第91話 夢の終わり

「瑞貴……嘘、だろ……?」


そう呟いた陸人の体は震えていた。


「ごめんね、陸人。でも、これは真実」


淡々と瑞貴は告げた。


「みんな……こんな狂ったゲームに巻き込んで、ごめんね。でも……どうしても、私は許せなかった。瑞穂を殺した犯人を。私なりのやり方で、私なりの罰を与えたかった……」


そう語る瑞貴の瞳は、ガラス細工のように透き通った冷たい色をしていて、私達を通り越して、別の何かを見つめているようだ。


「瑞貴……」


陸斗は、小さく震えるように呟くと、唇を噛みながら、下を向く。他のみんなも何とも言えない表情で、静かに瑞貴の独白を見守っていた。


「このフェアリーテイル・ゾーンは、瑞穂の発想だったの」


瑞貴は、刀を持ったまま、広間の壁画に向かって、ゆっくりと近づく。


そして、片手を壁にそっと当てた。


「あの子が言ったの。童話の世界もあるといいな、って。だから、私は、このアナザーワールドに、フェアリーテイル・ゾーンを計画した」


瑞貴の白い手が、シンデレラの壁画をそっとなぞる。


「早くから、次期社長だと決められていた私は、周りの大人達からも、一目置かれ、特別な対応をされてきた。父も、私を娘ではなく、いつも後継者として見てきた。そんな中、瑞穂は、小さい頃から何も変わらず、私と一緒にいてくれた。父や周りの大人達からは評価は得られなかった瑞穂だけど、あの子は私にない優しさで、人を包み込むような魅力に溢れてた」


瑞貴は、シンデレラの壁画に、頬を当てた。


「本当は、留学なんかしたくなかった。瑞穂と離れるのが寂しくて……。だから、プロジェクトの変更で、日本に戻ってきた時は、本当に嬉しかった。瑞穂と一緒にいたいから、なるべく目立たないように高校生活を送るよう気を付けてた」


無機質な表情だった瑞貴の顔に、幸せな想い出が微かに滲む。


「周りの大人達は、私の能力と、早川エンタープライズの後継ぎということを称えて、成功者シンデレラだと言ってるわ。でもね、本当の生まれながらのシンデレラは、瑞穂みたいな子のことを指すのよ」


そう語りながら、瑞貴は瞳を閉じる。


「妹だからということを越えて、私は、瑞穂を愛してた。あの子の全てが、愛おしかった……」


そうだね……。


本当にいつも仲が良かったよね……。


誰も割り込めないほどの絆を二人から、感じていた。


「……でも、二人で作ろうとした夢を私自身が汚してしまった。私も、黒崎と同じ殺人鬼。この手にこびりついた血は……消えそうにない」


壁に当てた左の手のひらを見つめながら、瑞貴は、自嘲気味に呟いた。


「でも、ね。黒崎アイツと私には、1つだけ違うことがある。それは……」


そこまで言うと、瑞貴は私達の方に向き直る。


「自分の罪から、逃げないこと」


そして、右手にしていた刀の刃を自らの首筋に当てた。


「……!!」


瑞貴、まさか最初から死ぬつもりだったんじゃ!?


「悪夢は、もうおしまい。みんなは夢から覚めてね」


瑞貴の声には、迷いがない……。


「瑞貴……っ!!」


私と陸人が、瑞貴を止めるため、駆け出そうとした、その瞬間だった。


「警察だ!!そこを動くな!!」


広間の大きな扉がバンと、勢いよく開かれると、複数の大人達が、こちらに走り寄ってきた。


「瑞貴……!!」


その中でも、年配の刑事と思われる男性が、素早く瑞貴の元に走り寄ると、手にしていた刀を打ち落とす。


そして、刑事は、震える手を瑞貴の頬に当てた。


「瑞貴……!!すまなかった……まさか、お前が捜査情報を聞いていたとは……っ。そのせいで、こんなことを……!!」


瑞貴は無機質な眼差しで、黙って彼を見つめ返した。


「叔父さん……。叔父さんが優秀すぎるから、私、死に損ねちゃった」


「瑞貴……」


瑞貴の言葉に、刑事は、周りに気にもとめず、涙を流した。


さっき、瑞貴は、警察から情報を得たと言っていたけど。刑事のこの人から、瑞穂ちゃんの事件の情報をつかんだんだね……。


「瑞貴……一緒に行こう」


瑞貴が叔父だと言った刑事が、瑞貴の肩にそっと腕を回し、言った。


私は、何も言わず、静かに従い、その場を去ろうとする瑞貴の側にいき、その手を握る。


「何にも力になれなくて……ごめんね、瑞貴」


ただ涙だけが溢れてきた。


そんな私に瑞貴は、小さく呟くように言う。


「美羽の笑った顔って、少し瑞穂に似てたな」


彼女の瞳は、目の前の私を見ているのではなく、今はいない瑞穂ちゃんを見つめているようだった。


本当に、瑞穂ちゃんのことを愛してたんだね。


……待ってるからね、瑞貴。


また、前みたいに一緒にいられる日まで。


そして、瑞貴は叔父の刑事に付き添われながら、大広間を後にした。



その後、事件の真相が世間に幅広く知られ、榊原女子中高生連続殺人事件に連なる、高校生による殺人事件として、連日マスコミによる報道が駆け巡った。


あの時、ダウトゲームに参加した私達も、同じ学校の生徒ということで、何度も取材を受けたけど、私も、陸斗達も、無言を貫いた。


あのアナザーワールドのオープンは、事実上取り止めとなり、私達7人以外の来園者が、あのパークに再び立ち入ることは二度となかった。

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