旅の続き編
#9 前編
「めんきょをとろう」というお話。
ヒトの居場所を探して旅を続けるかばん達。でも、今は、見晴らしの良い原っぱで、のんびりとランチタイムを楽しんでいた。
雲一つない青空と、暖かい太陽の光。そして、その下に優しく吹き抜けて行くそよ風がとても、心地良い。そして、お腹が一杯になると、みんなその心地よさに思わず、その場に寝転がった。
「……かばんちゃん。かばんちゃん!」
サーバルの声に、かばんは起こされた。原っぱの上で横になった拍子に、いつの間にか、眠ってしまっていたのだ。彼女は眠い目をこすりながら起き上がると、大きな欠伸をし、重たいまぶたを持ち上げた。
するとどうだろう。さっきまで青空だったはずの空がすっかり夕焼け色になり、太陽も随分と西の方へと動いてしまっていたのだ。
「あー、よかった。かばんちゃん、全然起きないんだもん」
普段、かばんはあまり昼寝をすることがない。日が高いうちはバスを運転して、途中で少し休憩を取りつつも食事をして、日が沈んだら、そこで止まって眠る。それが、この旅における、彼女のいつもの生活だ。
ところが、そんな彼女が、今日は昼から夕方にかけてぐっすり眠ってしまっていたので、サーバルたちは心配した。
「ご、ごめん。つい気持ちよくって、うとうとしちゃって」
かばんは、そう言うとバスに乗り込み、バスのエンジンをスタートさせた。ところが、一瞬だけ音を立てたかと思うと、すぐにストップしてしまった。
奇妙に思ったかばんは、何度もエンジンを再スタートさせようとしたが、今度はピクリとも動かなかった。
「ラッキーさん、バスが変なんですけど……」
かばんは、腕に取り付けたラッキービーストに声をかけた。
「かばん、今日ハもう運転ヲしない方がいいヨ」
「えっ?」
「現在ノ体温、37度2分。微熱。恐らク、疲労ニよる自律神経ノ乱れによるものだネ」
突然、ラッキービーストが聞き慣れない言葉を次々に発したので、みんなは首を傾げた。
「なんなのだ?ボス、難しい事言っててわからないのだ」
アライグマが、ラッキービーストに詰め寄るようにして言ったが、ラッキービーストは答えない。ラッキービーストは、緊急の時以外、フレンズと言葉を交わすことが禁止されているからだ。
「ラッキーさん、ごめんなさい。もう少しわかりやすく教えてくれませんか?」
「かばんノ身体にハ今、疲れが溜まっていテ、それで調子ガ少しおかしくなり始めてるんダ。放っておくト病気になるかもしれないカラ、今日は休んだ方がいいヨ」
「えーっ!かばんちゃん、病気になっちゃうの!?」
サーバルが、ラッキービーストがついている方のかばんの腕を掴んで叫んだ。
「つまり、かばんさんががっつりお昼寝しちゃったのも、ちょっと調子が悪かったからってことか」
フェネックが、後部座席でくつろぎながら言った。
「かばんさん、どうなのだ?」
アライグマが、かばんに訊いた。
「うーん……そう言われてみれば、いつもよりちょっと身体が重いというか……頭がぼーっとするような感じがするかも……」
かばんは、そう言うと自分の頭に手を当てた。ほんのりと、掌が少し熱くなるような感じがした。
「じゃあ、今日はもうここで休もうよ」
サーバルが言った。
「そだねー。ボスもかばんさんが元気になるまでは、バスを動かしてくれなさそうだし」
「かばんさんが病気になっちゃうのは、アライさんも嫌なのだ」
アライグマとフェネックも、賛成した。こうして、その日はこの原っぱのど真ん中にバスを止めたまま、一夜を明かすことになった。
その日の夜、かばんが静かにゆっくり休めるように、サーバルたちはかばん一人を後部座席に寝かせて、自分たちは外で寝ることにした。でも、バスからは離れすぎないようにした。無防備なかばんを、どこからか現れたセルリアンが襲うかもしれないので、見張りをするためだ。
寝るとは言っても、サーバルもアライグマもフェネックも、夜行性だ。夜でもあまり、眠くはならない。三人は、今日のかばんの事について、彼女を起こさないように、出来る限り小さな声で話し合っていた。
「かばんちゃん、大丈夫かなぁ」
サーバルが、心配そうに、かばんが寝ている後部座席の方を見て言った。
「まー、大丈夫なんじゃない?ボスが言ってた感じだと、病気ってわけじゃなさそうだしさー」
フェネックが、いつも通りの落ち着いた様子で言った。
