始まりの物語 壱

『眩しい』

真っ先に出てきた感想はこれしか無かった──何故なら、眩しすぎて何も見えないからである。

太陽の光というのは、どうして直視すると視力が悪くなってしまう程の光力があるのだろうか。


かと言って太陽の光を弱まると、困るのは地球人、つまり僕も困る事になるのは知っている。

しかし、やはり僕が太陽を好きになる事は無いだろう。

何故なら、眩しいからである。

普段は部屋に篭って、せっせと執筆に励んでいる僕にとって太陽が登ろうが、登らまいが関係ないと思う。まあ、でも、遠からず影響はあるのかもしれないが。


何故、僕がこんなに太陽の話をしているのかと言うと、現在進行形で太陽の光に晒されているからである。普段からインドア派の僕にとって、この日差しは辛い。

いくら小説の中とはいえ、ここまでリアルに太陽を再現しなくても良いと思う。もうリアルどころでは無い、本物と言って良い程な完成度の見事な太陽だ。


全く、誰がこの世界を創り出しているのだろう。まあ、僕だが。

しかし、ここまで太陽をリアルにして欲しいなんて僕が思うはず無いから、本当にこの世界を僕が創り出した物なのか?

けれど、少なくとも太陽だけは僕が創った訳では無いはずだ。

何故ならこんなに眩しい太陽を僕が創るはずが無いからだ。


ちなみに僕が先ほどから、太陽を創るとか創らないとか言っているが、別に僕は神などではない。

ただの小説家である。

この世界は僕が創っている小説の物語の中で、書くのではなく僕自身が物語の登場人物になり、小説を創り上げていくという事なのだ。


神ではないと言ったが、世界を創り上げたのが神であるのならば、もしかすると僕はこの世界では神に近い存在なのかもしれない。

しかし、その物語を構築している僕であっても、ここから先はどうすれば物語を進行できるのか、いまいち分からない。


フィクションという少女渡された万年筆で粗方の手順を踏む事によって物語の中へ入ったまでは良いのだが、具体的な物語の内容は決めていないのだ。


そもそも前に書いていた物語を完結させ、行き詰まっていた所へフィクションが来たのだが、詳しい説明は聞いてなかった事を今になって思い出した。

まあ、今になって思い出しても既に手遅れなのだが。


しかし、物語のジャンルを決めたのは僕だ。これは、物語に入る上での手順に含まれている。

この物語はファンタジー。

魔法や剣などがある王道系で、よくある冒険ファンタジーだ。


大体の冒険ファンタジーというのは、始まりの街みたいな場所から始まると思うのだが、何故か僕がいる場所は何もない草原だ。

普通、冒険ものと言えば、建物がある場所から物語が始まるものなのだろうが、微妙に異なった所から始めるのは、捻くれている僕らしいと言えば僕らしいのかもしれない。


しかし、異なっているせいで物語の進行の仕方が分からないのだ。

誰かに話かけようにも、見渡す限り草ばかりの草原には誰も見当たらない。


物語なのだから誰かと話さないと進行できないから小説家の僕からすると困るのだが、一人で草原で寝ている怪しい人物に話してくれる難儀な人は果たして現れるのだろうか。

僕は現れないと思っている。

何故なら、僕なら草原で寝ている人には話しかけたくないからだ。


それならば起き上がれば良いのだが、身体が固まったように動けないせいで起き上がる事ができない為、僕は動けるようになるまで草原で寝ている怪しい人物になり続けなければならない。


全く、いい迷惑だ。

僕はあまり目立つのが好きでは無い──だから、あまり変わった行動をしないように普段から心がけているのだが、草原で寝るなんて変わり者の行動を強制的に行なわされているせいで、今の僕はどう考えても目立ってしまう。


目立つ事で物語が進むのならば仕方ないが、どうせ目立つなら店の看板のように、立ちながら目につく方が良いのでは無いだろうか。

だが、寝ていようと立っていようと、この日差しの中でずっとその場に居続けるのは、暑いし、眩しくて耐えられない。


何より一番耐えがたいのは、身体が動かせない事だ。

普段からパソコンの前で仕事をしていると、肩が凝ってしまい、そのせいで長時間同じ姿勢を続けるのは辛いのだ。何故、肩こりという概念を無くさなかったのか今更ながら疑問に思う。

まあ、これも後悔しても手遅れだし後の祭りという奴だ。


つまり、僕が何を言いたいかと言うとそれは物凄くシンプルな物なのだ。一応、声は出るようなので声を大にして叫ぼう。

普段、あまり声を出さない僕が叫ぶのだからあまり声量があるとは言えないができるだけ人に届くように────、


「早く誰か来ぉぉぉぉい!!」


「はい、来ましたよ」


僕が予想していたより、いとも容易く人は来てしまった。

ここまで直ぐに人が来ると、今まで僕があれこれ考えていたのが、かなり無駄だったように感じてしまうのは気のせいだと思いたい。


しかし、どんな理由でも人が来たのはありがたい。これでやっと起き上がり、肩を動かせる。


「会って直ぐにこんな事を頼むのは忍びないんですが、ちょっと手を貸してくれませんか?」


「良いですよ」


どこか聞いた事のある声。

逆光で見えない誰かは、手を差し伸べてくれた──僕はその手を握り、身体を起こす。


まだ目が、陽の光のせいで慣れておらず、誰かは分からない。

手を握った感覚では、男のようにゴツゴツした感触では無く、女性の手のように柔らかく、滑らかな感触だった。


「どうしましたんですか? 神堂テルさん?」


こいつ──僕を知っている?

なんで、この世界の人間が、僕の名前を知っているんだ?

