#06 孤高の女王
「三〇二号室、帰宅しました」
「……はい、確認しました。どうぞ入ってください」
「ありがとうございます」
寮母に一礼してから俺は使い慣れた部屋へと向かった。
この学園は寮制だ。学園を挟んで東に男子寮、西に女子寮。予科生と本科生関係なく押し詰められるが、扱いには差がある。
予科生は二人部屋。本科生は一人部屋。
他にも予科生は寮内の掃除をしたり、食事は決まった時間に食堂で食べたり、入浴も原則予科二年までは大浴場を使わなければならない。
という風に予科生は様々な規則を与えられてしまう。
しかし俺は首席という立場を活かして、部屋以外の全てを本科生のように使うことが出来たのだが。
そんな思考で歩き続けていると、自分の部屋に辿り着いた。躊躇いなくドアを開け、奥へと進む。廊下の壁を手探りし、勘で見つけた電気のスイッチを押した。途端に辺りは明るくなる。
寮とは思えないほどに広い部屋は本科生であり、首席である俺の特権。だが、あまり広すぎても嬉しくない。
一息つくために背に吊った大剣を下ろした。そして、何人用だと思えるほどに大きなソファに腰掛ける。特大サイズのテレビに手をかざし、横に一振りするとテレビの画面が明るくなった。
寮母曰く、最新版のテレビだそうだ。
テレビをつけたはいいものの、特に見たい番組がなかったためにつけたときと同じ動作でその明かりを消した。
「………………」
かつては、ここではない俺の部屋で仲間たちと笑い合ったものだ。
今でもその光景を思い出せる。
『ライト、これは?』
『ん、……あぁ、……中身見てみ』
『……え、これ』
『やる。……いらないなら別にいいけど』
『要らなくなんかないっ。ありがとう‼』
『……あぁ』
『ラブラブなお2人さん、お邪魔しまーす』
『てめっ、勝手に入んなっ!』
『ちょっと!』
ずっと続いてほしいと願っていたあの日々を。
ずっと続くと信じていたあの日々を。
何気なくとも、何より大切だった瞬間を。
♰
「何であんなに集中力が続くんだろ」
イノリの訓練が始まって、既に二時間は経つ。私は正直訓練の疲れからか眠気に襲われ、それと必死に戦っている。というのに、彼女は攻撃を乱すことなく続ける。
流石首席と思いながら、インカム越しに呼び掛けた。
「そろそろ疲れてきたでしょ? 終わりにしよう」
『うるさい、黙ってて』
「なっ」
『そんなに帰りたいなら帰れば? どうせ私たちは学校違うんだから関係ないでしょ』
アリスの反論を待たずに返ってきた言葉は、イノリにしては珍しく長い台詞だった。
『帰りなよ』
冷たく抑揚のない声が、彼女の今の機嫌を物語っている。
アリスは無意識に小さくため息をついた。
「……分かった」
彼女の返事も聞かずにインカムの電源を切る。きっと、彼女自身もそれを強く望んでいるだろうから。椅子から立ち上がってゆっくりと扉へと向かった。最後に振り向き、もう一度部屋の奥の窓を見つめた。
その先では、未だにイノリが戦い続けている。
その姿はまさに孤高の女王。
独りぼっちの、か弱い少女。
♰
『……分かった』
悲しそうにそう呟く少女に出会ったのはいつだっただろうか。
ふと、イノリはそんなことを考えていた。
その剣の輝きを見たのは、その背を見上げたのは、その手を差し出されたのは、その笑顔を見たのは。
いつだっただろうか。
だが、イノリにとってそんなことはどうでもいい。今のイノリには関係ないのだから。
彼女は、ただ目の前の敵を殺すためにここにいるのだから。
「ボー・アン・アロー。フォース・ボルテージ!」
イノリが叫ぶと、彼女の愛弓〈ラシティ〉が黄色く輝いた。その輝きは、イノリが矢を引き絞っていくに連れ、さらに瞬き輝く。
イノリの視界に赤い円形の線が現れる。狙うべき的に標準を合わせる。さらに矢を引き絞る。弓の体が反り返り悲鳴をあげる。
「……ターゲット・ロックオン‼」
限界にまで引き絞った矢を手から離す。その瞬間、黄色い輝きを纏った矢は閃光の如く、敵へと向かう。
「スプリッター!」
叫ぶと、矢は何本、いや何十本にも分離していく。
敵はそれを見て、怯え、逃げ惑う。
実際は感情などないただのプログラムだ。しかし、恐怖という感情を知っているかのように、彼等は甲高い悲鳴をあげる。
「あなたたちに、逃げ場はない」
弓を握った手に力を入れた。
矢は敵たちを追随していく。狙った獲物は逃がさないと言わんばかりに、最後まで。一匹残さず、喰らい尽くす。儚い断末魔と共に静かに消えていく。
その光景をイノリは無言で見つめていた。
弓を握りしめていた手に爪が食い込む程の力を入れていたことに気付かずに。
魔導戦士隊ALICE 岩本カヱデ @iwa-maple
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