第5話
マッドの妻、離縁され元になった女はぼんやりと部屋の隅を眺めていた。楽しい物がそこに有るわけでもなく、目を空け脱力した先にあったのが部屋隅だっただけの事だ
とりとめのなく色々な出来事を思い出す
彼女が、幸せだったのは少女の頃だ、その頃は将来に希望があった
一度めの結婚をして、初夜を共にする前に急遽出兵した夫は生きて帰らなかった。彼がどのような男かさえ知らず、寡婦となり実家に帰された
実家は、居心地が悪かった。何を言われるもなく、己の責任以外の理由で、自分の存在を空気の様に扱われるのがたまらなく堪えた。
亡き夫を憎み、自己の不運を嘆き過去に帰りたいと思った。
年増と言われる年齢になっていきなり再婚の話が舞い込む
相手は自分の身分からすれば随分と玉の輿な相手だが、其はお互いの瑕疵を見なければの話だ
こちらは肉体的には処女とはいえ再婚の年増、相手は男性の適齢期ギリギリで両足を失い、また、肺を病んでいるらしい病人
何の病か知らぬが感染したくない。褥での事も初めてなのだからせめて見目の良い男に優しく教えてもらいたい。一つも叶わない
二度目の婚姻はさながら身売り
飾りもなり実用性のみの馬車が迎えに来てそして身一つで乗り込み、使用人の様に裏口から屋敷に入り、出迎えも無く、初めての夫との顔合わせは寝室
経験も無いのに、上にのれと言われ
何とか痛みを堪えてこなしても、労い1つなく、ため息に見送られて主寝室の隣に宛がわれた小さな小部屋で膝を抱えて眠る
愛しさなど生まれるはずもない
カラカラと、夫の車椅子の音がするがすれば苦痛を自らの手で始める時間がくる
ひたすらに、車輪の回る音が恐怖になった
昼に、する事はない。妻としての社交も、夫の為に身綺麗にする事も、義理の妹達と会話することすらない
子を産む
ただ其だけが課せられた私の仕事
夜腰をふる以外は、暇だ。
ぼんやりする。毎日息をしてはいて、それだけで1日が終る。ぼんやりしながら、何となく屋敷の中の空気が重くなるのを感じている。夫の咳は変な音だし、使用人や奴隷は不自然に消えてゆく
夫の咳の音
軋む歯車の音
点々と壁に床に落ちて
蠢く黒い血
肌を重ねる度に、臍の下から内蔵を一掴み、むた一掴み冷たい石に置き換えられる妄想に支配される
何か、何がおかしい。変だ、まともではない、異常なのに、それなのに、一体何がおかしいのか分からない。
己の置かれた状況の異常性ではない、根元的な生き物としての違和感、焦りと不安だけは大きくなるのに、感情がすり減って、頭の片隅に警告が押しやられ、人形の様に息をする。
せめて、最初の役割に固着する。それなのに一向に懐妊しない。予兆もない。
母体としての機能を維持するため三食はきっちり出される。味はしない。調味はされているはずだが、いつしか味覚は壊れてしまった。
子供さえ産めば地母子の修道院に入れて貰おう。其処で孤児達を世話して生きてゆこう、早くでて行きたい。
ここは寒過ぎる。そう希望にしてはささやかな願いを持って頑張ってきたが、実家による本家の横領その煽りを食って今、性奴隷として小部屋に押し込まれている。
彼の妹達とは売られる時初めて顔を合わせ何も語らず部屋を分けられた。彼女らは上客に宛がわれるだろう。
私は?私はどうなるのだろうか。若さも美しさも清い体も地位も何もかも無くし、身一つの私は何者なのだろうか。半分壊れて、焦りも悲しみもどこか遠く頭に膜が張ったように現実と、認識出来ない。
いつだって、自分の事しか考えなかった。自分の小さな心の窓からしか外を見ない癖に自発性など思いもよら無かった、私の怠惰はそんなにも罪だったのかしら。
目を閉じれば瞼の裏側に蠢くあの人と同じ泥の様な血。
アアここにいたのねワタクシの子
隣の部屋と同じ間取りなのにやけに暗く感じる部屋に売られたばかりの女が扉に背を向け、立っている。
力の抜けた首は低い天井に傾いでいる
前から見ればどんなアホの面をさらして要るのかと呆れながら、女を恐怖で仕込む為に怒鳴りながら粗野な男は強く肩を引いた。
掴んだ肩は頭陀袋に腐った果実でもいれたみたいにぐじゅりと捻れ落ち、女の形をしていたものは、ばちゃりと床に広がって粘りながら床板の間に吸い込まれて行く。
其を男は驚きで身動き出来ずに見ていた、視てしまっていた。
其は恐怖と怨嗟であった。説明出来ない。負の感情に質量を持たせればああなるのか。
思い付きで特に必要も無いのに勇者を呼んだら、大惨事になった件について @Yomuhima
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