#04 アリス・ルーティ
✝
――うるさい。なんて馬鹿でかい声なんだ。
そう悪態をつきながらも、俺は保護ガラスの向こう側、必死に剣を振り回す少女を見つめていた。
『うっりゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!』
どのくらい大きな声を出せば、こちらまで届くのだろうか。
そもそもこのガラスは世界最高の防御力を誇るガラスで、音は勿論、〈魔導戦士〉の〈秘奥義〉でさえも防ぐというのに。
『やあぁっ! たあっ』
しかし凄いのは声だけのようで、パワーもアキュラシーも敵を倒すにはまるで足りない。
「…………」
俺は手に持った端末の画面を軽く叩いた。すると画面が明るくなり、表示された画像がホログラムによって浮き上がった。そこには声が馬鹿でかい少女の顔写真や名前、学年、武装、試験点数などが表記されている。
「……アリス・ルーティ…………」
何となく、声に出してみた少女の名前。写真に写る長く綺麗な金色の髪。意志力が漲る青の瞳。
彼女に、よく似ている。
いつも俺の隣にいたあの少女に。
共に戦った少女に。
俺が愛し、守ると誓った少女に。
そして、結局は守れなかった少女に。
「似てるな……」
もういない彼女のことを思い出してしまっていたことに気付き、無理矢理思考を停止させる。そして、もう一度少女のプロフィールに目を通した。
――アリス・ルーティ。〈ルーティアナ魔導戦士育成学園〉予科三年。戦闘スタイルは〈前衛魔剣士〉。……ではなく、――まだ〈前衛魔導〉が使えないから――〈前衛剣士〉。武装は俺と同じで大剣。銘は、……〈レーヴァテイン〉。
「――は?」
思わず目を瞬かせて見直すが、やはりこう記されていた。
「嘘だろ……」
自分自身がそう呟いたことに気付かないほど、俺は驚愕していた。
――〈レーヴァテイン〉。
それはこの世界に僅かしか存在しないと言われ、誰もがそれを手にすることを憧れる〈神器〉の一つ。
属性は〈炎〉。灼熱の炎を纏い、その炎は太陽にも匹敵すると言われている。その炎で相手を灼熱地獄に晒し、跡形もなく焼き尽くす大剣。
何故、そんな伝説の武器をあの少女が持っているのか。
そもそも少女はどうやってあの大剣を手に入れたのだろうか。
〈神器〉のほとんどは未だにどこにあるか分かっておらず、所有権を得るなんてほぼ不可能だ。
なのに、どうして。
『はぁあっ!』
先程までとはまるで違う、どこか気合いが入ったような声が耳に届き、思考が遮られた。
視線を少女に移す。
体に引きつけた大剣を敵に真っすぐ打ち込もうというところだった。大剣は敵の体に吸い込まれていく。
制服のスカートが勢いよく後方にはためく。金色の長い髪も同様に。
それがまるで舞っているかのようで、俺はいつしか目を奪われていた。
今まで長い髪で遮られてしっかり見ることが出来なかったその少女の表情を、俺は捉えた。
何かを決意したような、表情。
そして、今日二度目の驚愕。
大剣の刀身が微かに、しかし確かに眩く輝いた。そのまま敵の腹に大剣が貫通し、敵はポリゴンの欠片となって爆散していく。
少女はそれでも動こうとせず、大剣を突き刺した状態で固まっている。
きっと今、あの少女の思考は俺と同じはずだ。
刀身が輝く、つまり武器が輝く現象。
それが引き起こされる理由は、この世に一つしかない。
〈魔導〉だ。
「面白れぇじゃん」
にやりと口角が上がったことに、俺は気付かなかった。
✝
パシャアァンと、ポリゴンの欠片が吹き飛ぶ音が間近で聞こえた。
しかし、体が動かない。普段なら滅多にない敵の消滅を喜ぶのだが、今はそれどころではなかった。
〈それ〉は敵を倒すこと以上に有り得ないのだから。
アリスはしっかりと見た。
この愛剣の刀身が輝きに包まれる瞬間を。
あれは〈魔導〉だ。絶対に。
でも、何故?
