この物語はフィクションではありません
乱武流
プロローグ
僕、つまり神堂テルは、自分で言うのもなんだが、高校生でありながら超人気小説家だ。
幼少の頃から自分で描いた物語を想像するのが好きだった為、中学生の頃に友人に勧められて自信が考えた物語を、インターネットの小説投稿サイトに自作小説を投稿してみたところ、大ヒットした。
二ヶ月ほど投稿を続けた頃、大手出版社から書籍化の誘いが来て小説家デビューを果たした。
僕は頭の中で物語を考えるのが好きだったおかげで、巻数はどんどん伸びて行き、五巻ほど書いた頃にアニメ化の誘いが来た。
アニメは即座に話題となり、視聴者達の間では、一期の三話辺りで二期確実と言われる程だった。
当然、二期は翌年に放送され、同じ時期に漫画化も果たした。
しかし、三期の決定の発表と共に物語の終盤を迎え、三期が放送されるのを待たずに惜しまれつつ連載を終了した。
読者の反応はとても良好で、『感動しました!』『次回作期待してます!』と言った作者としては嬉しいものばかりだった──しかし、その作者である僕の、今の状況はとても期待されるような姿では無かった。
書けないのだ。
いくら考えても物語のイメージが全く湧かず、何も思い浮かんでこない。
今の僕の姿は、超人気小説家とは思えないほどにみっともない。
寝癖でボサボサの髪の毛。
長年着ているせいで、ヨレヨレに伸びきってTシャツ。
サイズが合ってない、足元が隠れるほど大きなズボン。
部屋は真っ暗。
パソコンの画面には全く物語の参考にならなそうなインターネットのページが映し出され、水着の女性の画像。
服や本が散らばり、とても清潔感があるとは言えない。
「きっと僕には才能が無いんだなぁ…」
そう、呟いた時だった。
部屋の扉が開かれ、聞き慣れているが──あまり聞きたくなかった声が聞こえてきた。
「何言ってるんですか」
水戸嶋キョウカ。
僕の担当編集さん。
だらしない僕の格好とは正反対で、綺麗に着こなされているスーツにオシャレな眼鏡。
長い髪はヘアゴムで束ねられ、いかにも清潔感のある女性といった格好だ。
「神堂先生が才能無いなら、うちの作家さん達はほとんど才能無しって事になっちゃうんですが…」
出版社の中で、僕が一番売れているというわけでは無いが、少なくとも人気は上から二番目に入る。
大手の出版社である為、当然発行している小説も多く、作家も多数在籍している中で上から二番目というのは十分凄い事のはずなのだ──それは分かっている。
「水戸嶋さんか…。 別に、僕が書かなくてもそちらの出版社はなんて事無いでしょう? 他の作家さん達も僕より凄い人はいっぱいいると思いますし…」
弱音を吐いてしまった。
水戸嶋さんに弱音を吐いても仕方がないのに。
「神堂先生が書かなくなったら、うちの出版社は大損害ですよ?」
「そんな事言われても、書けないものは書けないんですけどね──ほら、僕って無い袖には触れない主義じゃないですか? つまり書けない小説は書けないんですよ」
「貴方が無い袖には触れない主義っていうのは知らないですが、難しい言葉で誤魔化そうとしないでください」
呆気なく論破された。
そして、強制的にパソコンに向かわされてしまった。
だが、僕は書く気など無い。
また水着の女性の画像を見ようと思った時──頭に強烈な手刀を入れられた。
「痛っ…、何するんですか? 僕は今、水着の女性を見て何かアイデアがあると思って仕方なく、このサイトを見ているんですよ? 決して水戸嶋さんの貧乳に飽きたから、胸の大きい女性で目の保養をしている訳ではないんです!」
『貧乳』というワードに反応したのか水戸嶋さんの表情がみるみる変貌していく。
きっと、水戸嶋さんにとって、それは、禁句だというのはわかっている。僕は、わざと水戸嶋さんを怒らせたのだ。
何故、かと言うと面白い反応が見られるからである。
「誰が貧乳だコラァ! ふざけた事ぬかすとテメェのその海藻みたいな無造作ヘア引っこ抜いて海藻サラダにするぞ!」
服装や髪型からは想像できない、とても汚い暴言。
『コラァ』といった舌巻き。
『髪を引っこ抜く』といった暴力を訴える言葉。
まるで、ヤンキーを思わせる言葉のオンパレードだ。
眉間にしわを寄せ、威嚇してくる水戸嶋さん。
それを僕は頭を撫でて、宥める。もう何回かやっている事なの慣れている事だ。
撫でられた水戸嶋さんは、我にかえった様子で顔が赤面していく。
「ご、ごめんなさい…。 私、ちょっと…」
