12

「あっ!」

「どうしたの?」

「思いの外楽しくて、作業に集中するあまり忘れていましたが、今日ここへは藍田さんからお話を聞きに来たんでした」

「そうだった!私も絵に夢中になってて一瞬忘れてたよ」

「水瀬、忘れていたのは一瞬どころじゃないだろう」

「うっ……、そう言う澄岸くんはどうなの?しっかり絵を仕上げていたみたいだけど」

「もちろん僕は覚えていたさ。だが仮にも体験レッスンという体を取っているのなら、何かしら描かないと変だろう?それに、藍田さんに話を聞くとしたって、面識のない僕がいきなり話し掛けるより、水瀬が間に入ってくれた方が緊張させないはずだ。という訳だからここから先はよろしく頼む」


賢琉くんに促されて、千紗希ちゃんを先頭に藍田さんに近寄る。紙に乗せる筆の動きが止まったところを見計らって声を掛けると、藍田さんは肩までのショートカットを軽く揺らしながらゆっくりと振り向いた。垂れ気味の目元と相俟って、全体的におっとりとした印象を受ける。


「依、今ちょっといい?」

「千紗希」


藍田さんの身体の向きが変わった事で、描いていたものがよく見える。何気なく視線を向けた先、つい先程まで筆を走らせていたはずの画用紙には、物というものが何も描かれていなかった。いや、正確に表現するのならば。


「白い……」


思ったままに零れた言葉は、描いた本人の耳にもしっかりと届いたらしい。

千紗希ちゃんから目線を移し、不思議そうに見詰められた。


「あなたたちは、確か千紗希と同じクラスの……」

「あっ、急にすみません。私は清川真実と言います。こちらは澄岸賢琉くん。今日は、藍田さんとお話したくて、千紗希ちゃんにここへ連れて来てもらいました」

「私に、話?」

「はい。でもその前に、少しお伺いしたいのですが」

「何かな」

「そちらは何を描いていたのですか?見たところ、白っぽい色で塗り潰しているようにしか思えず、気になってしまいまして」

「ふふふ、正解。正に白っぽい色で塗り潰していたんだよ」


言いながらこちらに向けられたパレットに乗る絵の具も白を基調としたものばかりで、当たり前ながら右手に握る筆先も白い。


「今ね、ここの教室でなかなか面白い試みをしているんだ。で、私が作画中のこれはテーブルの一部」


説明されたら余計にわからなくなるとはこれ如何に。

クエスチョンマークが飛び交う私を見てか、藍田さんは楽しそうに口許を緩めつつ、その“面白い試み”の内容を説明してくれた。


「『最後の晩餐』って知ってる?レオナルド・ダ・ヴィンチの」

「はい。キリストと、その使徒が描かれたとても有名な絵画ですよね」

「あれをね、今度開くここの展覧会、って言ってもそんな大それたものじゃないんだけど、そこで合作として展示する予定なの」

「合作、ですか」


曰く、420㎝×910㎝もある実物大のサイズを120等分にして、裏に書いた番号とくじで照らし合わせ、割り振られたものに当たる部分を各々が仕上げ、最終的に並べて大きな一枚の絵にするのだという。




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