい、と向けるが、すでに苦笑をかみ殺し神妙な面持ちで作業を行う彼が映る。



そんな彼を見ながら彼女はふと思いを馳せる。


任務中の通信……いや部隊内において今でこそ陽気な態度を皆に見せる彼女。

斑鳩と始めて出会った時、彼女はとある作戦中に壊滅してしまった部隊の生き残りとして……その重圧に耐えきれず、自室に閉じ籠る日々を過ごしていた。


通常、式梟が操れる木兎の数は2機が平均的な限度とされる中、彼女はまさに倍……最大を操る事が出来る、まさに式梟の中でも類を見ない程の規格外の逸材と呼べる存在だった。


だが、事件は起こる。


ヤドリギとして覚醒した後、式梟として飛びぬけて優秀だった彼女は様々な人々から好奇の目に晒されてきた。

そんな境遇の中で、周囲との壁を感じたくない、感じさせたくない……故、彼女はありのままの自分、自然体で皆と接する自分で居ようと常に心掛ける様になる。

その体現として、彼女は誰彼構わずに屈託のない笑顔を振り撒き、まるで誰しも友達、といった態度が染みついていたのだ。


だが規律が存在する部隊内において度重なる軽口を乗せた通信が問題視される中、それが原因で任務中に部隊員と些細なきっかけから口論となってしまう。

悪気があった訳ではないと、必死に弁解する彼女はそれに気をとられ、見逃してしまったのだ。……4機目の木兎に映る、タタリギの存在を。

梟としてあってはならない重大な過失……それが原因で部隊は大きな損害を被る事になった。


――「木佐貫、俺は梟としてのお前を誘いに来たんじゃないんだ」


そんな彼女の部屋を何度も訪れた斑鳩が、最初に彼女に掛けた言葉はローレッタにとって意外そのものだった。


――「お前が優秀な梟かどうかは俺にとってはどうでもいい事なんだ、重要なのはそこじゃなくてだな……」


彼は「うーん」と腕組みをしながら天井を見上げる。


――「俺はその、あまりクチが上手いほうでもなくてな……今、部隊として組んでくれると承認してくれた二人は、いい意味でも悪い意味でも尖っててな」

――「つまり書面上、俺達は部隊として組まれているんだが……それはとても面白くない。俺達は俺達のやり方でタタリギと戦いたいんだ、ヤドリギとして」

――「その為には、部隊のなんだ……良心というか、皆を繋いでくれる"何か"が必要なんだ、それは俺じゃ勤まらない」


それらの言葉に偽りは無かった。彼は本当にローレッタに対して"式梟"としての仕事を求めなかったのだ。


「……あの。式梟じゃない私は……その。足手まとい、だと、思うんだけど」

「ん?いや、そんな事ないだろ」


彼は拠点内の巡回、配給の手伝いや荷物搬入等、おおよそヤドリギとしての能力を必要としない雑務にローレッタを連れ出す。

いつだったか、そんな折彼女はおずおずとそう尋ねると、事も無げに斑鳩は答えた。


「荷物を運ぶのだって、俺だけじゃ手が二本しかない。巡回だって俺の目は二つしかないぞ。二人なら倍だ、倍」


他の二人の仲間――ギルバートと詩絵莉。あの二人もそうだった。

――最も、あとで聞いたところ、当時は本当に部隊として再び前線でやっていけるかどうかなんて、深く考えていなかったらしい。

ただ、端に寄せられた意地というか、斑鳩にそそのかされて雑務に励んでいただけで単純に人手が欲しかったとか、確かそんな理由だったか。


そして雑務をこなしながら数か月が過ぎたある日。

ついにやって来た4人での初拠点外任務。小さな斥候任務だったが――彼女は、ついに式梟として随行すると斑鳩に告げたのだった。


「……以上です。回収班派遣の際は重ねてになりますが、必ずヤドリギを随行させる様にお願いします。それでは状況終了につき帰還します、オーバー」


最後まで淡々した口調で、任務における達成内容、こと報告数と発見数の差異を中心に簡素に説明し終える。

映し出されたデータを元に通信をしながら、思考の端では昔話を思い出す。梟としての処理能力が成せる技か、単純に慣れなのか。

ローレッタは無意識にいつも通りの報告を終えていた。同時に、コンソール上の通信中を示す表示がOFFになったのを確認して彼女は、へにゃり、と表情を崩した。


「ふえ~……真面目にするのってカロリー消費しちゃうよねえ……」

「こっちも資料の確認は終了、っと。これで晴れて任務完了だ」

「……あーいお疲れ様!!……あそだタイチョ、さっきまた笑ってたよね……よね?」

「……いや?」


彼は存ぜぬといった表情でとぼけると、先ほど潜くぐった後部座席へ続く小さな扉を再び開けて、後ろの二人にも任務行程が全て完了した事を伝える。

詩絵莉は頭からすっぽり被っていたブランケットから、にゅ、と顔を覗かせ、眠そうな面持ちで「いえーいお疲れ様」と親指を立て、ギルも「ああ、じゃあ帰るか」と安堵したように口元を上げた。

二人の様子を確認した斑鳩は、詩絵莉と同じく親指を立て、再び助手席へと腰を戻す。


「よし、じゃあ俺達の"箱舟ハコブネ"に帰還だ。ローレッタ、頼む」

「あいさー、エンジン始動ぉー、面舵いっぱーい!!」


N33式兵装甲車のエンジンを静かに始動させ、ローレッタは陽気な掛け声と共にコンソール下から引っ張り出したハンドルを大きく切り、車体を帰路へと向ける。


「取り敢えず、帰ったらご飯だね、ご飯!」

「ああ、働いた分たらふく食って……いや、その前に任務報告だなぁ……」

「……そ……そうだったまたカロリー消費する事になるんだった……」


鼻歌交じりにハンドルを制御していた彼女だが、斑鳩のその言葉を聞くと、がくう、大げさに肩を落としながら大きなため息を付く。


そんないつもの様子を見て彼は、小さく笑いながら大きく背を伸ばす。

今回もまた無事に任務を終え帰路に着けるこの瞬間を、仲間に感謝しながら。

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ヤドリギ いといろ @itoiro_yadorigi

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