第3話
町の中心で陰謀が蠢いていたその頃、遺体探しは地味に進んでいた。
場所は郊外の林の中、魔法師が初日に全て倒した木を奴隷が運ぶ、監視に寄越された官吏がぼんやり切り株に座って眺めている
飽きが来ていたがやることがない、持ってきた木管は大体目を通したし、考えて置くべき仕事もまだ無い、ひたすらに暇であった
彼は下級市民の出で、国試を受けて下級官に成ったばかり、税収から給金を貰う下級公務員は上級市民にはなれぬ
上級市民と評議会の者は国の機関で働いても給金を貰わない、蓄えた土地と奴隷収入で金をばらまき、得た権力で利権を漁ってより肥肥る
自分の代で金と人脈を蓄えて、子が上級市民、その孫辺りであわよくば評議会入り出来ることを夢想して今日も仕事を無難にこなす
彼が夢を見るのにも訳がある、能力さえあればこの国では、元奴隷でさえも賭け上がれるのだ
経済を支える二輪の一つ、奴隷
大半は敗戦国より戦利品として前線から送られてくる
奴隷は買われた先に寄るが、真面目に勤めれば10年後から解放される、ゆえに、解放後驚きの手腕で評議会入りしたものもいる
可能性と言う夢をぶら下げ、馬車馬を走らす様な、よくできたシステムが社会を回していた
ふと、奴隷達が困惑顔で集まっている、問題が起こったのだろうか
「どうした?何かあったのか」
「はい、太陽がゆっくりとしか動いて無いのです」
「太陽が?そんな事ないだろ?今日は仕事が凄く長く感じるが」
「いえ、作業の進み方的に今日の予定分は終わっているのです。皆の疲れも激しい、何かがおかしい」
奴隷達の中で代表をしている男だった、元は知識階級の初老の男性で、年齢ゆえに安く、農業奴隷になっているが纏め役として一目おかれている
「ふむ、上からの指示は逃げ出した貴族の遺体を見つけろ、可及的速やかにとのオーダーだ、この時間で今日の作業が終わっているのなら、前倒してやってくれ、短縮1日につき報奨が出るよう計らおう」
魔法師を使うより奴隷に報奨を与えた方が安いので、あらかじめ報奨予算は割り振られている
「有難うございます。分かりましたが、疲労が酷いので小まめな休憩を挟んでよろしいでしょうか」
顔色の悪い者が多い、作業を急いた為に疲れているのだろうか
「休憩はさぼり過ぎない程度にな、遺体発見が目的だから掘り返したあと等おかしな所があれば直ぐに言ってくれ」
作業は倍の速度で進み一週間後には空き地が出来上がり、林跡地は緩い丘場の地肌をさらしていた
その頃になれば、官吏も奴隷達が言っていた太陽がゆっくり進む、の意味が分かっていた、普段の倍の速さで体を動かしているのだ
その体感時間と、実際の時間の差は丘の中心に成ればより酷く少し離れれば正常に戻る
木が無くなって遠くから見ていて分かった事だった
官吏はその後、丘を掘れと指示を受けた、酷く疲弊した奴隷を他と入れ換えながら作業を続け、大きな岩盤地帯にぶつかった
「人探しが遺体探しになり、土地を慣らす作業になり、穴堀になり、終には石の移動か…指示には従うが、何とも無駄な事をさせられている気がするな」
「上に振り回される、何処でも同じ、勤め人の苦悩ですね
お騒がせなご遺体ですね。どの様な方なのですか」
奴隷の纏め役とこの仕事で大分打ち解けた。この老人との会話は心地よい
「さあ、知らん。余計な事は聴かない。それが揉め事に巻き込まれない処世だと思っているからな、」
「情報は金より貴重です。護同僚や使用人、私ども奴隷の話しにも、気をつけて拾ってご覧なさい。知っている事を知られぬ様に巧く、考えて察すれば逃げ足も早くなります、老人の戯れ言でございますが助言申し上げる」
「向上心もあるし試験を通る脳はあるが、つまらぬ情報をまとめて真実に繋げる能力は俺には無いよ。草に潜む兎の様に地味に目立たない処世術で何とかなる術はないかい?」
「ふふ、狼の気紛れに委せるには宮廷は魔窟ですよ、そうですね信用出来る頭のよい奴隷に情報処理を任せるか、最終手段は身代わりに出来る同僚の存在ですかね、恨みを買うのでお勧めはしませんが」
「遠回しに、売り込まれているのか?吝かではないが」
「いえいえ、先にも言いましたが老人の戯言ですよ、是非にと言われれば此方こそ吝かではありませんがね」
教養のある奴隷は高い、年老いているが、これはよい買い物かも知れない、この老人に奴隷の子供を付けて教育させれば知識は失われ無いだろう、知恵は別だが、この任務が終われば買い取りを持ちかけても良いかも知れない
「その、賢い先人の知恵を貸してほしいが、この岩どうすれば良いと思う?」
「天然の岩石地帯に似てますが、人口物ですね。地質と合ってないのですよ、私は専門では有りませんので岩の生まれた土地迄は分かりませんが、これは探し人が近いのでは在りませんか。私なら奴隷を下がらせて魔法師によって構造を探らせます」
示されて始めて気がついたが明らかに岩の色と地面の色が違うし地表に近い所は黒い層だったが、それよりしたは赤茶で地層の無い地面が続いていた
「魔法師か…高いのだ、予算がなぁ」
「其でしたら、上司の方に相談されては?
中を飛ばして直に命を受けておられるようですし、上役の方が魔法をお使いになるかも、探るだけでしたら一人で充分ですし、機密性と速度を優先されている様なので多分ご本人で来られますよ」
「私は、中を飛ばしての命令だといつ教えたかな?」
「ふふ、ただの推測ですけれど、どなたか短気な方も関係してたりしそうですね、緋毛の獅子様とか」
「皇帝様が噛んでると?まったくお前と話していると、妖精にからかわれた時を思い出すよ。それに知っている事を悟られるのは悪手ではないのか」
「有能さの証明も時には必要でしょう」
「あははっ、やはり売り込みじゃないか」
この官吏はその後手早く内容を纏め、上役のマッドに直接報告した。
すると、奴隷の老人がいった通り上役自ら出るらしい。ますますキナ臭いのは人払いを命じられた事だ。
今まで考え無いようにしてきたが、何の遺体なのだ、追われる様な貴族の噂も聴かない、ここまで探される高位の身分が行方知れずとなればどうしても噂は漏れるはずなのに、それに老人の軽口にあった緋毛の獅子は原皇帝様の紋章。もしや、大変なことに巻き混まれているのではないか、いやいや、まさかただの偶然に過ぎないし、これが終わればまたいつもの退屈な雑用仕事に戻れるはずと、自分でも信じきれない楽観的な予想を無理に信じる事にした、今からこの状況をどうすることも出来ないのだから
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