第5話
番田は善四郎を見送ると、踵を返して車へと歩いていく。
「ちょ、ちょっと番田さんっ! いいんですかっ!?」
若いチンピラは納得いかなそうな表情で、番田へと詰め寄る。
「うるせえな」
番田は若いチンピラを突き飛ばして、運転席へと乗り込む。それから窓を開き、
「救急車を呼んでやれ」
と、言い残して車を発車させた。
信号待ちの間、番田は窓を開けてタバコに火をつけ、吸い始める。
別に、昔馴染みだからなんて理由で善四郎を見逃したわけではない。番田とて舎弟を何人も下につけている身。昔から喧嘩には自信がある。が、十五年前から、まったく衰えていないどころか、さらに強くなっていそうな善四郎にタイマンで勝てる気はしなかった。
「またぼこられちまうところだったな……」
煙を吐き、灰を外へ落とす。
番田は間違いない無く、新宿と共に善四郎をいじめていた。殴る蹴るなどの容赦ない暴行に、善四郎は手向かわなかったはずだったが……。
十五年前のあのとき、番田は一撃で善四郎にのされた。新宿もやれたようだが、そのとき番田は気を失っていたのでその光景は目にしていない。自慢するほどに高かった鼻を粉々に砕かれたとだけ、あとから聞いた。
新宿を含めて十数人はいた仲間の全員が半殺しにされた。なぜあれだけの強さを善四郎は隠していたのか? なぜそれまで黙っていじめられ続けていたのか?
その理由を番田は知らない。聞こうにも、半殺しにされて以降、善四郎が怖くて近づけなくなっていたのだ。
ただ、なぜ自分らが善四郎に半殺しの目に遭わされたかは知っている。
――あんとき、あのガキに手を出さなきゃなぁ……。
何度も後悔した。しかし過去に戻ったとしても、結果は同じだろう。
当時の番田は新宿の舎弟であった。逆らうことなど、到底できはしない。そんなことをすれば半殺しどころではなく、殺される。実際はどうかわからなかったが、そうしても不思議ではないほどの恐怖が新宿紅真にはあった。
――そういや、あいつらどうしてんのかな。
新宿に付き従っていた中学時代の不良仲間達。高校までは何人かと一緒だったが、卒業してからはとんと会っていなかった。
別段、熱い友情があったわけでもない。新宿紅真という強力な悪の光に集まった蛾のようなもの。そんな連中だったから、お互いに名前すら知らなかったりしていた。
「……どうでもいいか」
連中のことを思い出そうにも、顔すら浮かばない。自分を蹴り倒した風間善四郎のことは覚えているのに仲間だった奴らを思い出せないとはなと、番田は苦笑した。
信号が青へ変わり、車を発車させる。
――と、そのとき、奇妙な車がサイドミラーに写るのが見えた。
「なんだこいつ?」
金ピカのリムジンである。どんな馬鹿な成金が乗っているのかと、番田は思わず笑いを漏らす。
しばらく走って次の信号に捕まると、その金ピカのリムジンが隣に並んだ。番田の車よりも少し前に出、閉じた後部座席の窓が隣に見えた。
どんな奴が乗っているのか? きっと頭のおかしい奴だろう。興味はあったが、そういう輩に因縁をつけられても面倒である。
気にしない。……つもりだったが、不意にリムジンの窓が開いたので、ついついチラリと横目で見てしまい、後部座席に座っている乗り主の姿が視界に入った。
――プロレスラー……か?
天狗の面を被った男が乗っている。異様だが、それをなぜプロレスラーと思ったかは、窓越しに確認できた図体だ。
でかい。座っているのに、二メートル……いや、それ以上の体躯があると確信できるほどに、その男はでかかった。服は金色のスーツを着ている。
覆面レスラーかなにかだろう。番田はそう思った。
「……番田義輝」
「えっ?」
レスラーと思われる天狗面の男が自分の名を呼んだ。姿に似合わず、気色の悪いほど声が高い。まるで女のよう。
なぜ自分の名前を知っているのか? そう、口から問いを発しようとするも、信号が青になってリムジンは進み出す。
「……知ってる奴、か?」
一時、呆けていた番田だが、後続車のクラクションによりハッとし、アクセルを踏んで車を動かす。
――すると、すぐにまたあのリムジンが横に並んだ。奇妙にピッタリと、真横につけて併走をしてくる。横目に映るのはあの天狗面の巨漢。その首が、グルと番田のほうへ向く。
「あのとき、君は真っ先にやられて気絶をした」
「?」
――なんのことだ?
金ピカのリムジンはしつこくついてくる。よくわからないが、とにかく気味が悪い。
番田はイラつき、舌を打つ。
「おいっ! なんだてめえっ! 喧嘩売ってんのか!」
前を見、横を見、番田は運転しつつ天狗面へ向かって怒声を上げる。
番田ほどの強面に怒鳴られれば、怯む者が大半であるが、天狗面はその様子を見せず、ただ「ククっ」と低く笑った。
「僕が殴られているあいだ、君はずっと気を失っていたよね。単なる僕の手足だったくせに、なんの役にも立たないクズだったよ、君は」
「さっきからなに言ってんだてめえ?」
「……これを見れば思い出すかな」
男は天狗面を額へとずり上げる。
現れたその凶悪な相貌に、番田は身震いした。そして同時に思い出す。
「お、お前……」
「お前? 舐めた口を聞いてくれるじゃないか。まあいい。そんなことより見てくれよ、この鼻を。高かった僕の鼻がこんなにぺしゃんこだ。……どうしてくれる?」
不自然に潰れた鼻は、明らかに生まれつきのものではなかった。
「それは俺がやったんじゃ……」
「他の奴らもみんなそう言ってたよ。けど、君らが彼を倒していればこうはならなかった。違うかな?」
車は並んで信号前に止まる。
他の奴らも言っていたという言葉が引っかかった。
「あんたがやられるんだ。俺らで勝てるわけないだろ」
「知らないね。とにかく責任を取ってもらう。みんなと同じように」
「なにを……」
「君と、あともうひとりで最後だ。……長かったよ。海外に行ってた奴もいてね。人を探すって、案外と面倒なもんだよ」
リムジンの窓からヌッと、逞しい右腕に握られた五十口径はある大型の拳銃が出てくる。
「さよならだ」
「てめえっ!」
「てめえ、じゃない。新宿さん、だろ」
一瞬、戸惑った番田がアクセルを踏むよりも早く、その拳銃の引き金が引かれる。
「今はカブキングと名乗っているけどね」
大きな銃声が辺りに轟いた後、ややあって周囲の車が信号など関係なく一斉に走り出す。残ったのは番田の車と、悪目立ちする金ピカのリムジンだけとなった。
「まったく、ここの奴らは信号も禄に守れない、無法者のカスばかりで嫌になる」
リムジンの窓が閉まる。そして信号は青となり、車は走り出した。
新宿、もといカブキングは大きな体で背もたれにどっかりと寄りかかり、右手の拳銃を懐へとしまう。
「次で最後」
被り直した天狗面を押さえて、カブキングはくっくっくと笑った。
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