始まりの物語 弐

小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画における、最初の物語というのは今後の展開を左右する、最も重要な場面だと僕は思っている。

物語のある作品というのは、一話で全てが決まってしまうからだ。


短編ならともかく、長編作品は最初で躓くと次の話からは作者自身が物語の構成に戸惑ってしまったり、何より初見がつまらなかった作品を読者、視聴者は今後、拝見する事は無いだろう。


長年、多くの人々から親しまれている作品、いわゆる名作と呼ばれる物語には最初から人気の出る兆候があったはずだ。

一話が面白かったからこそ、その後の物語も面白いのだ。


その事については、何も物語のある作品に限った事ではない。

スポーツにも同じ事が言える。

球技などの団体競技において、チームワークは大切な事だというのは、団体競技の経験がない僕だって知っている。

最初にチームの顔合わせのような時に、一人でも爪弾きにしてしまうようなチームには当然、今後はないだろう。


つまり僕が何を言いたいのかと言うと、何事も最初が肝心という事だ。僕も前に書いていた物語では最初に一番時間を費やした。

その努力の甲斐もあってか、僕の書いた物語に触れてくれた人々は、僕の書いた物語を好きになってくれたのだ。


何故僕が、こんな哲学的な事を考えているかと言うと、現在創っている物語に違和感を感じているからである。


「本当にあんな始まり方で良かったのか……」


「神堂さんは、まだそれを気にしているんですか? いつまでも過ぎた事をネチネチ言っていては、女の子にモテませんよ? 文句言わずに歩いて下さい」


山道を歩きながらいろいろ考えている僕に、説教を垂れるフィクション。大体、僕がこんなに考え込まなければいけなくなったのは、お前のせいなのだが。


「どうせ、神堂さんは私のせいだとか思っているんでしょうね」


「心を読むなよ…。まあ、その通りだけどさ…」


普通、主人公が物語の最初に出会う人物がメインヒロインというのは当たり前のはずなのに、フィクションは自身がサブヒロインだと公言しておきながら、堂々と僕の目の前に現れた。

これがどういう事かと言うと、メインヒロインとの重要なフラグが一つ無くなったという事だ。


「現実世界でモテない神堂さんが物語のヒロインとの恋愛フラグを一つ、私に奪われてしまったのは分かりました。けど、来るかも分からないヒロインを待っていても仕方がないじゃないですか」


フィクションの言い分も一理ある。これは僕が創り上げている途中の物語なのだが、作者だからといって、当然のようにヒロインや他の登場人物が現れると思ったら大間違いらしい。


