始まりの物語 肆

女同士の争い、というのは何故いつも醜く見えてしまうのか。

理由は本当に簡単な事だ。

女同士の争いには少なからず、ほぼ確実に私情が入るからである。

嫉妬、妬み、恨みなどが入り混じり争いが起きてしまう。


もし、男同士の争いであればこうも醜くはならないだろう。守るべき誰かの為、己のプライドの為など多少なり良い解釈ができる。

きっと男ならば、争いの果てに生まれる友情という物もあるのだと僕は思う。

しかし、女の争いで友情が生まれる事は滅多に無いだろう。

大体、争いの理由が醜いからだ。


今僕が見ている光景は醜く、そして実にくだらない光景だ。見ているに値しない程にどうでも良い。

しかし、やはりどうでも良いからと言って放置する訳にもいかない。仕方ないな……。


「えーと、二人共大丈夫か?」


「はあ…はあ…大丈夫だぜ…。兄ちゃん……」


星火はあまり大丈夫では無さそうだ。地面に仰向けで倒れ、虫の息になっている。

かく言うフィクションは──、


「………」


反応がない。

星火と同じく、フィクションも全然余裕では無さそうだ。

二人共同じような事を言っているが、この二人は決して似た者同士という訳では無い。

フィクションの事を良く知らないが妹の星火と比べても、容姿や性格が真逆とは行かなくとも酷似はしていない。


まあ、とにかく、このくだらない争いの経緯を整理してみる。

確か、これは一時間程前の事だ。

僕がフィクションを幼女と言い、怒った事で僕が謝ったのだがそこで星火が余計な一言を言ったお陰で、それが二回目のフィクションの怒りをかってしまった。


「…神堂星火さんでしたっけ? 今何と仰いましたか? 聴き取れなかったのでもう一度お願いします」


「だーかーらー、ロリって言われるよりは幼女って言われた方がマシだって言ったんだよ」


星火は同じ事を言い直した。

別に言わなくても良い事を、わざわざ言い直した。


「はあ、なるほど…。それで?」


フィクションの目が怖い。

既に蚊帳の外の僕にも殺意を向けられているように感じる。


「つまり、あたしの兄ちゃんはあんたに悪い事は言ってないはずだ。なのに、どうして兄ちゃんを謝らせたんだ?」


「私が幼女と言われて不快に感じたからです」


「不快? あたしはロリって呼ばれる方が不快だと思うけどな」


「それは、あなたの場合という話でしょう? 私は幼女と呼ばれる方が不快なんです」


……なんと言うか空気が重いな。

これが俗に言う修羅場って奴か?

いや、星火は僕がらみで言い合いをしているようだがフィクションは完璧に自分の事でなんだよな。

けれど、今の僕は修羅場に巻き込まれた気分だ。


二人の仲裁に入りたいのは山々なんだけれど、フィクションも星火も闘志剥き出しで僕が止められる雰囲気じゃ無い…。

こんな時、いかに自分が未熟かを痛感させられて少しへこむな…。


「ほら! あんたのせいで、あたしの愛する兄ちゃんがへこんでるじゃんか!」


「べ、別に私のせいじゃ無いでしょう!? というか愛するって……あなたと神堂さんは兄妹でしょ!?」


「あたしと兄ちゃんの関係は愛人関係だ! 兄妹とか関係ない!」


いや、あるだろ。

僕と星火が愛人関係なんて初耳だぞ──ていうか妹から愛人なんて言葉が出てきた事に驚きだ。

しかも、実の兄と。

今時の女子中学生というのは、皆んな愛人って言葉を知っているのか? だとしたら日本の将来が心配だな…。


「どうなんですか神堂さん? 本当に神堂さんと、この人は愛人関係なんですか?」


「そんな訳無いだろ。そこの妹が勝手に言ってるだけだ」


ここは僕の沽券に関わる事だから、真っ向から否定しておく。

まあ、妹と愛人関係なんて笑い話にもならない事をフィクションも本気で信じている訳では無いだろう。


「ほら、あなたのお兄さんは否定していますよ?」


「ハハッ! あんたはまだ知らないだろうが、兄ちゃんはツンデレだから、いつだって思った事とは裏返しの事を言うんだぜ?」


僕がツンデレ?

