第3話 空賊と世界

雲の海を進む飛行船は、一見すると商船にしか見えないだろう。しかし実際は

「おーい。お前ら道具の確認しっかりしろー」

空賊の飛行船。

しかも、巷で噂の空賊「ゼファーズ」

「へーい」

「特にラゴ!!」

ラゴというらしい、明るい色をした癖毛の青年がガバッと顔をあげ叫ぶ

「なんでっすかー!?」

「この前はお前のミスで侵入バレただろ!!」

笑い声が船内に響く。

「親方。今日の獲物はそんなにデカいんっすか?」

操縦席に座るのは、藍色の長い髪を高い位置で一つに束ねた青年。彼の声に、熊のような男が振り返る。

「おう!ライダ、腕がなるだろ?」

ニヤリと笑った口元には無精髭。鍛えられた身体は、しっかりとした筋肉に覆われて、着ている草臥れたシャツを、押し上げている。空賊の中で、知らない者は居ない強者。ゼファーズを束ねる男、バイス・ゼファーズ。彼は、軍から懸賞金がかけられているにもかかわらず、今日も軍艦を狙っていた。

「おい!ニール!!何だ欠伸なんかしやがって!」

「あぁ?ちょっと夢見が悪くて」

ニールと呼ばれた青年は溢れそうになった欠伸を耐えて、目元に溜まった涙を払う。

柔らかなカフェオレ色の長い癖毛を束ねると、綺麗な顔が見える。太陽の光に透ける、しなやかな若葉の瞳と、スッと通った高い鼻梁。

「ニール顔だけは100点満点よねぇ」

「顔だけはってなんだ!」

そんな何時もの時間を過ごしていると、楽しい狩の時間が近づいてくる。


政府の飛行船を確認したのは、予定の位置よりも西へ300kmずれたところだった。きっと、どこかの遠征から帰ってきたのだろう。空賊を警戒しての路線変更は、良くあることだ。しかし風を読み慣れている空賊にとっては、あまり効果はない


1000年前彼らは突然生まれた。

遺伝子操作でもなければ、そういう種族でもない。遺伝はせず、その人数はとても少ない。しかし、そのウェポンズと呼ばれる彼らの力を借りれば、黒き者を倒せるのだ。

ウェポンズと人々は協力しあっていた。しかし、政府はその力を独占し始めた。ウェポンズか生まれると、その子は親から引き離されて政府機関で育つ。それだけならまだ良かった。その政府機関への立ち入りが制限され始め、ついには、立ち入りが一切禁止になった。親は子供に合うことも出来ず、子供は永遠に親の顔を知らずに疲労し、死んで行く。そのため、当初ウェポンズの親の殆どは、子供を隠し、取られまいとした。勿論見つかれば子どもは連れていかれ、親達は刑に処される。

さらに政府はそんなことまでやって集めたウェポンズを、自分たちを守るためか、利益になるときにしか出さないのだ。

小さな村が襲われていても出動せず、大きな都市が襲われた時には、まるで正義のためとでも言うように、仰々しく登場させる。

人々は文句を言った。しかし、聴きいれられることはなく弾圧され、都市から追い出される。政府批判の声は、小さくなっていった。

文句を言わず差し出せば、自分達は安全な場所に住める。世界のバランスは完全に、政府が握ってしまった。

都市に住めない人々は、災厄に苦しめと言うのか?死ねということなのか?

ウェポンズ達の親の気持ちはどうなる?ウェポンズ達本人の気持ちはどうなる?こんな状況を許していい筈がない。

そう言って各地で作られたのが、反政府組織だった。利益だけを求めた遠征帰りの飛行艦隊などを襲い、金品を奪って貧困層たちへばらまく。そういった活動をしている彼らを、空賊と呼ぶ者も少なくない。

