第4話



郊外の、もと林の空き地で朝露が消えぬうちに調査は始まった。

時間の齟齬について原因は詳しく分からなかったが中心地点は分かった、そしてほどなく中心の真下に石の中に空間が有ると、地の術を使う魔法師が突き止める

マッドには確信があった、現象を引き起こしているのは勇者の遺体だと。

彼は疲弊した魔法師も下がらせて、自らの手で石室の扉を持ち上げる事にした。

勇者が生存していた時は形振りかまっていられず、奴隷に魔法師、多くの手をさいていたが、死んでしまった今は勇者召喚の失敗を知るものは少ない方がいい。他にも未知の現象を詳しく知りたい研究者としての欲求に突き動かされている。

いつもなら、先に誰かを行かせるのに、この仕事は自分の手ですべきだと思い込んでいた。


彼は四代元素の魔法を使えるが強い物は水しか使えない、土は中級まで操れるので石室の天井部分をスライドさせる事にする。


じわじわと岩が動き出し、長く暗闇に閉ざされていた空間に光が差し込み、呆気なく日の下に全てを晒した


玄室には何もなかった、遺体も、彼は知らないが勇者がみた鮮やかな天女の壁画も何一つ


石の縁に立っていたマッドは唐突な目眩を感じ、伽藍堂の石室に引き込まれる様に頭から落ちてゆく

かろうじて手を付いたので大きな怪我はしなかったが、地に体を打ち付けた瞬間に言い知れない寒さを感じた。


魂を握られた様な寒気の次に、埃っぽさを頬に感じ咳き込む、地面に倒れたまま視線で空を見上げれば、四方から石の壁がぐらぐと崩れて来る、ぼんやりとした頭で空が遠いなと思いながら気を失った。


目が覚めたのは、喉の渇きと足の痛さを感じたからだ。


小さくうめけば枕元にいた誰かが、水の入った吸い口を唇にあてがってくれる。

暫く無心に水を飲み、掠れた声で足が痛いので擦ってくれと頼んだ。

息をのむ気配がして、聞きなれた部下の声がした


「すいません。足は石の下敷きになって…その…切り落としたのです、もう足は…無いのです」


意味が分からない。

無い足がこんなに痛いはずが…思い出した、確かに石が崩れてきた、命が有るだけ感謝した方がいいのだろう。

それにしても足が痛い、寒い。新な勇者召喚をこんなに体で出来るのか、どうすればいいのか。

怪我による不調と重圧のなか、部下と使用人が全力を尽くして治療に当たってくれたため身体は驚きの速度で良くなった。失った足を除いて。


カラカラと車椅子の車輪が回る音がする。屋敷内を移動する音だ、車椅子の後ろには奴隷の召し使いが控えているが、押しては居ない、彼は1人で移動出来ることに拘った、何かあったときの為に人を連れているに過ぎない。


あの事故の後皇帝からは意外なことに使者を通して労いの言葉がかけられた、勇者召喚のと事故は別扱いで、配慮はしておくので作業は継続しろ続けろと続いた。

思ったより咎めがなく驚いた、彼女はもっと苛烈なイメージが強い


車椅子を回して執務室に入る、研究所に行くことが億劫になり部下を此方に呼び寄せて作業することが多くなった。


事故の後、林の調査は部下が引き継いだ、遺体は見つからず、時間の齟齬も無くなり、只の空き地になっている。


召喚に必用なものは3文の1程度揃った、あとは高価で得難い品ばかり、研究所の資金と我が家の資金を足しても残りの品を用意するのには足りない。


最近よく、咳が出る


雪が降り始めていた、庭師を減らした為に荒れ始めた庭に雪が落ちて染みてゆく。寒さが肺の病を呼んだのだろうか、何にせよやり遂げなければ妹達に咎が及ぶ。



あれから3文の2の素材が集まり、魔方陣の不備は理論上は解消され、小規模な無機物召喚実験は成功した。


勇者の魂を封じていた水晶に探し物の呪いをかけても、地図の上をぐるぐると針が回るだけで、手掛かりさえ見つからない。


その様を付き添いの奴隷は、顔を青くして見ていた。マッドの瞳には例属の水晶のに映りこむ蠢く黒い何かが見えていなかった、何故なら彼の暗褐色の瞳には同じものが蠢いていたのだから。

もし、奴隷が主の為に沈黙しておく言いつけを破るほど、マッドに信頼を寄せていたならば、話は変わったろうか。だが現実は彼は語らず、また主も気がつかぬままであった。


マッドは疲れ果てていた、夜は血を絶やさぬ為に急遽娶った配下の家の女と、子を作る、愛や感情は無い上にひどく事務的だ、足の無い彼は寝ているだけだし、下級とは言え貴族の娘の癖に、やる気の無い娼婦の様な妻。


