始まりの物語 参

その少女の年齢は中学三年生だ。

昨年まで僕の通っていた中学校で、現在は生徒会副会長をしているらしい。会長ではなく副会長になった理由は目立ちたいけれど面倒な仕事はしたくないという、会長では無くとも生徒会にあるまじき理由だ。


僕が中学に在籍していた時には既に副会長になっていたが、どうやら卒業してからも選挙で副会長の座を勝ち取ったようだ。

いまいち責任感の無い副会長だが、学校ではかなり慕われており選挙の時には他の副会長立候補者と大差をつけて勝った。


部活はやっていない。

小学校の頃までは空手をやっており、小学校六年の時に道場の師範代を前蹴り一発で倒してしまうほどの実力がありながらも、目的は果たしたと言って辞めてしまった。それからはどんなスポーツにも興味を示さず、現在では帰宅部をやっている。


何故、僕がこの少女についてこんなに詳しいかといえば、それはこいつが僕の妹だからである。

神堂しんどう星火せいか

それが、僕、神堂テルの妹の名前だ。神堂テルという名前は小説のペンネームなのだが、テルという部分だけがペンネームなのであって神堂という部分はれっきとした本名だ。

そのため妹である星火にも当然、神堂の名字が与えられる。


だが、しかし、僕の妹である星火が何故ここにいるのか。

どうして木から落ちて来たのかという事ではない──どうしてここに、この物語の世界に存在しているのかという事だ。


「やや!兄ちゃんじゃないか!」


「わざとらしいぞ、星火」


「やだなー兄ちゃんは! あたしと兄ちゃんの中なんだからあたしの事は星火ちゃんと読んでくれよ!」


「……星火」


「星火ちゃんって呼べ!」


「……じゃあ、妹」


「その族名みたいな呼び方はやめてくれ!」


僕が星火と顔を合わせたのは、およそ一ヶ月ぶりだ。

何故、家族なのに一ヶ月も顔を合わせなかったかというと、それは単にお互いのスケジュールが噛み合わないからである。

僕は小説、星火は生徒会の仕事でお互いに家にいる日がバラバラなのだ。まあ、僕は大体家にいるが星火が家にいない時の方が多いのだが。


その星火は、僕と会うたびに自分をちゃん付けで呼べとしつこく言ってくる。酷いときは強要してくる事もある。

僕も小学校の頃に空手をやっていたが師範代を倒した星火には当然勝てないわけで、実力行使に出られると手も足も出ない。


しかし言い合いや心理戦では小説家の僕が有利であり、この場合は星火が僕に勝つ事はできない。

今回は後者だったおかげで星火を論破する事ができた。


「やっぱり兄ちゃんには敵わないな。さすがは私の認めた兄ちゃんだな!」


星火は僕に敵わないと言っているが──それは謙遜にも程がある。

勉強、運動、社交性、この三つは僕が星火にどうあがいても敵う気がしない──この三つが敵わないだけで、もう勝てる物が無くなってしまう。


もし僕ではなく星火が小説家になっていたら、きっと僕の小説は星火の小説の二の次になっていただろう。

しかし、僕はそんな星火を羨む気は微塵もない。妹だからだ。

妹の才能に追いつけないからと言って妹を羨むなんて僕には無理だ。


「ん、どうしたんだ? そんなあたしをジロジロ見つめても、あたしの身体しか差し出せないぞ?」


「妹の身体なんかいるか!」


「他の身体ならいるのか? 例えばそこにいる娘とかか?」


星火がフィクションを指差した。

突然、身体の事を話題にされたフィクションはアタフタと手で胸を隠した。


「神堂さんはそんな目で私を見ていたんですか? いやらしいですね! この視姦魔!」


いやらしい。視姦魔。

何故僕がこんな罵倒を浴びせられなければいけないのだろう。

勿論、フィクションが悪いのでは無い。悪いのは星火の奴だ。


「誤解するな──僕はお前をやらしい目で見るつもりはない」


「はあ、そうですか」


フィクションはあまり興味が無さそうだ。僕がやらしい目で見ていないと分かっているのか、それとも僕自体に興味が無いのか。

後者だと少し傷つくが……。


「誤解が解けて良かったな! 兄ちゃん!」


誤解される原因を作ったのは星火のはずなのに、当の本人はまるで他人事のように僕を慰めてきた。

開き直る事もなく。

真っ直ぐな目で。

何故こんな奴が僕より頭が良いのか、今更だが疑問に思う。


星火は昔から空気が読めない。

空気が読めない奴は友達が少ないと思われがちだが、星火は僕より交友関係が広いのだ。少なくとも、僕の十倍は友達がいる。

学校終わりや休日には何人か友達を招き勉強をしたり遊んだりしているようだ。

まあ、数えるくらいしか友達がいない僕と比べるのもアレだが。


「──ところで兄ちゃん!」


「ん? なんだ?」


「どうして、あたしはこんな木ばっかの山にいるんだ?」


「………」


こいつ──自分が物語の中に入ってるのを知らないどころか、まだ現実の世界にいると思っているのか。だが、きっと星火もフィクションと同じように万年筆を使ってここへ来たのだろう。

