第92話 この手の温もりを




気づくと、あの事件から、2年の月日が流れていた。


あれから、瑞貴や瑞穂ちゃんのことを想うと、悲しみに気持ちが沈み、また思いもよらず暴き出された、忘れてしまいたい私自身の過去の呪縛に苛まれ、私は、幾度となく心が不安定に揺れた。


でも、そんな時、いつでも陸斗が隣で支えてくれたから、現在いまがある。


先週、久しぶりに、陸斗から『遊びに行かないか?』とラインで誘われた。それで、お互い大学の講義のない土曜に会うことになった。


待ち合わせの駅に行くと、陸斗はすでに待っていた。


「陸斗、待った?」


「いや、今来たとこ。電車もうすぐ来るぞ」


「うん」


私達はホームへ続く階段を降りていく。


電車で私達が向かったのは、緑が溢れる大きな公園。暑さの増していく時期だけど、公園の中央にある池と、鮮やかな木々の緑が、涼やかな空気で包んでくれる。


「こういう所来るの久しぶりだな」


「そうだね」


都心の大学に進むのに合わせて、私達はそれぞれ1Rのマンションを借りて住んでいる。


池に沿うように、散策していると、私達の側をたくさんの小さな子供達が、走り抜けていった。

子供達が走っていった先には……小さな遊園地がある。


ミニトレインや、回るコーヒーカップ、そして、メリーゴーランド……。


遊園地……。


瑞貴の事件から、もうすぐ2年。


恐怖、疑い、驚き、忘れてた苦しみ、知らなかった想い、悲しい嘘……。


そして、突然理不尽に、この世を去った父、過去に助けられなかった小さな手、裏切り傷つけたお母さんの悲しい顔……。


いろんな物が渦巻いて、まるでそれ自体がメリーゴーランドのように、同じ場所でずっと旋回ループしている。


ふと目眩を覚えて、足元がゆらりと揺れた。


隣に歩いていた陸斗が気付き、そっと肩を抱いてくれる。


「大丈夫か、美羽」


私は子供達が走っていった遊園地の方を見つめたまま言った。


「あれから、2年だね」


少しだけ陸斗の体が波打つ。


「あぁ……」


その言葉だけで、陸斗には伝わる。


「あの時、瑞貴は、悪夢は終わった、夢から覚めてって言ったけど、だけどね……」


回り続ける木馬のように。


「何も終わっていない……」


私の中の罪は。


悪夢ゆめが終わらないの」


ずっとずっと。


なぜ生き続けるのか……。


私は……。



その時、不意に陸斗が、私の体を抱き寄せ、その先の言葉を遮るように、唇を重ねた。


夏の風が私達の側を吹き抜ける。


驚いたままの私から、そっと唇を離すと、陸斗の黒い瞳がまっすぐ私を捉えた。


「今日誘ったのは……お前にもう一度ちゃんと気持ちを伝えたかったから」


初めて会った時から、変わらない澄んだ瞳。


「あの時伝えたきもち、今も変わってない」


何度助けられただろう。


「好きだ、美羽」


命がけで守ってくれた、強さ、優しさ。


「生きる意味が、欲しいなら……。俺のために生きてくれ、美羽」


そうだね。


貴方は、いつも私が望むものを叶えてくれる。


「うん、ありがとう……。それからね、陸斗。私まだずっと伝えてない秘密がある」


「えっ……」


陸斗の肩が少しだけ揺れた。


私こそ、一度もちゃんと伝えてこなかった。


だから、今、言葉で。


「私、ずっと陸斗のことが好きだったよ。小学生のあの日、出会った時から」


あの日から、あなたは数えきれないほど、私を救ってくれた。


「ああ」


少しだけ頬が紅潮した陸斗が、小さく頷いた。


「さあ、行こうか」


陸斗の手が、私の手をそっと包む。


爽やかな夏の風と木漏れ日を受けながら、私達はまた歩き出す。


私はきっと、この先も、光の射す道を進んでいけるだろう。


繋いだ、この手の温もりを離さない限り……。






               end.
















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ダウト 月花 @tsukihana1209

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