第2話

赤金色の麗人の足元で這いつくばっていた男は、研究所で頭を抱えていた、座っている椅子は粗末だが回りには高価な素材がちらばっている

男は貴族の中でも古く地位の高い家の出であった

男の名をマッドサイエンティストからもじって、マッドと仮名しておこう



彼は乱雑な机の中央に置かれた精密な細工が施された大きな水晶をこの世の終わりの様な瞳で見つめた

水晶は召喚勇者にかけた隷属の呪いの媒体だ


捕らえられた者の魂のがゆらゆらと輝いて、死ねば光が消える、命を虜にする呪式だ

宝石に魂を封じるのは、奴隷と魔法が経済を支えるこの国でありふれた技であった


異邦人は肉体的にはあくまでも人とおなじ。


見つからぬ勇者の魂を媒介に、失せ物探しをした、術は郊外の林を示し、地元の農民と奴隷、さらには魔法師まで動員そう広くもない林を囲み、しらみ潰しに探した、1日を越えた辺りで水晶に閉じ込められた光は限界まで小さくなりぱっと輝き事切れた


今は奴隷が林を丸裸にし死体を探している



マッドは大きくため息をつき、気持ちを切り替えた


もう一度召喚に挑むのだ、その為の素材集めには、とにかく金が必要だった


他にも問題は山積みになっている


いっそのこと、世界の裂目から落ちてくる異邦人を召喚勇者に仕立て上げようかとも思ったが、期待出来るほどの頻度で異邦人は現れぬ。まあ保険として探しておくのも悪くない、失敗さえしなければ世間知らずの異邦人を騙して呪いをかけるのも悪くない賭けだろう、しくじった時は目も当てられぬが



マッドは部下たちを呼び出し、遺体の捜索責任者、召喚座標の再計算チーム、呪物の手配班と、異邦人の捕獲組、自分以外の金作担当と、六つに人員を分けた。


その後金作担当と先だっての召喚に使用した呪物で再利用出来るものや、余りが有るものを並べ、足りないものは入手難易度順に数字をふり、過去にかかった金額を概算した


とにかく時間と金が足りない


タイムリミットは気紛れな皇帝の気が変わるまでだ


今後の資金の事を考えれば屋敷の売却すらあり得る

今まで土地の税収と豊富な戦争奴隷の獲得で安泰な人生を歩んできた故に財務は使用人に任せきりだった、一度執事に話をして、会計士に当たる前にざっくりと資産の運用状況に変わり無いか確認せねばならない


マッドに妻子は居ないが、美しいと評判の妹が二人いる

親は家督を譲り自領で隠居生活を楽しんでいる、社交はしてないので金はかからぬが、妹二人は違う、女の性か良い婚約者確保の為か交際費の名目で湯水の様に使う、今までもその使い道の必要性は感じていたが、使いすぎだとも思っていた


その時ふと、金作に対して悪魔的妙案が浮かんだ

余りにもおぞましいゆえ首を降って考えを追いやった

家に帰り執事を呼んでこれからの事を話し合おう


全ての人間が研究室を去ったあと、机に置かれたままの水晶、その中心は仄かに黒く濁り始めていた




磨き上げられた飴色の手摺が白銀比で円をかいている

その輪に沿うように光沢のある布張りの椅子が並び、それぞれの椅子に市民から選ばれた評議員が座り彼らはの会話が広い堂に反響して潮騒に似たざわめきを作り出している


評議堂、三つある国の最高意思決定の一つ


今回の議題は新たな評議員の選出についてだった、比較的簡単に決まり、後は解散するのみだが、議員たちは立ち去る事無くざわめ続けている

主に新たな女帝に関しての事らしい

誰も彼も険しい顔をしていたが、議題にそれはのぼらぬ、市民から圧倒的な指示をもつ彼女に噛みつくのは、積み上げた今の立場を失うに等しい

だが国政を実際司る彼らの不満は静かに蓄積されていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る