第7話

 …………。


 ブラックジャックは善四郎が勝った。

 しかし結局は殺されたことを善四郎は思い出す。


 ――そうだ。胸を撃たれた。


 新宿の拳銃で胸を撃ち抜かれたはずだ。が、その痛みは無い。そもそもなんで生きているのか、それが理解できなかった。

 目の前の綺麗な幼女はなにも言わずに善四郎を見ている。


 ――もしかして……ここが天国なのか?


 あまりにもかわいいこの幼女は、天使じゃないだろうか?

 非現実的だが、間違い無く死んだという自覚が善四郎にはある。

 ならばここは死後の世界で、自分の前にいる幼女は天使か、それに類するなにかと考えるしかないだろう。

 しかしどうも、イメージしていた天国とはかけ離れた場所であった。


「あのー……」


「んー? なあに?」


 声をかけると、幼女が初めて声を発する。見た目どおりのかわいらしい声だ。


「あなたは天使ですか?」


「違うよ。ハッカだよ」


 天使ではないらしい。かわいい幼女は嘘を吐かないので、この子が天使でないことは確定した。じゃあハッカとはなんだろうと、善四郎は考える。


「ハッカって……もしかして君の名前?」


「うん。白いお花で白花だよ」


「白いお花……。白花ちゃんか」


 良い名だ。


「俺の名前は……」


「ぜんしろー。知ってるよ」


「ああ、そうなんだ。……どうして知ってるの?」


 その疑問に白花はしばし沈黙する。


「あ、えっと、ね。聞いたの。」


「聞いたって誰に?」


「えとえと……教えない。秘密だよ」


「……そう」


 ここが死後の世界ならば、神様的ななにかがいて、それに聞いたのだろうか? そうだとして、


「ここってどこなの?」


 ここがどこなのか善四郎ははっきりと知りたかった。

 天国か? はたまた地獄か? いずれにしてもかわいい幼女がいる世界には変わりないので、この際どちらでもよかった。


「ハッカのおうち」


 白花の家のようだ。


「あ、いや、天国か地獄か……」


「なにそれ?」


 ポカンと口を開けつつ、白花は鼻をほじる。

 かわいいけど、ちょっと行儀が悪いみたいだ。


「俺って死んだんだよね? 死んだなら、天国か地獄に行くんじゃないかってなんとなく思ってたんだけど……ここって違うの?」


「んー? 善四郎は死んだけど、もう死んでないよ」


「んー?」


「んー?」


 善四郎が首を傾げると、つられたように白花も首を傾げる。

 死んだのに死んでないとはどういう意味か? わけがわからなかった。


「生きてるってこと?」


「生き返った」


 まさかと善四郎は訝しむが、かわいい幼女は嘘を吐かないのでこれは真実である。

 しかし、現代医療でそんなことができるとは聞いたことがない。


「どうやって生き返ったの?」


「白花がね、死んじゃったぜんしろーをかいぞーして生き返したの」


「……」


 なんだか、ありえないことをいろいろと言われて、これが現実なのか疑いたくなる。

 こんな小さな子が、死んだ人間を改造して復活させた。

 そんなことを信じられるはずはない。が、かわいい幼女は嘘を吐かないので、これも真実なのだろうと善四郎は受け入れる。ロリコンはかわいい幼女を疑えるようにはできていない。


 ――改造中に見えなくもないし。


 部屋もよく見れば学校の理科室に似ているような気もする。

 ここは科学的な施設で、白花はそこの博士……のようにはどうしても見えない。外見に限って言えば、ちっちゃくてかわいいだけの幼女である。

 かろうじて白衣だけは博士っぽい。


「どんな風に改造したの?」


「すごく強いの」


「……そう」


 わかりやすく、あまりに抽象的であった。とにかくすごく強いらしい。


「改造はもう終わったの?」


「まだー。あ、お腹空いたからご飯食べてくるねー」


「えっ? あっ……」


 クレーンの先についているイスが移動し、地面へ降りる。イスから立ち上がった白花は、てけてけと小走りに部屋から出て行ってしまう。

 ひとり、ぶらさげられたままその場に残された善四郎だが、管やケーブルが繋がった状態ではできることもない。

 目を瞑り、いろいろと思考しつつ白花が戻ってくるのを待つ。通常ならば焦って逃げ出したくなる状況なのに、善四郎は妙に冷静でいられた。

 この現状があまりに現実離れしているので、どこか夢のように思っている。そんな気でいるからだろう。

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