「でも、どうしてかばんさんは、あんなに疲れてたのだ?かばんさんって、一杯歩いてもはぁはぁしないくらい強いんじゃなかったのか?」
アライグマが、サーバルに訊いた。
「うん……そうだったと思うんだけど……」
サーバルは、図書館で博士達に言われた事を思い出した。
―合わない暮らしは、寿命を縮めるのです。
「……もしかしたらさー、かばんさんに色々と無理させちゃってたかもしれないよねー、私達」
フェネックが、何かを思い出したかのように言った。
「え?どういうことなのだ?フェネック」
「私達、かばんさんについてきてはいるけどさー。かばんさんのお手伝いってあんまりできてないんじゃないかなぁ」
「何言ってるのだフェネック、そんなことはないぞ!セルリアンからかばんさんを守ってるのだ!」
「それはそうだけど、それ以外になんかある?」
「え……」
「あ、私、かばんちゃんが料理作るの手伝ったことあるよ。野菜をいーっぱい切ったんだ」
「でもそれってその時は野菜があったからでしょ。今はジャパリまんしかないじゃないか」
「あ……」
みんな、しばらく黙ってしまった。
「……私達、なんかしてあげられないかな」
サーバルが言った。
「今は、とにかくかばんさんがゆっくり休めるようにしてあげる事くらいだね」
フェネックがそう言うと、サーバルもアライグマも、頷いた。やがて、三人もそれぞれ、眠りについた。
次の日の朝、太陽が昇ると、バスの中に眩しい光が入り込んできた。かばんは、その光で目が覚めた。
「オハヨウ、かばん」
ラッキービーストが、かばんに声をかけた。
「おはよう、ラッキーさん」
「現在ノ体温、36度5分。平熱だネ。もう大丈夫だヨ」
「え……、それじゃあ、病気になる心配ももうないんですか?」
「そうだヨ」
「良かった……、それじゃあ出発の準備を……」
かばんは、後部座席から降りると、運転席の方へ向かった。すると、驚くような光景が待っていた。
「おはようなのだ!かばんさん!」
「えっ、アライさん?」
なんと、バスの運転席にはアライグマが座っていた。
「うみゃー……おはよう、かばんちゃん」
「具合はどーかなー?……って、アライさん、何してるの?」
かばんとアライグマの声に気付いたサーバルとフェネックも起き出して来たが、目の前のその光景に、思わず目を丸くした。
「かばんさんには今日はバスの運転をお休みして貰うのだ!」
「えっ?」
「昨夜考えたのだ。かばんさんがどうして疲れてたのか。かばんさん、起きてる間はずっとバスの運転してるのだ。歩くよりも楽なようで実は歩くのと同じくらい疲れるんじゃないか?」
アライグマは、かばんの疲れの原因は、長時間のバスの運転を、それも毎日している事にあると考えたのだった。
「だから、時々アライさんが代わってあげるのだ!」
アライグマは自信満々にそう言うが、サーバルとフェネックは心配そうだ。
「アライグマ、バスの運転した事あったっけ?」
「ないのだ。でも、『ばすてき』の運転ならしたことあるのだ。な?フェネック」
「確かにあるけど、アレはバスとは全然違う物だよ」
フェネックは、バスのタイヤを探し回る為に乗った『ばすてきなもの』が、バスに少し似てはいるものの、中身は全く違う物である事を知っていた。でも、アライグマはそんな事は知らないとでも言うような様子だ。
サーバルは、アライグマの事が心配だったが、バスの運転を時々かばんと代わってやることはいいアイデアだと思った。
「私、バスの運転ならちょっとだけしたことあるよ。だから、アライグマのアイデア、すっごくいいと思う。私なら代わってあげられるし!」
サーバルは、湖畔で少しだけバスを運転した事を思い出して、張り切ってそう言った。ところが、アライグマはそれを聞いて、浮かない顔をした。
「サーバルはダメなのだ」
「ええー!?なんで!?」
「ビーバーから聞いたのだ。おうちを作るための材料を整理してる時にバスがぶつかって来たと。そのバスを運転してたのはサーバルなのだ。だからダメなのだ」
「あ……あの時はどうすればどう動くか良くわかってなかったから……でも、今もう一回やれば大丈夫だよ!」
「さばんなちほーのトラブルメーカーと名高いサーバルがそれを言ってもアライさんはイマイチ信用できないのだ」
それを聞いて、サーバルは少しムッとした。
「アライグマがバスを運転した方が、もっと大変なことになると思うな」
「なにぃ!?」
