3-8


 なぜ思念放射犯罪対策官カウンターテレパスという仕事を続けているのか?

 そう質問されるとわたしはいつも答えに詰まる。

 分からないから、ではない。自分の中でその答えははっきり分かっていた。

 だがそれを他人に伝えたことは今まで一度もない。

 基本的にそう質問された場合、この仕事が自分の適性を最大限発揮できるから、とか、思念放射犯罪は深刻な社会問題でそれを解決できることに喜びを感じるから、とか、他人から見て納得しやすいであろう、お飾りの回答を差し出して済ますことにしているのだが、

 真の理由は、まったく別の



          



 わたしはエド・アケロウの書いた『全履歴』の末尾を見ながら、彼はいったいこのあとに何と書こうと思っていたのだろうと想像した。

 おそらく、このあとに続くのは、『ものだ』だろう。


“真の理由は、まったく別のものだ。”


 だが、そこから先、彼が思念放射犯罪対策官カウンターテレパスを続けていた真の理由の中身となると――なかなか、これというものは、思いつかなかった。

 わたしは『全履歴』に色々なパターンで検索をかけてみたが、正確な答えは見つからなかった

 。こうなると、もう自分なりに考えて、自分なりの答えを導き出すしかないだろう。

 なにせ、わたしはもう、五歳ではないのだから。



 ――エド・アケロウが死んで、一ヶ月が経った。



 あのあと、わたしが持ち帰ったチャック・ジョエルの毛髪は、鑑定の結果、エド・アケロウの自宅に落ちていたものと同一人物に由来すると科学的に証明された。また、ジョエルの家からは、例の行方不明だった押収品の〈レゾ〉が大量に見つかった。おそらく、新薬開発のための材料か何かとして、レンドラーが渡していたのだろう。


 だが、ジョエルはあのあと、意識を回復させはしたものの、「わたしはだれ? わたしはだれ?」といったようなことをぶつぶつ呟くだけでまったく会話が成立せず、取り調べを行うことはできなかった。

そして、サペード・レンドラーも、ある日突然そのような精神状態になったらしく、現在は精神病院に収容されているらしい。


 もし、本物のエド・アケロウだったら、このような形では終わらせなかっただろうな。彼はとにかく、他人の精神、その思考能力に傷をつけることを嫌っていた。彼が『全履歴』の中で、「そこはかなりこだわっている部分」と、唯一記していたほどに。


 だがまぁ、仕方がない。わたしはあくまでわたしであって、エド・アケロウとは違う人間なのだから。


 そんなことを考えているうちに、わたしは新しい職場に到着し、わたしは新しい仕事仲間に挨拶した。


「本日付けで、警邏課に異動になった、ジャイラ・ケーウンだ。よろしく」


 ジェイミー・コル巡査はぽかんとした表情でわたしを見た。



          *



「なんで、異動願なんて出したんすか?」


 パトカーを運転しながら、コル巡査が助手席のわたしに質問した。


「殺人課ってエリート中のエリートじゃないっすか。なんだってそこから、下っぱ中の下っぱの警邏課に?」


「娘と過ごす時間がほしくてね」とわたしは言った。

「殺人課は多忙すぎて、どうしてもプライベートの時間がとれない。なので、ある程度そのあたりの融通がきく警邏課に異動願を出したんだ」


「へぇー、なんか、いいっすね。そういうの」とコル巡査が言った。

「娘さんと、仲いいんすか?」


「いや、それが全然でね。今のところまるで心を開いてくれていない」

 そう言ってわたしは苦笑した。

 「娘は十三歳なんだが、君は十三歳のとき、父親とどんな関係だったか、覚えているか?」


「おれっすか? いや、そんな仲悪くはなかったですけど。あ、でも親父、あのころいつも『もっと女らしくしろ。女らしくしろ』って言ってきて、うるせえなとは思ってましたね」


 ――それで、彼女はこんな男みたいな喋り方になったのか? とわたしは思った。


「まぁ、なんにせよ、今後はよろしく頼むよ。警邏課に配属されるのは十五年ぶりくらいで、マニュアルも大きく変わっていて分からないことだらけだ」


「あー……それなんすけどね」

 と、やや気まずそうな空気を醸し出しながら、コル巡査は言った。

「おれ、来週で警邏課から異動になるんすよ」


「――そうだったのか。それは失礼した。次はどこに」

「ええ、思念放射犯罪対策室っす」


 ――そこで信号が赤に変わり、わたしたちは急停止した。

 コル巡査が言った。


「今度おれ、思念放射犯罪対策官カウンターテレパスになるんですよ」


「――なんだって?」わたしは思わず目を見開いた。

「ちょっと待て、どういうことだ? なぜ君が? まさか上からの強制か? 対策官が足りていないからお前がやれと――」


「いやいやそんな、違うっすよ」


 狼狽するわたしの姿を見て彼女は笑い、そしてこう言った。


「おれが、そうしようって思ったんです」




 ――――そこで信号が青に変わり、わたしたちは再び前進を始めた。   








                             

 〈了〉  

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