アラフィフニートの異世界転生

真賀田デニム

アラフィフニートの異世界転生


「ん?」



 目が覚めたらそこは、『精神と時の部屋』に似た空間だった。


『精神と時の部屋』とは、『ドラゴンボール』に登場する神の神殿最下層にある真っ白で何もない空間のことを言うのだが、本当にそっくりだった。



「なんだよ? どうしたよ俺? 『転生したらヤムチャだった件』みたいにドラゴンボールの世界に転生したのか? ……そうだ、転生だ。確か俺、トラックにかれたんだった」


「いえ違います。ここは転生するにあたって問題のある方を一時的に管理する『第072転生管理施設』、その名も――『精神と時の部屋』です」


「そこは一緒かよ。――って、誰だっ!? 出てこいこのやろーっ」



 と言っても誰かは分かっている。

 転生といえばあいつしかいない――だ。

 そう、それ以外には考えられない。

 さあ、姿を現せ――神々しく、且つ見目麗みめうるわしい女神よッ!!


 ――と前もって述べておけば女神じゃない奴でも出てくるかと思ったが、現れたのは普通に可愛い女神だった。



「こんばんは、“きゅうじゅうきゅういちにっさん”さん。私があなたの担当の女神です」


「名前は、九十九つくも 一二三ひふみね。確かに読みずらいけども、当たり前のようにそんな読み方した奴、今までの人生であんただけだよ」


「ああ、ごめんなさいっ。私新人なもので、転生とか転移とかいう、そういうテンプレものにまだ不慣れなんです」


「いや、名前の読み方にテンプレ慣れ関係ないから。……それで女神さんよ、あんたさっきこんなこと言ってたな。――この場所は、だって」


「はい」



 女神がにっこりと笑う。

 その様は無邪気であどけなくて、人間で言えばまだ14、5歳くらいのように見えた。



「俺に一体何の問題があるんだ? ちゃんとトラックに轢かれただろ」


「その条件は満たしているのですが……ほら、ひふみんってアラフィフじゃないですか?」


「サラっと距離詰めてきたな。しかもひふみんは誰かさんが使用済みだ。まあ、いいや。……で? 確かに俺はアラフィフだが何か問題でも?」


「ちょっと年行き過ぎなんですよね。アラフォーなら先例がいくつもあるので大丈夫なのですが、アラフィフはその……すんません、NGなんです」



 顔の前で指を小さくクロスさせる女神。

 その仕草はめっさ可愛いが、だからと言って今の説明で納得などできはしない。



「おいおい、そりゃないだろ。あんた俺の担当って言ったよな? つまりあんたが俺を、どこかの異世界に転生させようとしたんじゃないのか? にもかかわらずやっぱり駄目っておかしいだろー。痛い思いしてトラックにねられてんだからさ、頼むよ」


「ごめんなさいっ。ルールなんで。ほんとすんません」



 お辞儀をして謝る女神。

 ふとその視線が左へと動いた。

 俺は釣られるようにそちらへと顔を向ける。


 

 禿



「気持ち悪っ!! ……って、俺じゃんっ! はっ!? これ俺じゃんっ!!」



 スマイルプリキュアのキュアピースみたいな衣装を着用している俺が、大きな鏡の中で驚く。

 我ながら気持ち悪い。どっからどう見ても変態だ。



「あ、あの……すいません。実はひふみんがアラフィフだってことに気づくのが遅れて、途中まで転生の儀式を始めちゃってたんです。で、慌てて止めたらそんなことに……」


「いやいやいやいや、訳分かんないからっ!! ちゃんと説明してくんないっ!? なんで途中で止めるとキュアピースみたいな衣装を着ちゃうわけっ? しかもサイズ小さくないっ? 動くたびに色んなところが突っ張るんだけどっ!」


 

