星くずの上で僕らは歌う。

色彩フラグメント『透徹』





「ぎゃふっ!」


 五秒くらい前の悪い予感は現実となり、情けない声を上げてシアがすっ転んだ。星くずの丘は足場が悪いから、気をつけて進むようにとあれほど念を押したのに。


「何につまずいたんだよ、ほら」


 小走りで追いついた僕が手を差し伸べる。足元では竜の骨と呼ばれるサンゴの欠片が、からんころんと跳ねたりポキリと音を立てた。


 おしりをさすりながら、「あいてててて」とシアが呟く。淡い桃色をした彼女の髪の美しさに、思わず見惚れそうになった。僕は照れ隠しの溜め息を一つ吐き出してから、「ほんとにしょうがないなぁ」とシアの小さな手を握って引き上げる。


「ドジで悪かったわね」と、シア。

「そんなこと言ってないだろ」と、僕。






 世界が滅びてから、大体二年が経った。


 唐突にこんなことを言い出せば、頭のおかしな少年がいたもんだなぁと誰しもが笑うだろう。実際問題、僕だって笑いたい。冗談だよと笑えるものなら、どんなに良かっただろうか。


「リュート、またそんな顔してる」

「どういう顔? 僕は生まれつきこんな顔だけれど」


 ふいに顔を覗き込まれたのがこそばゆくて、僕は反射的にそっぽを向いた。僕の心臓がだくんだくんと汗を掻いている。だからひんやりとした夜の風を、とっても心地良く感じたんだ。


 この二年の間に、シアはなんだか大人っぽくなった気がする。ここだけの話だけれど、身長もほとんど変わらなくなってしまった。変わらないどころか、実はシアのほうがちょっとだけ大きい。彼女がそれに気付いているのかどうかは、僕にとって最大の謎だったりする。


 この終わってしまった世界の最大の謎。


「さてさて、今日も始めるぞ」


 暗い気持ちに連れて行かれそうになった僕が仕切り直すように言うと、シアは斜めがけにしたカバンからごそごそと水晶玉を取り出した。うっすらと青紫色を帯びた、まんまるに限りなく近い水晶玉だ。


「良かった! 割れてなくて」


 安堵の声を上げるシアに続いて、僕は背負っていたリュックサックを地面に下ろした。僕がその中から取り出したのは、小ぶりの弦楽器だ。ウクレレみたいなって言ったら、なんとなくカタチが伝わるかな。


「じゃあ、歌うね」

「うん、始めよう」


 シアは大きな瞳をぴたりと閉じて、やわらかなハミングを口ずさんだ。僕は優しいその歌声に合わせて、ぽろんぽろんと弦を鳴らしていく。シアの水晶玉がぼんやりと光を放って、夜の薄闇をおぼろげに照らす月のようになる。


 シアが歌うのは鎮魂の歌だ。

 かつてこの世界に生きていた全てのこどもたちに捧げる、安らかで清らかな浄化の願い。


 祈りをこめて、僕も目を閉じる。






 二年前のあの日、僕とシアは気付けばこの世界にいた。

 大きくて眩しい花火の上がるあの夜に、きっと僕たちは生まれたんだと思う。


 歩いたり、走ったり、休んだり、迷ったり、見つけたり、見失ったり、起きたり、眠ったり、覚えたり、忘れたり、抱きしめたり、突き放したり、愛したり、嫌ったり、生まれたり、殺したり、増えたり、減ったり、与えたり、奪ったり、諦めたり、願ったり、を繰り返して──こどもたちは辿り着いた。


 あの花火の夜に。






 シアのやわらかな歌声。

 ぽろんぽろんと弦を弾く音。


 僕がそっと薄目を開けると、こっそりと薄目を開けているシアと目が合った。僕たちが揃いも揃って目を潤ませていたから、照れくさくて恥ずかしくて一緒にはにかんだんだ。


「ねぇ、シア」

「なあに、リュート」

「今度はうまくいくかな」

「そうね、うまくいくといいわね」


 僕とシアは、あとどのくらいここにいられるのだろう。

 そして願わくば、"次"は僕らの出番がやってきませんように。

 





 星くずの丘に吹く風が、僕らの唄を世界に運んだ。

 また今夜も、たくさんの魂が空に還っていく──。










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色彩フラグメンツ『極彩』 五色ヶ原たしぎ @goshiki-tashigi

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