いくら僕が創り出した世界とはいえ、いきなり僕の名前を知っている人間なんかいる訳が無いのに。


だが、僕には思い当たる人間が一人だけいる。その人間とはこの世界では無く現実の世界で会った。

現実世界で物語の中へ入る万年筆の事を知っている人物は僕を抜いて一人しかいない。


「フィクション──さん?」


フィクション。

僕が、執筆に行き詰まっているところへ不思議な万年筆を渡してきた不思議な少女。

僕が物語の登場人物となり、物語創り上げるきっかけとなった人物だ。


「やだなー、私と神堂さんの仲なんですから遠慮無くフィクションと呼び捨てにして下さい」


「じゃあ…、フィクションは何でここにいるんだ?」


「あれ? 万年筆を使って物語の中へ入る時は、私も同行する事になるって言ってませんでしたか?」


そんな事を言われた記憶は無い。

要するに説明不足だったという事なのだろうが、こんな子供じゃ仕方がない──あれ? さっき会った時って、こんな小さかったか?


「なあ、気のせいかもしれないがお前縮んで無いか?」


「えっ、本当だ! 縮んでますね…」


物語入る前までは、僕と同世代くらいの見た目だった筈のフィクションは小学生の低学年程の見た目になってしまっている。本人も言われる前まで気づかなかった様子で、自分で身体を触りながら体を確認している。


「きっと、私はロリキャラという立ち位置なのでしょうね! そう解釈すればこの身体になったのも納得できます。少し不満があるとすれば胸が縮んだ事ですかね」


「まあ、お前がそれで良いなら僕は何も言わないけれど……」


そもそも、子供の身体になる前のフィクションは別に胸が大きく無かったはずだが。しかし、それを言うと怒りそうだから心に留めておこう。


「あっ、今、私の胸を見ましたね? この変態!」


「誰が変態だ! そもそも僕は胸の大きい女の人が好みであって、お前みたいな磨き抜かれた大理石みたいな胸には興味ない!」


「今、遠回しに凹凸が無いって言いましたね? せめてまな板と言って下さい!」


「お前はそれで良いのかよ!」


いまいちフィクションの感性がわからない。何故、『磨き抜かれた大理石』という表現が駄目で『まな板』は良いのだろうか。

まあ、どちらも真っ平らという意味には変わりは無いのだが。


「じゃあ、もう、まな板で良いや……。それで、まな板のフィクションはどうやってここに来たんだ?」


「誰がまな板ですか!」


「どっちだよ!」


こいつ──自分からまな板だって言ったくせに否定してきた…。


「話を戻しましょう。えーと、胸がエベレストの私がどうやってここに来たか……でしたね?」


フィクションがさり気なく自分の胸がエベレストなんて言っているが、それはある意味、まな板の胸との対義語で自分の胸を批判しているように聞こえてしまう。


「はい、そうですね。まな板胸のフィクションさん?」


「エベレスト胸!の私がここへ来れたのは、当然万年筆を使って来たんですよ」


エベレスト胸だけそんなに強調しなくても良いと思うのだけれど。

なんだか哀れに見えてきた…。

この話題は今後は禁句にした方が良さそうだな──まあ、多分また話題になる、というか僕が話題にすると思うけれど。


「万年筆…。そういえば、お前は寝ている僕に話しかけてきたけれど、これは物語の進行的な意味で良かったのか? 主人公が最初に出会った人物っていうのはかなり重要なフラグだと思うんだが…」


「いえ、それは心配要りません」


「なんで?」


「私は元々、この世界の人間ではないので、物語のいわゆるメインキャラになり得ないんですよ。かと言って、私がモブという訳でも無いんですけどね」


「じゃあ、お前は、フィクションという登場人物はどんな立ち位置なんだ?」


「そうですね──サブヒロインでしょうか?」


「なるほど…」


それは、メインキャラで良いのでは無いだろうか。サブヒロインがメインでは無いのならば、恋愛小説に置いて主人公の男友達という立ち位置のキャラはどうなってしまうのか。


主人公の男友達という立ち位置は、男というだけで何故かあまり人気が出ない印象がある。

キャラが濃い、格好良い、強いなど男キャラには人気が出やすいポイントがあると思う。

しかし、何故か男友達という立ち位置のキャラには人気が出るポイントが少ない気がする。

精々頭が良いくらいだろうか。

まあ、その印象は僕の偏見かもしれないが。


それに比べれば、サブヒロインという立ち位置は、随分と目立ちやすい立ち位置だと僕は思う。

むしろ、それでメインキャラでは無いと謙遜するのは、男友達キャラに失礼な気がする。


「まあ、でも、私は所詮メインヒロインでは無いので、どうやっても私は攻略できないと思って下さい!」


攻略? 攻略ってなんだ?

恋愛シミュレーションゲーム、いわゆるギャルゲーなどで女の子を落とした時の攻略で良いのか?

心配しなくても、僕にロリコンや貧乳好きの気は無いからお前を攻略するつもりは毛頭無いのだが。


「まあ、攻略はできませんが、私もこれから神堂さんの冒険に同行させていただきますので──」


フィクションが手を差し出してきた。恐らく、立ち上がれと言いたいのだろう。

僕はその手を掴み、立ち上がり、そのまま無言で握手した。

先程、手を握った時は気がつかなかっだがフィクションの手は、豆腐の様に強く力を入れてしまえば、容易く壊れてしまいそうな小さな手だった。


フィクションの顔を見ると、とても眩しい笑顔をしていた。

僕が苦手な太陽のような、明るい笑顔だった。

しかし、これは悪くは無いと思ってしまうのはどうしてだろう。

この笑顔が、何故か見慣れていると感じてしまうのはどうしてだろう。


「──これから、よろしくお願いしますね!」


フィクションの声が草原に響く。

この声も何故か馴染み深いと感じてしまうのは、きっと気のせいだろう。


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