 今にも北斗の拳のケンシロウの如く、衣装が破れて飛び散りそうである。



「ほ、ほら、ひふみんって魔法少女が好きじゃないですか」


「断定かよ……まあ好きだけど。って、だから何だよ?」


「だから異世界で魔法少女に転生させてあげようとしたんです。でも先も言ったように、ひふみんがアラフィフだってことを途中で知りまして……だからごめんなさいっ。魔法少女の衣装を着用させたところで終わっちゃいましたーっ」



 頭が地面に付きそうなくらいのお辞儀を繰り出す女神。

 これが噂に聞く駄女神ってやつなのだろう。

 


「順序が違うだろうよ、順序がさぁ。普通は魔法少女に転生してからの衣装だろ、普通はさ。それをおまっ、転生前の俺氏に先に衣装を着させるって、そりゃサイズも小さくなるってのっ」


「うー、すいません。新人女神だから許してください」


「あー、あとそれっ! 新人を理由に自分の未熟さを容赦してもらおうとしちゃ駄目っ。転生者にとってみれば、女神は皆、とどこおりなく異世界へと送ってくれる存在なわけ。そこに未熟だとか不慣れだとかの言い訳が介入する余地はないんだよッ! お客様にとって店員は店員っ、スウィングマネージャーもクルーもないっ、そうでしょっ!?」


「は、はい。……申し訳ないです」



 恐縮そうに体を縮こませる女神。

 俺は、ちょっと声を荒げすぎたかと反省する。

 そもそも未熟だからこそ、新人ということを口実にしてしまうのだから、やはり言い過ぎだった。

 

 鏡を見れば、転生できない苛立ちをぶつけていた理不尽な変態がそこにいる。

 突と襲い掛かる自己嫌悪の波が、怒りの炎を消し去った。



「いや、ごめん。俺も言い過ぎた。アラフィフのクソニートのくせに女神様に講釈たれるなんざ、とんだ勘違い野郎だ――」


「私、女神失格ですね」



 黒くどんよりとした空気が女神にまとわりついている。

 頭上には、ショックを表す縦の効果線が30本ほど垂れ下がっていた。


 やばい。やっぱり言い過ぎだった。



「そ、そんなことはないぞ。そんなことは――ない」


「え……?」



 俯いていた女神が顔を上げる。



「確かにあん……君は未熟だ。でも転生者と向き合うその姿勢は大いに評価できる」


「……」


「俺みたいな何の取り柄もない人生詰んでる底辺のクズ相手に、君は自分の非をちゃんと認めて謝ってくれた。天界に住まう超常の者であるにも関わらずだ。それって簡単にできるもんじゃないと思う。……だからそんなことはない。君は必ず将来優秀な女神になると思うよ」


「ひふみん……」

 


 女神がつぶらな瞳を潤ませる。

 ――愛おしい。

 


 一瞬、本気でハグしようかと思った俺は、このままここにいてはマズイと判断。

 でも転生できないとなると、俺はどうなるのだろうか。



「なあ、俺のこのあとの処遇はどうなってる? 転生できないってことは……えっ、死? 普通に死っ? ゲームオーバー??」


「いえ、ひふみんには地球に戻ってもらいます。トラックに轢かれる5分前に、時間をさかのぼって」


「マジかっ!! あ……でも……」


「でも?」


「ああ、いやなんでもない。そっか、地球に戻っちまうんだな、俺は。で、どうやって戻るんだ。魔法か?」


「はい、魔法です」


「そっか、じゃあ早速やってくれ」


「いえ、このステッキを使って自分で帰るのです」



 女神がステッキを俺に寄越よこす。

 先端がハートになっていて、まるで『魔法つかいプリキュア!』のリンクルステッキにそっくりだった。



「俺が使うの? え? 俺が?」


「そうです。そこの大きな鏡に向かって【鏡よ、鏡、鏡さんっ、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、パンプル ピンプル パムポップン、クルクルリンクルびびでばびでぶぅ♪】って呪文を唱えながらステッキをくるくるさせてください」


「なんか色んなもん、パクったような呪文だな――って、アラフィフのおっさんにそんなことやらせるなっ! しかも鏡に映った変態見ながらってどんな拷問だよっ! いやその変態俺だけどねっ!!」


