一見さんでも、服を食ってみたい!!!

ちびまるフォイ

ジーンズはたぶんマズそう

びゅうびゅうと寒い風が吹き付ける冬の夜。

高そうな服を着ている身分の高そうな男が店にやって来た。


チリンチリン。


「ふぅーー。やっと着いた……って、暑っ!!!」


店に入るなり慌ててコートを脱ぐ。


「お客様、いらっしゃいませ」


「おお。ここが一流の服を出していると聞いてやってきたのだよ。

 私はこれでも一流の服を取り扱っている業者でね。

 この店がどんな服を取り揃えて――」


男は話ながらも内装がそれらしくないことに気が付いた。


「はて、私は店を間違えたかな? 店名は『ストゥーピッド』」


「はい。当店でございます。あ、御召し物はお預かりします」


「ありがとう。店はあっているのか。でもどこにも服なんてないじゃないか」


「お客様、当店は服を売るのではなく、服を調理してお出ししています」


「はぁ!? 服を調理!?」


「さきほど、良い材料が手に入りました。召し上がっていきませんか?」


「いいや、悪いが服を食べる趣味はないし、なにより無駄な金は……


「当店ではすべて無料でサービスしております」


「無料!?」


何連続も驚いたせいで男はサウナのような店内でますます汗をかく。


「大丈夫ですか? 上着あずかりますよ」


「ああ、ありがとう。しかし、この店はどうしてこんなに暑いんだ。

 寒さをしのぐってレベルじゃないぞ。これじゃホットヨガだ」


ますます薄着になる男は肌着をパタパタとあおぐ。


「御迷惑おかけいたします。この温度でないと料理ができないもので」


「そういうものなのか。まあ、服はデリケートだからな。

 一流の服を取り扱う私だから、それはわかる。えっへん」


「席はこちらになります」


案内されたテーブルについてしばらくすると、すぐに料理が運ばれてきた。

皿には細切れのコートが乗っている。


「こちら、ファー付きコートの盛り合わせでございます。

 お好みでしょうゆやゆずをかけてめしあがってください」


「驚くほど早いな」


「当店は2人体制で、お客様は1人だけにしているのです。

 食材のよさをお客様に存分に理解していただきたいのです」


「なるほどなぁ。しかし……暑いよ!!!」


「ご迷惑おかけします、こちらレンタルのタオルです」


タオル一枚のサウナスタイルに早変わり。他の客がいないのが救いだ。

男は肌着も預けて、そっと細切れのコートをフォークで口に運んだ。


「んん!?」


思わず目が開く。


「お気に召しましたか? 大変良い素材でしょう?」


「うまい!! 今まで食べたどの食べ物よりもうまい!!」


「こちら食べ物ではなく、洋服でございますが」


「そんなことは知らん!! とにかくうまい!! 驚いたぞ!!

 このファーのふわふわな食感が口をくすぐって気持ちいい!

 コートの歯ごたえとボタンのアクセントがたまらない!

 チャックの部分は噛めば噛むほど味が出て最高だ!!」


「お気に召しまして大変嬉しく思います」


店長は嬉しそうにニコニコ笑った。


「しかし、本当にお代はいいのか?」


「ええもちろん、お客様に素材の良さがわかっていただけることが

 私どものなによりの報酬でございます」


「とかいいながら、実は注文の多い料理店みたいに

 大きなバケモノとかが店の奥に潜んでるとか……」


「この店内の暑さでバケモノもへばりますよ」


「……たしかに」


無料であることをちくちく気にしていた男だったが、

運ばれてくる洋服料理に舌つづみを打つうちにそんなことは忘れてしまった。


後になって、別角度から料金を請求されても払うだけの価値があると思った。


「う、うまい!! このロングTシャツのそうめん!!

 暑い部屋の中で食べるTシャツそうめんがこんなにもうまいなんて!!」


「こちら、最高級の材質のTシャツを細く切りましたが

 しっかりしている素材のため食感も楽しめるようなっております」


「うん! うん!! 噛むほど味が出ていい!!」


男は大満足。タオルがズレて【ワァ~オ♥】するほどに。


「揚げたカシミアセーターもうまいな!!

 外はカリっと中はふわふわ! 食材ではこの食感は出ない!!」


「はい、縮まないように温度を調整するのがポイントです」


「それでこの室温なのか!」

「あそれは関係ないです」


「知ってたし!!!」


ひと通り食事を終えた男はすっかり顔に笑顔が張り付いていた。

辞書で満足を探すとこの男の描写が出てくるほどに。


「いやぁ、服とは調理方法でこんなにも美味くなるのだな。

 これで料金がいらないというのだから本当に嬉しいよ」


「私どもは最低限のものだけで、お客様に最大限の喜びを与えるのが仕事です」


「それじゃあ、そろそろ店を出るよ。

 預かってもらった上着と、肌着、それにセーターを返してくれ」


男の問いかけに店長はニコニコしている。


「おい、聞こえなかったのか? 服を返せと言っている」


「お客様こそ、なにをおっしゃっているのですか?

 さきほどご自分で召し上がったではありませんか」


「はぁ?!」


男はやっと気が付いた。

先ほどから食べていたものはすべて自分が着ていたものだったことに。


「貴様!! ふざけるな!! さっさと返せ!!

 貴様のような貧乏人にわからないとは思うがな!!

 あの服はどれも高級のブランド品なんだ!! わかってるのか!!」


「ええ、わかっています。だからこそ調理したのです」


「たしかに一流のブランド服だけあって味は素晴らしい……ってバカ野郎!

 そういう問題じゃなーーい!!」


先ほどまでの満足顔はどこかに散ってしまい、

部屋の暑さあいまって男は赤鬼のような顔になっている。


「この店がやたら暑かったのも、服を脱がせるためだな!

 こんなことだと知っていたら最初から料理なんて食ってなかった!!」


「お客様、落ち着いてください。もうすぐ終わりますから」


「終わる?」


胸倉をつかまれた店長の言葉通り、厨房からは店員がやってきた。


「店長、お客様の服があがりました」


「うん。ちょうどよかった。はい、どうぞ」


店長は男に暖かい服を渡した。


「これは……私の着ていた服じゃないか。どうして?」


「実は温めておいたのです、外は寒いですからね」


「店長……!!」


男は信長の草履を温めた秀吉を思い出した。

先ほどまで烈火のごとく怒っていた自分が猛烈に恥ずかしい。


「店長、さっきは怒鳴ってすまなかった。

 ブランド物だったのでつい我を忘れてしまった」


「いいえ、素材の良さをわかっていただければ、私はそれだけで十分でございます」


「また来るよ、うまかった」


「またのご来店をお待ちしております」


男が見えなくなるまで店長はふかぶかとお辞儀をキープしていた。





客がいなくなると、店員は店長に声をかけた。


「店長、あの人、最後まで気付かなかったみたいですね。

 食べたのが本当のブランド品で、

 後で渡したのが厨房で複製した偽物だったのに」


「本当の価値がわかっていない人でも、

 味覚を通して良さを伝えるのが私たちの仕事ですから。

 さぁ、次のお客様に備えて、下ごしらえを始めましょう」



洋服専門料理店「ストゥーピッド」

そこは客の服を最高においしく調理してくれる不思議なお店。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一見さんでも、服を食ってみたい!!! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