其が終われば夜毎足が疼く、幻肢痛と言うらしい、四肢を失った者がかかる病。

夜も寝られず精を搾られ先行きの見えない任務に金銭の負担、体力の急激な減退も仕方ない。


その日は冬の最中にしては暖かだった。

急に老け込んだ手でペンを取り買い付け班からの金銭的な内容の伺いに。確実に買えるのであれば、上乗せもありと、返事をしていた。

書き終えた手紙に封をして要ると、妹達が訪れた

「お兄様、ごきげんよう。お願いがあって参りました。

私達どうしても今度のお茶会には新しい服で行きたいのです。誂えても宜しいかしら」

「すまない今我が家に余裕はない、分かってくれ。お前達、これからも仕事があるので下がりなさい」

「赤獅子の君の開くお茶会なのです、行かねば我が家の…


使用人に目配せして何やら騒ぎ立てる妹達を連れ出させる。


持参金が出せない事と、未だ跡継ぎが居ないため彼女たちは家に据え置かれている。何か有ればどちらかに夫を付けて、そのまま私にかかる刑が妹とその連れ添いにも繰り下がりでかかる。


一週間後、魔法便で部下から手紙が来たが、どうもおかしい手配したはずの金が届いて居ないため、買い付けが流れたとのことだ、人を置いておくだけでコストはかかる、トータルで考えればマイナスになっている。何故、こんなに事になっている?苛立ちながら気持ちを落ち着かせる為に他の手紙を手にした、送り人に見覚えが無い

商会が差出人となっている

手紙を読んで絶句した、いつの間にか借金をしている、本来のこの家の規模なら払うに苦労はしない額だが今この時に借金している事が問題だった。

簡単に言えば妹に支払い能力が無いので代わりに払えとのことだ。暫く、椅子に腰かけていた深く考える。


妹達には家の状況を勇者召喚の部分をぼかして伝えたつもりだったが、危機感が伝わって居なかったか、思ったより愚か者だったのか。


只でさえギリギリなのだ、餓えた領民から、孤児院の体裁で子を安く買い取り内密に奴隷として帝都に売り、何とかやりくりしている、これが長く続き領地に広まれば反乱を呼ぶ、何より怖いのは中央に管理能力を疑われ、其が原因で不信感が強まれば諸々の取引が減る、減れば買い手市場に偏りより苦しくなる。悪循環だ。何処かで大きく儲けて絶ちきらねばならない。


状況の確認が必要だ。勇者召喚のやり直しを命じられ真っ先に金銭的な目録を作ったが、マッドは自分の動かした額しか把握していなかった、もし、自分の以外の手が入っていたら、計画が大きく崩れる。



洗い出した経済的状況は当初の予定よりかなりの悪い、当主が親から私に変わったら為に親族たちが隠れて勝手に別荘や僻地で散財し、家共通の資産を食い荒らし、領民に無体を働いていた。

妹達は思ったより控えめだが、だらだらと出費を続けていた、買い付けのための費用を横領したのも妹達だった。


ごほごほと彼は咳き込んだ、手に黒い泥の様な血が溢れる、足を失った事故からじわじわと肺が痛み、このヘドロの様な血も見慣れてしまっていた。彼は感覚が麻痺して当たり前の事を見落としている、人が咳き込んで出るのは泥の様な血ではないし、血のような泥が体を巡っているはずもない。


家に仕える騎士を呼び寄せて横領した親族の捕縛を命じた。


使用人に命じて妻と妹達を拘束する

一人一人連れてきて尋問をした。


妻の実家はかなり派手に横領をしていた為に財産没収の上に斬首になる、妻をどうするかだが、どうでも良かった、懐妊の予兆はない、念のため3ヶ月牢に繋いで、非合法な奴隷として売りに出そう、裏の奴隷は女を切り刻みながらでないとイけない変態や、非合法魔術の実験に、医療と名のつく虐殺がしたい医者などが集まる、そこでならただの美しい女は高値で、美しく罪の深い女はびっくりするほどの高値で売れる。


何故マッドがそんな裏の店を知っていたのかは、彼も客だったから個人的な実験で利用したことがある


犯罪奴隷に人権はないし死刑囚を公的な実験で使うこともあるが、奴隷法が厳格なこの国で、奴隷相手とはいえ欲望のまま振る舞う事は出来ない。


奴隷は財であり、奴隷に落ちたからと言って即座に絶望では無い、犯罪奴隷以外は法で守られいつかは解放される。



彼が買ったのは、旅をしていた処たまたま人売りに捕まった健康な男で、値段も高くは無かった。舌を切って喋れなくしてからの納品を頼んだ。


裏の店で美しい女が高値で売れるのも裏で需要が高くまた、消費される速度も早いからだ。また、罪のある美女がより高値なのは、売られる前の口上と立札にある。


ただの哀れな被害者よりも、もと加害者の方が変態に大人気だからだ、その点妹二人は高位の貴族で美しい、また買い手の方も高位のもの達なら顔くらいは知っているだろう、高値が期待できる、妻も一応貴族に当たるのでまあまあな値段になるだろう。