「はいはい、ヤンキー時代の癖で怒りで暴言が出るアレですよね?もう慣れたんで気にしなくていいですよ」
「うう…」
水戸嶋さんにとって、昔のヤンキー時代は思い出したく無い過去であり、掘り起こされると羞恥で悶えてしまうような、いわゆる黒歴史なのだ。
「もう帰ったらどうですか? お疲れでしょうから、家でゆっくり休んだ方がいいんじゃ無いですか?」
普段の水戸嶋さんなら、こんな甘い手には引っかかってくれない。
けれど、傷心なら別だ。
「わかった…。もう帰る…」
あっさりと策略に引っかかってくれた水戸嶋さんは、ヨロヨロとおぼつかない足取りで去っていった。
悪は去った、と謎の喜びで一人、叫びを上げる僕。
ベッドでトランポリン選手のように飛び跳ね、山積みになっている辞典と学校の参考書の山へ飛び込んだところで、スマートフォンが鳴った。
散らかった本を乱暴に退けて、スマートフォンを手に取る。
『言い忘れてましたけど、しっかり小説を書いてくださいね!』
──と、書いてあった。
水戸嶋さんからのメールだ。
ふむ、書けと催促されると余計に書きたくなくなるな。
やれと言われても、やれないのだから仕方がない。
「──ピカーン!」
電気も付けず、窓とカーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、目も開けられないほどの眩い光が広がる。ていうか、今擬音を自分で言った声が聞こえたんだが。
光の中には何か人影の様な物が見えた。
何だこれは。
凄い眩いんだけど。
眩し過ぎてまともに目も開けられないし──かろうじて半開きで見ると、女の子の様なシルエットがあった。
「あっ、すいません! これじゃ私の姿が見えないですね!」
パチン、と指を鳴らす音がした。
光はどんどん消えていき、元の真っ暗な部屋に戻る。
「あっ、どーも、こんにちは!」
「はあ…、こんにちは…」
誰だ、こいつは。
いや、あった事が無いのだから考えても無駄か。
「私の名前は、フィクションと申します」
それは──名前なのだろうか?
奇怪にも程があるというか、名前として成立するのかさえ怪しい名前だ。まあ、この少女の存在自体が怪しいのだから、名前くらいでは驚かないけれど。
「それで、そのフィクションとやらは、どうやって部屋に入って来たんだ?」
「貴方は、どうやって入ったと思うんですか?」
「…………魔法とか?」
「うわぁ……、なに真顔で魔法とか言っちゃってるんですか。もしかして、その歳でそういうの信じてるんですか?」
理不尽にひかれてしまった。
何だ、魔法じゃ無いのか。
では、だったらどうやって部屋に入って来たのかという事になるのだが。
「まあ、魔法であってるんですけどけどね」
「あってんのかよ!」
この娘、なんかムカつくぞ。
見た目は可愛いけれど、性格は駄目っていう女の子にとって男にバレると致命的になりそうやつか。
あれ? その理論であってたら僕的に駄目じゃ無いか──男として見られてないという事では無いか。
「なにジロジロ見てるんですか? 初対面で女の子の身体を、舐め回す様に見ないでください」
ちょっと見られただけでこの反応とは──防犯意識高すぎるだろ、この娘。まあ、良い事だけど。
けど、もう少し砕けて男に接しても良いと思うんだが。
これじゃあ、まるで昔男に騙されてトラウマを持ってる娘みたいじゃないか──この娘なら多分そんな事無いだろうけど、むしろ男の方が罵倒でトラウマになりそうだけど。
「と、まあ、私が今、重要視して欲しいのは魔法ですよ、魔法。貴方は魔法とかって信じる……方ですよね。さっき私の登場の事について魔法とか言ってましたしね」
「いや、僕はそんな魔法なんて荒唐無稽な事を信じてはいないよ」
「魔法とか言ってました死ね?」
「…………今、死ねって言わなかった?」
「言ってません。私は決して、話が進まないからそこは魔法を信じてるって言っとけよ、と思いながら何となく死ねって言ってしまった訳ではありません」
「それ、言ってんじゃん! ていうか説明までしたじゃん!」
本当、この娘何なの。
いちいち辛辣過ぎるし。
言葉遣いを丁寧にしているからと言って毒を吐きまくるのって、それは、もう丁寧な言葉では無い気がする。
「話しが進まないので、貴方が魔法を信じてるという前提でお話ししますね」
そう言って、フィクションは上着のポケットを探り始めた。
取り出した物は万年筆。
パッと見、新品同様で光沢のある黒色の万年筆だった。
見た所、何の変哲も無い万年筆にしか見えないが──これが、どう魔法と関係あるのだろうか?
