#05 イノリ・キーロット
長い廊下を歩ききり、目の前の扉をアリスは見つめた。そして、来た道を一度振り返って見つめた。それを見つめるアリスの瞳は悲しげで、しかしすぐに元に戻る。
扉に向き直り、勝手にどこかに行ってるなよと強く念じながら、そっとドアノブに手を掛けた。
トレーニングルームとは、全く違う感覚。
あちらが威厳や威圧感を放つ扉だとしたら、こちらの扉は妖艶さを醸し出す扉だろうか。ほっそりとした扉はこの部屋の主の印象に合っている。
ドアノブに手を掛けたまま、念のため一応ノックをするが、案の定返事はない。いつものことなので、気にせずに中へと入った。
中に入ると、まず豪華な家具が目につく。
天井にはきらきらと輝くシャンデリア。部屋の手前、つまり扉側には綺麗に手入れされた白い棚。部屋の奥には大きなテレビ。
「…………」
何度見ても、よく手入れされていると思う。
部屋の奥へと向かうと、その先には大きな一人掛けの白いソファがある。
そこに、優雅に座る人物が一人。
足は交差させ、片肘を肘掛けに掛けて、頬杖をつく艶美極まる少女。
少女はソファの横に来たアリスに気が付くと一度顔を上げたが、すぐに頬杖をつき直す。そして、インカム越しでも十分美しかった声をさらに美しくさせて一言。
「遅い」
「…………」
なんて憎たらしいだろうと思うが、決して口には出さない。
何故なら彼女は口はともかく、それ以外、……特に〈魔弓〉に関しては極めて高い能力を備えているからだ。
「ごめんって」
「謝って済むことじゃないわ」
まるで刃のような言葉に手も足も、いや、正確には言葉が出ない。
「分かってる。これでも気を付けてるつもりだよ」
少女はため息を一つ落としてから、足を組み直した。
「……どうかしらね」
少女は頬杖をついていない方の手で口元を覆い、妖艶にくすりと笑った。この笑みだけでどれだけの男たちが堕ちるだろうか。
アリスよりも年下であるが、正直色々な面で負けている気がする。
「ていうかあんた、よくこの部屋を借りられたね。ここ、うちの学園の中でも最高級の部屋だよ?」
すると少女は心外そうな表情をし、アリスを馬鹿にするように笑って言った。
「知らないの? あなたの学園では、最高級の部屋の使用権はまず優秀生徒に与えられる。その制度は姉妹校の生徒も例外じゃない。つまり……」
「あっちの学院で首席様をやってるあんたが借りられるのは当然だと?」
彼女の言葉を奪い取り、アリスは少しきつめに言った。
「当然」
得意げに微笑む少女は、妖艶な笑みを浮かべたまま顔をこちらに傾け言った。
「感謝してよね。本当なら、アリスみたいな人間はこの部屋には入れないんだから」
正直言って、かちんと来た。その勢いのまま、アリスは少女に言い放つ。
「次はあんたの番でしょ、イノリ」
アリスにイノリと呼ばれた少女は、面倒だとぼやきながら立ち上がった。その反動で、ボレロにワンピース型の制服のスカートがふわりと広がる。同時に、薄紫色のロングヘアも広がる。
イノリは大きな窓の向こう側、つまりトレーニングルームを、瞳を細めて睨みつけた。そして、ソファに立て掛けてあった装飾豊かな弓を手に取った。
✝
――〈ヴァーブレ国際弓術学院〉。
〈魔弓〉を専門として扱う、〈ルーティアナ魔導戦士育成学園〉の姉妹校だ。〈魔弓〉を取り扱う〈魔導学校〉の中では、最も高いレベルを誇る学校でもある。
そんなエリート校に首席として入学し、そして当時予科1年でありながら〈魔導〉を我がものとして、〈魔弓〉を使いこなすようになった少女がいた。
〈魔導戦士〉の称号を早くも得た少女。
それが、イノリ・キーロット。
彼女は初めて扱った弓矢で難なく〈魔導〉を宿し、〈魔弓〉とさせた。
所謂〈天才〉という人種だが、彼女もアリスと同じく〈落ちこぼれ〉という烙印を押された生徒であった。
イノリは現在、〈ヴァーブレ国際弓術学院〉予科2年の16歳。そして、首席。戦闘スタイルは〈後衛魔弓士〉。弓の銘は〈ラシティ〉。〈神器〉の次に貴重だとされる〈究器〉というランクに指定されている。武器属性は〈雷〉で、矢を放つとそれらが稲妻になると言われている。
だが、矢が放たれた光景を見た者は思うだろう。
あれは稲妻ではなく、無数に光り輝く流星だと。
✝
「ほんと、綺麗だよなぁ」
アリスは大きな窓からトレーニングルームを傍観する。
たまに瞬く流星が本当に綺麗だ。しかしそれは流星ではなく、超高速の矢が放つ光の残像。
イノリの手から放たれた矢は敵へと真っすぐ突き進み、それら全てが命中する。甲高い悲鳴を上げながら、敵は次々と葬られていく。
その矢を放つイノリも十二分に美しく見とれてしまう。
矢を放った際の衝撃を受けて、彼女の腰辺りまである薄紫色の髪が千切れんばかりの勢いで後方になびく。同色の瞳には力強い輝きが宿っている。
鬼気迫る勢いで敵を消滅させていく彼女が何故、〈落ちこぼれ〉と言われるか。
それは彼女の性格にあった。
チームプレイを嫌う、かなりの利己的主義者。
〈天才〉の仮面を被った、〈落ちこぼれ〉。
彼女の通う学院でこのような噂が広まるのには、そう時間は掛からなかったらしい。
「………………」
だが、アリスは不満だった。
確かにイノリの性格は難ありだとは思うが、それだけで〈落ちこぼれ〉扱いをするのは、アリスにとって気に入らないもので。
彼女の実力は本物なのに。
本当は寂しがっているのに。
誰にも気付いてもらえない。
誰にも気付いてもらえないなんて、そんなの悲しすぎるから。つらすぎるから。
きっと、自分を見失ってしまう。
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