「明後日の方向に走って行きそうだもん。そのまま崖から海とかに落ちちゃうかも」
「ぐぬぬ……言わせておけば……!フェネック!何か言って……あれ?」
運転席から降りてサーバルに詰め寄ったアライグマがフェネックに声を掛けようとしたが、フェネックは、それに答える様子がなかった。
「はぁ、なるほどねぇ。そうやるといいのかー」
「はい。じゃあ、今日はフェネックさんにお願いしてもいいですか?」
「はいよー」
なんと、フェネックはバスの運転席に座り、かばんから運転の手ほどきを受けている最中だった。
「フェネック!?何してるのだ?」
「何って、今からバスの運転しようとしてるところだよ」
「でも、フェネックもバスの運転した事ないじゃない」
「けど私たちが時々かばんさんと代わってあげるのは、私もいい考えだと思うなー。だから今教えて貰ってたんだよ」
「それだけで大丈夫なの?」
「暇な時に、かばんさんが運転してるの見てたからねぇ、大体わかったよ。それにサーバルにもできたって事はそこそこ簡単なんだろうし、ま、大丈夫でしょ」
フェネックは、自信ありげと言うか、何も心配をしていない様子だった。サーバルもアライグマも、そんなフェネックなら何故か大丈夫な気がして彼女を信頼してはいたが、やはり心配だった。その様子を見て、かばんは、初めは念のために、自分が後ろで見ていて、何かあったらすぐにラッキービーストにエンジンを止めて貰うと、約束した。
そしていよいよ、みんなは出発することになった。かばんがラッキービーストに頼んで、バスのエンジンをスタートさせる。フェネックはゆっくりと、右足でアクセルを踏んだ。バスはゆっくりと動き出し、前に進み始めた。
道はひたすら、真っ直ぐだった。フェネックはそれを確認すると、もう少しだけアクセルを踏み込んで、バスのスピードを上げた。それと同時に、少し揺れも大きくなり、バスもふらつき始めたが、フェネックはハンドルを器用に右へ左へと小刻みに動かして、バスが真っ直ぐ走れるようにしてやった。
「すごいですねフェネックさん、初めてとは思えないくらいですよ」
かばんが、フェネックのすぐ後ろで感心していた。それを言われて、フェネックも少し、嬉しそうだ。それからかばんは、これなら自分が見ていなくても大丈夫だろうと思い、サーバルとアライグマの方を見た。二人はフェネックの方をじっと見たまま、動かなかった。彼女がどうやって運転しているのかを、見ていたのだ。かばんは二人に話しかけようとしたが、彼女たちが自分の為に一生懸命になってくれている事を察して、黙っていることにした。かばんは、バスの運転をするのは、ずっと、自分の仕事だと思っていた。けど、時にはしっかり休むことも必要だと言う事もわかったので、アライグマがしてくれた提案は、とても有り難いと思っていた。
そして、自分が無茶をすることで、みんなに心配をかけてしまったことを申し訳なくも思っていた。
―本当につらい時は、誰かを頼ってもいいのよ。
旅立つ前に、カバが自分にかけた言葉を、かばんは思い出した。
次の瞬間、バスが突然急停車した。突然の事に、かばんもサーバルもアライグマも、思わず倒れ込んだ。
「フェネック!?何してるのだ!?」
頭から転んだアライグマが、たんこぶを作りながら、フェネックに向かって叫んだ。
「あー、ごめん。なんか急にこの子が前に出てきてさー」
そう言うとフェネックは、目の前を指さした。その先では、頭に黒と赤茶色の、鱗のような模様をした羽根を生やした一人の鳥のフレンズが、バスの前に立ちはだかって、通せんぼをしていた。そのフレンズは、大きな息を吸い込んだかと思うと、笛を吹いた。そこらじゅうに、甲高い大きな音がこだました。その音にかばんとアライグマは驚いて飛び上がり、サーバルとフェネックは思わず、耳を塞いだ。
「そこのバス、止まりなさい!」
そのフレンズは、そう叫んだ。
「もう止まってるんだけど……」
サーバルが、まだ頭の中から笛の音が抜けないような様子で言った。
「あなた達、見かけない顔だけど、ここでそんなにスピード出したら危ないわよ!」
「危ない?どうしてなのだ?こんな見晴らしの良いところだぞ?」
アライグマが、頭をこすりながらそのフレンズに訊いた。
「見晴らしの良いところだからと言って、油断してスピードを出すのは危険なの!いつ、どこから何が飛び出してくるかわからないのよ!それに、この辺では妙なセルリアンの目撃情報もあるんだから、特にね」