それは、なんとなく予想がつくから聞く必要もない。


「えーと、この場所は僕の創っている物語の中なんだ」


「……何言ってんだ兄ちゃん? ついに頭がおかしくなったのか?」


妹に本気で心配されてしまった。

確かに、いきなりここは物語の中ですと言われれば、相手をおかしいと思うのも仕方ない。

僕も自分で言っていて、変な事を話しているのはわかっている。


「いや、本当なんだって」


「ふーん、そうか……なるほど」


星火はいまいち僕の話を信じきれていないのだろうが、無理やり信じようとしているようだ。

それは多分僕の話だから、無理やりにでも信じようとしてくれているのだろう。


星火の買ってきたショートケーキの食べてしまった事があるのだが、その時に真っ先に疑われたのは僕だった。

実際、、食べてしまったのは僕だし疑われても仕方が無いと思いながらもその場では僕は食べていないと嘘をついたのだが、その言葉を本気で信じた星火は『疑ってごめんな、兄ちゃん』と言った。


その時、僕は心が痛くなった。

星火が真っ直ぐな目をして僕を見つめていて、自分がとても悪い事をしていると思ってしまった。

僕は即座に謝った。

罪悪感はショートケーキのを買い直すだけでは拭えないと思い、僕はホールケーキを星火へ渡した。

星火は屈託の無い笑顔で『ありがとな、兄ちゃん』と言った。


つまり、何が言いたいのかというと星火は僕を疑う事は無い──信じきっているという話だ。

ここまで信用されると逆に騙す事ができなくなってしまう。

だが、しかし今、僕は星火を騙しているわけでは無い。普通に事実を述べているまでだ。


「兄ちゃんが言っている通り、ここが小説の中だとして、という事はもしかして……魔法とかあるのか?」


「ああ、魔法はあるぞ。さっきそこの幼女がやっていただろ?」


「やっていたな! そこの幼女が」


星火が幼女と言った瞬間だった。

一瞬光ったと思うと、何かが目にも留まらぬ速さで僕と星火に飛んできた。星火は反射的に避けたものの、運動神経が良くない僕は避けきれず何かが僕の顔をを掠めた。何かが飛んできた方にはフィクションがいる。


「ハハ……、誰が幼女ですか?」


フィクションは満面の笑みを浮かべているが、その笑みから感じられるのは殺意。幼女と言われるのがよほど嫌だったのだろう。

さっきフィクションは自分はロリキャラだと言っていたはずだが、ロリは良くて幼女は駄目という事なのだろうか。


ロリよりは幼女と言われた方がまだマシな気がするのは僕だけか?

まあ、ロリと幼女の違いがわからない僕が言うのも何だが。

幼女改め、ロリのフィクションはとにかく怒っているのだ──人に殺意を向けるほどに。


「殺っちゃって良いんですか? 良いんですよね?」


怖い。

フィクションの目が怖い。

ロリを怖がる男子高校生というのは如何なものかと自分でも思うが、人に殺意を向けるフィクションの姿は悪魔のようだ。

悪魔という存在を実際に見た事は無いが、きっと今のフィクションに酷似しているに違いない。

いや、もしかしたら本物の悪魔を超えるかもしれない。


「………」


フィクションは何も言わず、こちらを笑顔で見つめている。

返答待ち、という事だろう。


「今のはお前がやったのか?」


「今の? ああ、はい私がやりました。当然魔法ですよ」


「なるほど、わかった」


「では、もう殺っちゃって良いんですか?」


「いや……」


それは、普通に駄目だと言うに決まってるだろ。殺して良いですかと聞かれて、はい良いですなんて答える奴がいる訳ない。


「どうして駄目なんですか!」


どうしてもこうしても死にたく無いからだ。では、僕が死なないようにするにはどうすれば良いか。

下手な事を言えばフィクションはまた魔法を撃ってくるだろう。

さっきは偶然顔を掠めるだけで済んだが、今度はどうなるかわからない。

僕が今、ここでするべき事は当然──、


「すいませんでしたー!」


精一杯の謝罪。

誠意いっぱいの謝罪。

これしか無かった。

ロリに頭を下げるのは情けない気もするが、今はプライドを保つよりも命が優先だ。


「まあ、わかれば良いんですよ。これからは気をつけてくださいよ?」


顔を上げるとフィクションは僕に笑顔を向けていた。殺意の無い普通の笑顔だった。

どうやら、僕の誠意が通じたらしい。

僕の命が助かって本当に良かった──そう思った時だった。


「ロリって言われるより幼女って言われる方がマシだろ?」


星火が、僕の妹が、余計な一言を言い放った。

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