マッドは、あれほど庇おうとしていた妹達を売り払う事に疑問を感じなくなっていた。


ずれた歯車に壊れゆく倫理、彼の周りからは少しずつ人が減っているが、どうでも良かった。

冷静沈着、上に下に配慮出来る将来を有望視される有能な人材としての姿は消えていた。


金を集め、召喚の素材を集め、異世界から高価な奴隷を調達する事、頭にはこれだけ。命じた皇帝の事も領民の事も見えない。


彼の命が消える前に全てを成さねばならないと、己の死さえ予定に入れ、召喚を急いだ。




一揃いの美しい姉妹が、着飾って装飾の多い檻に繋がれている


艶やかな栗毛は更々と肩に流れ落ち、瞳は望洋としている。魔術により魂を抜かれているため最低限の生命維持に類する行動しかしない。


だが、彼女達はどちらともなく、紅の引かれた唇から、小さく、コンと咳をした


今日は高級奴隷たちの顔見せ、そのため1日美しく装い、鳥籠を模した優美な檻の中に座る予定だ

鳥籠の前には、札が貼られる、そこにはその商品の説明がある


二人の罪状は横領。売り主は兄


横領の理由は服装費用であったが、それを必要としたのは、兄の仕事の猶予を稼ぐため。ここには理由までは書かれておらずまた、マッドもそれを知らない。

緋獅子の君と呼ばれる皇帝のご機嫌とりの茶会に参加するためであった。

男には分からぬが、女の、茶会にと言うものは同じ服は着ては行けないし、細々と作法があるらしい。そこで、矜持を捨て皇帝の玩具に成り下がる事で兄に猶予を貰う契約をした。王たる緋の獅子は彼女等を物のように扱い邪魔な政敵を陥れる為の駒として扱ったが、約束だけは律儀に守った、

一つ姉妹の純血は散らさぬこと、

一つ兄の仕事に便宜を図ること、

1つ目に関しては、いっそ純血を散らした方が良いのでは無いかと思うような目にはあったが、約束は守られた。


その代わり、茶会という名目の召集には必ず参加する条件がつけられていた。


分からぬ場所での献身は兄には伝わらず、困った末黙ってくすねた金が、兄と本人達の首をしめた。


贅を尽くした闇奴隷市場で、泳ぐ様に檻の隙間を歩く顔を隠した客達が、札を読み、商品を濫りがましく見つめるている



コン、コン

こほこほ

ヒューヒュー


半日過ぎた頃には二人の息には小さく喘鳴が混じりだした。

だが、小さなその音は声のざわめきに埋もれ誰にも届かない。


市場が終了し、美しい奴隷達はそのまま檻の中に残され明日朝一番に競りが始まる。


魔法で魂を抜かれたため彼らは、1日人形のような静謐さで座る


一種の狂気じみた美しさ。照明は落とされ、小さく天井に魔法の灯りが一つ。

その明かりを、壁や檻の装飾が鈍く反射する。

その中で一際光を反す、二対の瞳があった


あの姉妹達である。


喘鳴はもはや、ヒューと言う音すらたてず、ごぼごぼと鈍い音を、陶器の滑らかさを持つ肌の喉奥から、鎮まり薄暗い部屋にこぼれ落とす。

否、零れるのは音だけではなく、赤い可憐な唇を濡らし顎を経由して落ちる。その滴りは黒、兄の溢した喀血と同じ呪いに腐った色をしていた。


皮肉にも、客が消えた市場で、艶めきながら滴る黒を纏った二人。退廃的な美の一種の極みは観るもの無く披露され。呪いを広めた。




千年の宴の都、そう呼ばれあらゆる文化の中心地として栄える集合都市。かの都に今冬の木枯らしめいた死の音が密かに木霊している。


貧民街。

家々の奥よりヒューヒューと喘鳴が響き、かつては馬糞拾いの孤児たちがせっせと掃除した石畳には黒い染みが落ち、放棄された死体を運ぶ荷車がカラカラと鳴る。

健康な者は市民、奴隷関係なく、ここには近寄らず、また、発症したものも皇帝の命で二級市民まではここに投げ入れられる。これは、市民権の価値を揺るがしたが、病の惨状故に表立って不満を叫ぶ物は少なかった。


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