「妙なセルリアン?それとこれと、どんな関係があるのさ?」
フェネックが訊いた。
「本当に何も知らないのね……。近頃、この辺で、猛スピードで動き回るセルリアンの目撃情報が相次いでるのよ。そのセルリアンに見つかったら最後、逃げ切れないほどのスピードで追いかけられるのよ」
かばんは、ロッジでタイリクオオカミがしていたセルリアンの話の事を思い出した。
「それに加えて、奴にはどんなフレンズのどんな攻撃も通用しないのよ」
「えっ?石は?石を叩けばいいんじゃない?」
「それが、そのセルリアンの身体には石がどこにもなかったの。私やハンターたちは、身体の中に石があると踏んで、とにかく奴の身体を叩いたりしたわ。でも、石は全く出てこなかった。それどころか、傷一つつかなかったわ」
「それじゃあ、やっつけられないじゃない!」
「だから、何とかして倒せないかと思って、私達は調査をしたわ。そしたら、そのセルリアンには変わった習性があることがわかったの」
「変わった習性?」
「一つは、攻撃を仕掛けると、反撃することもなく、逃げるってこと。そしてもう一つは、こちらの存在に気付いても、こちらが走って逃げだしでもしない限りは、絶対に追ってこないって言う事がね」
そう言うと、そのフレンズは力強く、バスを指さした。
「つまり!もしさっきのスピードで走り続けていた時にそのセルリアンに見つかりでもしたら!あなた達は今頃!バスごと奴の餌食になっていたかもしれないの!そんなの許せない!せっかく貴重なバスなのに!」
そのフレンズは勢いよく飛び上がったかと思うと、そのままぐるぐるとバスの周りを飛び始めた。
「この形は間違いない……後期型の恐らく試作タイプ……!牽引車とトレーラーに分離した形態に小型の車体……悪路でも安定して走れる足回り……、作られたのはごくわずかだと聞いてたけど、まさかこの目で見られるなんて……!」
「なんか、変な事言ってるよ」
サーバルが、かばんに言った。
「バスが好きなのかな」
かばんがそう言うと、そのフレンズは後部座席の中に飛び込んできた。
「ええ!大好きよ!このバスの持ち主はあなた?」
「あ、いえ……元々僕のものじゃないかもしれないですけど、旅をする時に便利なので……」
「そうでしょうそうでしょう!バスって素晴らしいわよね!歩かず、飛ばず、乗っているだけで色んなところに行ける!おまけに広くて快適!」
かばん達は、目を点のようにして、そのフレンズが語る姿を見ていた。先ほどまでの真面目な雰囲気とは、何だかまるで違っていたからだ。
その目線を察したのか、そのフレンズは二、三度咳払いをして、姿勢を正した。
「……と、とにかく、あなた達の命と、この貴重なバスを守る為にも、この近辺ではゆっくり走って貰うわ。いいわね?」
「まー、言いたいことはわかったよ。教えてくれてありがとね」
「で、ところでお前は誰なのだ?」
「あ……失礼、自己紹介が遅れたわね。私はキジバト。この近くのセルリアンハンターたちと一緒に、フレンズ達を守るために、セルリアンの調査をしてるの」
キジバトは、そう言うと後部座席に腰かけた。
「ひとまず、ここでずっと話をするのもなんだわ。あなたたちには色々と聞きたい事もあるし、あそこの方が安全なはず。私の住処まで来て。この近くだから」
「どうする?かばんさん」
フェネックが、かばんに訊いた。
「せっかく助けて貰ったんだし、行ってみましょう」
かばんがそう言うと、フェネックはバスをゆっくりと発進させた。
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【ハト目 ハト科 キジバト属 キジバト】
キジバトは、主にユーラシア大陸の東部や日本に多く生息している。
鱗のような模様の羽根が特徴で、英語ではこれに由来して「Turtle dove」と言う名前がついている。日本では、その羽根の模様がキジに似ているから、「キジバト」と呼ばれているんだよ。
基本的には平地や山の中での森林で、木の上に巣を作って暮らしている。街の中でも、建物に巣を作って暮らすことがあるけど、その結果、野良猫に食べられてしまう事も、よくあるんだ。
森本レオの語りが聴こえてきそうな「けものフレンズ」 Kishi @KishiP
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