「えーとですね、この万年筆は簡単に言うと魔法の力を持っているんです──まあ、言う所の魔法の杖ならぬ魔法の万年筆なんですよ」
「はあ……なるほど?」
意味がさっぱりわからない。
ていうか、さっきから色々とわからない事だらけだ。
どうやってフィクションが部屋に入って来たのかや、魔法の事だとか──少しも理解ができない。
そもそも現代社会において、魔法とか言われて、直ぐに信じられる方がどうかしているだろう。
しかし、この万年筆には魔法がありますと言われると、何故か不思議な物に見えてきてしまう。
僕は万年筆なんてあまりジロジロ見た事もないから、高価な字を書く筆の一種という認識しか無いけれど、漆塗りの中に入っている金色の線や文字がより一層、高級感を醸し出して、何故かそれもまた不思議に見えてくる──気がするのは気のせいだろうか。
「つまり、私がどうして、この万年筆を持って貴方の所へ来たかと言うとですね、それはこの台詞を言う為なんです」
「台詞?」
フィクションは僕の言葉を無視して、スーハーと深呼吸する──そして万年筆に書いてある金色の文字を僕に見せるようにして、台詞を言った。
「──物語を創りませんか?」
「はい…………ううん?」
どういう事だ、それは。
物語を創るって、それはその万年筆で物語を書けという事なのか?
いや、それでは別に魔法でも何でも無いただの万年筆か。
それに──もし万年筆で物語を書けと言われても、パソコンで小説を書いている僕からすると、逆に執筆のペースが落ちるから万年筆は不要なのだが。
「多分これだけじゃ、私の言っている意味が分からないですよね。簡単に説明すると、この万年筆は使用者が物語の登場人物になって、物語を創っていくという代物なんです」
「うーん……、異世界転移みたいな感じ?」
「異世界、とはちょっと違いますね──厳密に言うと、自分の妄想や睡眠時に見る夢というのが近いかと思います。まあ、肉体もその物語の中へ入る訳ですから、異世界という表現も半分正解かもしれませんが」
「へぇ……、けれど、どうして僕の所へその万年筆を持ってきたんだ? 確かに僕は小説家だから物語を創るのが仕事だけど、僕以外にも小説家は沢山いるだろ?」
「大した理由はありませんよ。偶然にも、貴方が行き詰まっていたのでお声をかけただけです」
偶然か。
万年筆に選ばれたのかもとか、そんなファンタジーチックな事を考えていたけれど、どうやら僕の見当違いだったらしいな。
ていうか、女の子が突然現れて魔法の万年筆を渡してくる確率っていくつ位なんだろうか。多分、宝くじより数倍低い確率だろう。
「貴方は幸運ですよ。本当に偶々何ですから。ラッキーですね」
そう言うフィクション。
何だか、胡散臭いセールスマンみたいだな。いや、女だからセールスレディか。
だが、どちらかと言うと胡散臭いセールスをしてくるのは男だと言う偏見を持っている僕からすると、フィクションのトーク術はセールスマン寄りだ。
「えーと、その万年筆の使い方教えてもらってもいいか?」
「あっ、ちょっと興味持ってくれました?」
「まあ、確かにそれで物語を創れるのなら楽しそうだし──それに今の僕は藁にも縋る程に執筆に行き詰まっている訳だしな」
「では、万年筆の使い方を教えますね。まず、適当な原稿用紙にジャンルと作者名を書いて下さい」
フィクションに言われるままに僕は『魔法ファンタジー』、そして『神堂テル』と書いた。
ちなみに、神堂テルという名前は小説を書くときに使うペンネームである。神堂は本物の名字なのだが、テルは本名ではない。
「はい、終了です」
「えっ、これだけでいいのか?」
「物語の世界に入ってご自分で物語を創っていく訳ですから、最初にやる手順はこんなもんで良いんですよ」
そんなもんなのか。
まあ、確かに魔法の万年筆となると常識とかかけ離れるのかも知れないな。思えば、魔法なんて普通に考えて立証できる物では無いだろうし──どうせ、魔力とか曖昧な物でしか説明できない。
「あっ、説明を忘れてました。作者名を書いてしまったら数秒後には魔法が発動します」
「えっ、まだ心の準備ができて無いんだけど……」
そう言っている間に僕の身体は光り出した。魔法の発動という事なのだろう。
フィクションはキャンセルさせる気がないのか、行ってらっしゃいと言って手を振っている──まあ、発動してしまったものは仕方ないし、どうせ行くつもりだったからウダウダ言ってもしょうがないか。
「じゃあ、行ってくる」
「はい! 後で私も行くので、出会ったら多分私から声をかけますのでよろしくお願いしますね」
「ああ、わかった──」
こうして僕は物語の世界へ行く事になったのだ。そして──これが僕の物語の序章という所なのだろう。眩い光に包まれながら、僕は物語の世界へ飛び込んだ。
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