この物語の世界の人々は、現実世界の人々のように生きている。

フィクションの言葉を借りると、『生きているのだから、ゲームのように人を操れる訳がない』のだ。


僕やフィクション、現実世界で生きている人々と同じように、この世界の登場人物達にも意思があり、普通に生活している。

そのため、作者の僕が草原で寝ていたとしても、この世界の人々は話しかけない事だってある。

それが例え、メインヒロインだったとしても話しかけるか話しかけないかは彼女の自由なのだ。


「つまり! 私は、誰か来るまで動けずに、草原でお寝んねしていた神堂さん感謝される理由こそあれど、恨まれる理由なんて少しも無いんですよ!」


自論を熱弁するフィクション。

ここまで熱く語られると納得してしまいそうになってしまう──しかし、小説家の性なのか、僕はやはり腑に落ちない。

本当にあの始まり方で良いのか、というのが気になっている。


だが、僕は別にフィクションを恨んでいる訳ではない。むしろ、あの恥ずかしい状況から救ってくれた事については感謝している。


「まあ、メインヒロインに早く出会いたいのであれば、早く歩いて街に行くのが一番手っ取り早いですよ!」


フィクションは意気揚々と山道を歩いている。生い茂る草やゴツゴツした石など、全く歩くのには関係ないといった様子だ。

対して、僕の身体は二時間歩き通して、すでに限界が来ている。

インドア派の僕からすると二時間というのは快挙ではないだろうか。


「お前は…よくそんなに元気でいられるな…」


「神堂さんの体力が無さすぎるんですよ! まあ、私の体力が有り余ってるように見えるのであれば、それはきっと魔法のおかげですかね?」


「ちょっと待て…今、お前、魔法って言ったか?」


「はい、言いましたよ。歩くのは疲れるのでというのもありますが、せっかくの魔法ファンタジーなので魔法でちょっと宙に浮きながら移動していたんですよ!」


通りで疲れない訳だ。

いくら元気な子供の身体とはいえ、身体能力ではフィクションより僕の方が優っているはずだ。

僕たちが歩いている道は、舗装もされていない獣道だ。それを二時間歩き通して、全く疲れない人間などいるはずがない。


しかし、宙に浮いているのなら話は別だ。地面に足が着いていないから、どれだけ道が悪かろうが関係ない。実質、歩いていないし。


「そんな魔法があるなら、早く僕にも教えてくれ。もう足も体力も限界だ…」


「残念ですが、神堂さんにはこの魔法を使う事は出来ませんよ」


「…何でだよ?」


「この魔法という物は、どうやら女の子限定の物のようなので」


「女の子限定?」


それは、つまり…どういう事だ?

魔法は性別によって使えない魔法が存在するという解釈ととって良いのだろうか?


「えーとですね、要するに、この世界は基本的に神堂さんの思想と常識が反映されているんです」


「それは、何となく分かるが、それが……」


「話の途中なので黙っていて下さい」


怒られてしまった。

見た目だけとはいえ、幼女に怒られる男子高校生とはいかなる物か。まあ、今回は僕に非があるし、とにかくこいつの話を聞いてみよう。


「神堂さんの常識では、魔法=魔法少女なんですよ。ご自分の事なのですからお分かりですよね?」


確かに、魔法と言われて僕が真っ先に思い浮かぶのは魔法少女で合っている。ほうきやステッキの力で飛んだりするアレだ。

けれど、それが、どうして僕が宙に浮く魔法が使えないとのと関係あるんだ?


「つまり、その神堂さん特有の常識のせいで神堂さんは飛べないんですよ。魔法少女という概念はあっても、魔法少年という概念は貴方の中には無いという事です」


なるほど、解った。

これで理解してしまう自分がちょっと恥ずかしいが、解ってしまった。フィクションの言う通り、僕は魔法少年なんて認めない。

魔法少女のような衣装を着た少年など、僕からすれば不自然な事この上ない。


「まあ、神堂さんが女の子になれば、もしかすると魔法が使えるようになるかもしれませんよ?」


フィクションがとんでもない事を提案してきた。


「それは──僕に性転換しろと言っているのか?」


「はい」


「できるか!」


いくら魔法を使える可能性があると言っても、その為だけに性別を変えるなんて男としてあり得ない。女の子になってしまったら、僕が恋愛をするには男と付き合わなくてはいけなくなってしまう。


男と恋愛するくらいなら、僕は魔法なんていらない。

これは声を大にして言いたい。

僕は女の子が大好きだ。

魔法など女の子の前では少しばかりの価値すら発揮しない。

少なくとも僕はそう思っている。


「と、まあ、冗談はさておき神堂さんに確認したい事があるのですが、よろしいですか?」


冗談だったのかよ。

性転換なんてそこそこ洒落にならない冗談のせいで僕は人生観とか考え込んでしまったのだが。


「確認って、お前が? 僕に?」


「はい、神堂さんに──です!」


です、という掛け声と共にフィクションは大きな大木に正拳突きをした。何のボケなのか──そう思っていると樹齢千年は超えていそうな大木には大きな風穴が開いていた。


もしかして、フィクションがこれをやったのか? そんな疑問が頭に浮かんだ途端に、フィクションの『──です』が『──Death』に思えてきた。

恐ろしい。

これからはフィクションをあまり怒らせないようにしよう。


「まだ降りて来ないんですかー?」


フィクションは風穴を開けた大木を見上げて、誰かに語りかけている。木が高すぎるせいもあり僕には何も見えないのだが。

どうやらフィクションは誰かの気配を感じ取っているらしい。


「貴方が降りて来ないのであればこの山にある木を全て燃やし尽くしちゃいますよー」


またもや、とんでもない事を言い出したフィクション。その言葉に焦ったのか、大木の上にいた人物は落ちてきた。

初めは動物に見えたのだが、よく見ると見慣れたジャージを来ていた──というか僕のジャージだった。


何故か僕のジャージを着ているのは女の子だった。

寝癖のついた黒髪のポニーテールを揺らす女の子がそこにいた。

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