アリスは〈魔導〉が使えない。この大剣の〈特性〉も本当の〈属性〉すら引き出せないのに、〈魔導〉が使えるわけがない。
「……考えても、分かるわけない、か」
深く息を漏らして、突き出したままの状態だった体を戻す。
そろそろ訓練終了の時間ではないだろうか。
そんなことを思っていると、耳につけたインカムからややきつい声が聞こえた。
『訓練終了。時間押してるから早く戻って。以上』
インカム越しでも透き通ったその声に、一切の感情はない。
「……了解」
プツリと通信が切れた音がした。
アリスは愛剣を左腰の鞘に収め、ブーツのつま先で床をとんとんと叩いてから歩き出した。この部屋の、正確にはホログラム・トレーニングルームの奥を目指して。
そこには大きく頑丈そうな、威厳漂う扉がある。
その扉の前に立つと、自然に扉が開いていく。意外とスムーズに、音もなく。
一歩足を踏み出した。また、一歩。
そこで一度、新鮮とは言えないがトレーニングルームよりはマシな空気を吸う。何処か息苦しかった肺が楽になる気がした。
そして、再び歩き出した。
背後で扉が閉まる大きな音がした。
✝
「なんだ、もう終わりか」
トレーニングルームを出ていく少女の背中をガラス越しに見送りながら呟いた。
頑丈そうな扉が閉まり、少女の姿は完全に見えなくなる。
――もう少し、見ていたかった。
「⁉」
無意識のうちに考えていたその言葉の意味を認めた瞬間、俺は自分の体が震え上がるほどに驚愕していた。
俺はこんなにも他人に興味を示す人間だっただろうか。
いや、違うはずだ。
俺は、あのときから全てを捨ててきた。
両親も、友達も。
親友も。
たった一人の想い人も。
何もかもを。
「違う、絶対」
自分自身に言い聞かせるように呟く。
あの少女に興味が湧いたのではない。きっと、あの少女が持つ〈神器〉と放たれた〈魔導〉に興味が湧いただけだ。
絶対に――。
俺は〈そう〉でなければならないのだ。
邪念を振り払うかのように頭を左右に振る。
「………………」
何となく、もう一度トレーニングルームを見た。
もう、誰もいない。しかし、誰もいないはずのその部屋に少女の姿が見えた気がして目を疑った。
もちろん、そんなことは有り得ない。
ただの幻影だ。
……気にしすぎではないか。
何故、こんなにも少女のことが気になるのだろう。
自分でも不思議に思いながら席を立つ。
傍観室から出てもその違和感が消えることはなかった。
寮に帰るために長い廊下を歩いているとき、小さな足音が前から聞こえてきて、俯かせていた顔を上げた。
そんな俺の目に映ったのは、
ゆらりと靡く金色の髪。
陽に当たることを知らないような白い肌。
〈ルーティアナ魔導戦士育成学園〉予科生の制服。
頭にはリボンがついたカチューシャ。
そして、左腰に吊られた大剣。
顔は俯かれていたが、それを見ただけでその少女が先程の少女だということに気付いた。
ゆっくりとこちらに向かってくる少女は俺の気配に気付いたのか、その顔を上げた。
俺と少女の視線が交錯した。
「っ」
見たことがある、と思った。
真っすぐとこちらを射抜く、その青色の瞳。澄みきったそれは、どこかで見た気がする。
でも、思い出せない。
思い出せない理由は、俺自身が一番よく分かっている。
「こんにちは」
少女の澄んだ声に俺の思考は遮られ、咄嗟に言葉を返す。
「あ、あぁ……」
俺の言葉を聞いた少女は何故だか一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに微笑み、ぺこりと小さくお辞儀をしてから再び歩き出した。
「………………」
この学園内で俺は〈上級魔導士〉として扱われ、しかも本科生だ。故に、予科生でまだ〈魔導戦士〉にもなっていない彼女があちらから挨拶してくるのは当然のことで、俺自身もそれを不快だとは思わない。
が、どうしても変な気分になるのだ。
あの少女だけではない。例えば、俺よりも年上の予科生や本科生であるが〈魔導戦士〉でない者、同じ〈魔導戦士〉でも〈上級〉ではない者。そんな彼等から敬われるなんて、正直最初は息苦しくて仕方がなかった。今でも違和感が残っているし、出来れば普通に接してもらいたい。
なんてことは、絶対に言えない。
俺も、彼女と同じ十七歳なのに。
なのに、立場が違う。
〈本科生〉と〈予科生〉。
〈上級魔導士〉と〈魔導戦士〉の卵。
〈天才〉と〈落ちこぼれ〉。
「……アリス・ルーティ…………」
あのとき少女が見せた悲しげな表情。それが脳裏に焼き付いて頭から離れようとしない。
遠い昔、あの表情を見た気がしてたまらない。
「っ」
その瞬間、何かが見えた気がした。
俺の体に抱きついて泣きじゃくる少女。
儚い、既視感。
「な、んだ……」
何だ、今の。
俺は何か、大切なことを忘れているのではないだろうか。
忘れてはいけない、大切な何かを。
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