「魔法少女にさせてあげられなかった、せめてもの償いです。思いっきりなりきってくださいね」 


「見た目これで、なりきれるかよ。……なあ、本当にやらなきゃダメなのか?」


「はい。でないと一生この『精神と時の部屋』をさまようことになります」



 真っ白いだけの空間など、たった一人なら一時間もあれば気が狂う自信がある。

 やるっきゃない。しかし――。



「君は先に天界へ帰っていいぞ。一人でやらせてくれ」


「え? 見届けますよ。転生させられないと言っても私、ひふみんの担当ですから」


「恥ずかしーんだよっ。見られているとさ。……それと前言撤回で、。だから――頼む」



 女神が沈黙する。

 やがて俺の気持ちをんだのか女神は首を縦に振ると、優しい笑みを浮かべた。



「分かりました。では私は先に帰りますね」


「ああ」



 女神が何かを唱えると、魔法陣が現れた。

 その中に入る女神は、俺に向き直りおもむろに口を開く。



「今日、あなたという方に会えて本当によかったです。……女神になったばかりで不安しかなかったけど、あなたに会えたおかげで私は救われました」


「見た目終わってるアラフィフの最下層無職が、悩める女神を救うか……。ふん、三流のライトノベル以下だな」


「少なくとも、悩める女神を救ったのは虚構ライトノベルではなく事実ですよ、ふふ。……未熟な私を認めてくれてありがとう。私、絶対に優秀な女神になりますね。それと――」



 魔法陣から淡い光が上空へと昇りだす。

 すぐにでも女神がこの場から消えさるような、そんな兆候に思えた。



「ん? それと?」


「人生は死ぬまで詰むなんてことはありません。生き続けていれば可能性はつかみ取ることができます。だからもう、自分からトラックに轢かれるなんてことは止めてくださいね」



 そうだ。

 俺は自分の不甲斐なさに嫌気が差して、もう駄目だと思って、人生から逃げた。

 あのときの俺はそれしか選択肢がなかった。でも今は――……。



「ふん、未熟者のくせに生意気いいやがって。……でもありがとな。俺も救われた」


 君という素敵な女神様に――。


 

 発現した光が勢いを増す。

 女神がとびっきりの笑顔を浮かべたとき、俺は“それ”を聞くのを忘れていたことに気が付いた。

 俺は前のめりなって、あらんかぎりの声を出す。





「待ってくれッ ――君の名はっ!?」



「私の名前は――……………ロゼリア」





 残された俺はしばし、放心状態でその場に立ち尽くす。

 30秒も経った頃、俺は始めることにした。


 

 ――ずっと魔法少女が好きだった。

 そしてその気持ちは、いつしか自分自身が魔法少女になりたいという欲求を生み出していた。

 そんな気持ちが常に沈殿していたからなのかもしれない。

 一縷いちるの望みにかけてトラックに身を投げ出してしまったのは……。


 俺は鏡の前でステッキを掲げる。

 そして全てを放出するように全身全霊で体現した。





「鏡よ、鏡、鏡さぁんっ、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、パンプル ピンプル パムポップンッ、クルクルリンクルびびでばびでぶうううぅ♪」





 ……目が覚めると俺は、夜の路上に突っ立っていた。

 俺は静かに歩き出す。

 どこもかしこも冷たい地獄にしか見えなかった風景だったのに、今はなんだか温かく感じる。


 俺は俺を轢くはずだったトラックをやり過ごすと、そのトラックに向かって吠えた。



「はっはーっ、ざまーみろっ! 死んでなんかやんねーぞっ! 俺は生きるっ、死ぬ気で生きてやるんだあああああっ!! はーっはっはっはーっ!!」



 そこで俺はやけに服が突っ張ることに気づく。

 魔法少女の衣装を着たままだった。



 あんの未熟者めぃっ!!





 

 ――その後女神が『異世界狂いの仕事人ザ・クレイジー・ゴッデス』の異名を与えられる程の優秀な存在になったことを、ひふみんは知る由もない。




 お・わ・り

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