そんな事ある訳ない。

僕と星火との会話でツンはあったかもしれないが、デレなんて無かったと思うのだが。

それに、男の僕が『べ、別にあんたの為じゃ無いんだからね!』とツンデレのテンプレ的な台詞を言って、心惹かれるような危篤な人間がいるはずない。


「神堂さんがツンデレ? 何ですか、その全く需要があるとは思えない気持ちが悪い光景は」


何だかさっきまでと違って、今のフィクションは強烈だな……。

幼女が毒を吐くのは絵面的にもどうかと思うが、まあ、フィクションは実年齢と見た目が全然合致していないようだし、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

だが、言われた本人である僕は当然心に傷をつけられた。

その事を察知してか、それはわからないが僕の妹、星火が──、


「あんた、さっきから何様だよ? 別にあたしは何と言われようと構わねえけど、兄ちゃんは関係無いだろ?」


真剣な表情だった。

こんな星火を見るのは初めてだと断言できる程に星火は怒っているようだった。フィクションが僕に怒りを向けた時とは違い星火の恐怖感はない。

しかし、フィクションの殺気とはまた違った威圧感はある。

ここはフィクションよりも星火をなだめないと色々とやばい、僕はそんな気がした。


「神堂さんだって私が不快に感じる事を言ったんです──謝罪するのは当然じゃないですか?」


「確かにそれは、あたしも兄ちゃんも悪かったと思ってる。いくらあたし自身が正しいと思っているからって、あんたが傷ついたのには変わらないし……それに関してはごめんな?」


星火は膝に手をつき深々と頭を下げ──話を続ける。


「けどよ──あんたは、その後になんて言った?」


「……何て言ったんですか?」


「惚けるふりをするな。あたしの兄ちゃんを気持ち悪いって言ったんだよ」


普段はちょっとおかしい熱血女子といった印象の星火だが、今は普段とは真逆のとても冷たい目をしている。星火のこの目を見るのはいつ以来だろうか。

確か、僕が空手道場を辞めるときが最後だった気がする。


僕は星火と同じ空手道場に通っていたが、小説の執筆に専念する為に道場を辞めた。

僕が小説家としてデビューする事は師範代に伏せていたため、辞める時に一身上の都合という曖昧な理由で空手を辞めたのだが、そこで僕は同じ歳の奴に言われた。


「妹にも勝てないから辞めるのか」と。

その言葉を僕は深く受け止めず、気にしていなかったのだが、星火は僕が思っている以上に考えていたようで、その台詞を吐いた奴を練習試合で病院送りになる程の怪我を負わせてしまった。


道場から連絡を受けたのだが両親不在のため、僕が道場へ駆け付けると手を真っ赤に染めた星火が静かに立ち尽くし、自分のたおした相手を冷血な目で見下ろしていた。

今の星火の目は間違いなくあの時の目だ──何をしでかすかわからない危険な目だ。


「って訳で、今からあんたを殴るけど良いよな?」


そう言いながら星火はフィクションにどんどん近づいて行く。

フィクションだって今の星火が危険だと感じているのだろう。後ろに後ずさりして行く。しかしここは木ばかりの山の中だ。

フィクションは木に当たり、退路を断たれた。


「来ないでください!」


フィクションは牽制のためなのか、先ほど撃った光るビームのような魔法を星火からギリギリそらして撃った。

しかし星火は微動だにせず、歩みを止める事もない。


「来ないでくださいってば!」


「嫌だ!」


フィクションの言葉に星火は即答した──そして拳を振り上げる。

そのままフィクションを殴るかと思いきや、拳は頭上を通り越し後ろの木に当たった。


「え……?」


フィクションが涙目でキョトンとしている。よほど怖かったのか地面にへたり込んでしまった。


「これでチャラ……って事で良いよな? あと、怖い思いさせてごめん!」


「……はい!」


これで二人の女同士の争いは決着がついた。多分これは僕の妹、星火の勝利と言えるだろう。

思えば星火が道場で手を血で染めていた件についても、あれは僕の為にやってくれたのであって自分の為では無かった。


僕は星火が人の為に行動する事ができる自慢の妹だと思っている。

そんな優しい星火が見た目だけとはいえ、子供を殴る訳が無い。

考えずともわかる筈の事なのに僕はそれに気づいてやれなかった。

妹なのに…悪い事したな…。



──と、まあ、ここまでが回想なのだが何故だろう?

これでは、星火とフィクションが虫の息になっているのか全くわからないぞ…。


「私たちがこんなに疲れているのは神堂さんのせいじゃないですか……。ほら、星火さん何ておかしな表情になっちゃってますよ」


倒れている星火は何故か、顔を真っ赤にしながらニヤけていた。

何だかとても幸せそうに。


「何だこれは? 誰がやった?」


「だから神堂さんがやったんですって」


フィクションは僕を冷ややかな目で見ているが、星火は幸せそうに倒れているという事は、きっと星火にとっては良い行いをしたのだろう。

何か無性に思い出したくなってきたけれど思い出せない。

何と言うか、良い行いを思い出せないのは歯がゆいな……。

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