「サイ、アン、行くぞ」

「おう親方!」

「ニール、サイとアンは初狩りだ。よく見てやれ」

「分かってる。」

「今回の獲物はデカイ。無茶はしなくて良い。金目のもん取ったらさっさとずらかるぞ」




「進路変更なし。首都到着は0500時」

「警戒を怠るな、この辺は賊が多い」

「はっ」

大型の飛行船であろうと襲ってくる空賊は、厄介でしかない。それに今回は、大切な荷物も乗っているのだ。

しかし、焦りは禁物。焦って事故を起こしては元も子もない。

「大佐、未確認機があります」

「警戒し、照合を急げ」

「民間の運搬船の様です」

それを聴いて、警戒を解こうと思った。しかし

「……警戒をしつつ進路を変えろ」

「っは」

「民間機目視しました」

間違いなく民間の輸送船だ。横目で確認し、見えなくなるまで警戒を解かなかったが、何事もなくすれ違って消えて行った。

「進路を戻せ」

「了解」

少し左に寄った進路を戻し始めた。

「そのまま進め。中尉一旦任せる」

「了解しました。どちらへ?」

立ち上がりブリッジを出るためゆっくり歩く

「大切な荷物の様子を見にな」

「お早いお戻りを」

「あぁ」

そう言ってブリッジを出た。




民間の運搬船に成り済まし、獲物の背後へ回る。

焦りは禁物だ。金目のものを積んでいるのは、船尾とブリッジのすぐ後ろ。気づかれずに侵入し、奪って、出来れば気づかれずに出ていく。これがファミリーのやり方だ。

気付かれたらどうするかって?決まってる。

「武器も忘れずに持てよ」


戦って勝ちとんだよ。


死角へ回り込み、貨物室の納入口の近くにアンカーを発射する。

「行けっ!」

親方の声を合図に、年上のライダとセリーがアンカーの鎖をつたって納入口にたどり着くと、慣れた手つきでバーナーを使いこなす。そして

『開いたわ』

無敵に見える軍艦も空中でのセキュリティはそこまで強くない。配線一本切れば警報音はオネンネする。

無線から聞こえて来たセリーの言葉通り、二人が扉をあけ中に滑り込んだ。

「行くぞ」

「おう!」

親方を先頭に貨物室に侵入する。

「よし、ニール、ライダ、セシレ、アンは俺とブリッジへ向かうぞ。セリー、サイここは任せるぞ」

「わかったわ」

「良いか、無理はするな。気付かれるな。気付かれてもその場だけに収めろ。騒ぎが大きくなったら撤退だ」

「おう!」

全員の返事を聞いた後、親方について動き出す。

貨物室から静かに出ると、先頭に向かって走る。先に盗んだ、船内地図のデータを見ながら静かに。とにかく静かに。周りの仲間と敵の気配を感じ取りながら迅速に進む。

しかし何かを感じた。

「ん?」

振り向き自分の意識を引っ張ったものを探す。


『助けて……』


小さな声だった。でもわかる。助けなければ、絶対に助けなければ。

「ニール!なにしてる!」

親方の声に意識が引き戻される。しかし

「なんだ?」

ここで勝手な行動をとったらみんなの命にかかわる。しかし

「……っこの部屋!この部屋開けよう!」

「あ?」

画面に映った地図。指差した扉はさっき声が聞こえた場所。

「ここか?」

「あぁ」

「おいおい、ここは普通の部屋だぞっ!?中には普通に敵がいる」

「でも……ここなんだ!頼む!親方!」

「おい、ニール!馬鹿なこと言って親方困らせるなよ!」

ライダに言われて引き下がろうとした。その時だった。


『助けて……くれ』


今にも泣き出しそうな、そんな声。胸の奥が強く握られたような感覚に

「親方頼む!!」

懇願する。

助けなければ。連れ出さなければ。とにかく頭は声に支配され、それ以外考えられない。断られれば、一人でも部屋に向かおうとしていた。が

「……わかった。」

何かを感じ取った様に親方が承諾する。

「親方!?」

「ライダ、お前はアンと船首の倉庫へ向かえ」

「……ったく、わかったよっ、アン行くぞ」

「はい」

ライダ達が行ってしまうと親方がこちらに振り返る。

「おい、言ったからにはちゃんとやれ?いいな」

「あぁ。もちろん。ありがとう親方」

確認して、部屋に向かう。角で一度止まって目的の扉を確認。

普通の部屋のはずだ。だから本来なら別に要らない確認。しかし念には念を。そして

「見張りがいますね……でも何で?」

「なんかあるんだな」

親方のつぶやきに喉が鳴った。

「ここに居ろ。俺が囮になって見張りを倒す。その間に行け」

「了解」

「はい」

ニールとセシレは一度隠れ、親方が見張りの前に進み出た。

「おーい、阿呆な軍人さん!こっちだぞー」

「なっ!?貴様どこから!!」

「鬼さんこちら、手の鳴る方へー」

おどけた声の後、隠れた掃除用具入れの前を走り去る3人分の足音が聞こえた。足音が十分遠のいたのを確認して、目的の扉に走り寄る。

「一般的な鍵ですね、開けます」

セシレは慣れた手つきで、鍵穴に器具を差し込み、10秒かからず鍵を開けた。

「今までの練習の成果が出たな」

「それほどでも」

素早く中に入り込んだ。敵がいると思っていたが、中には人子一人いなかった。

代わりに部屋の真ん中に金属の箱が鎮座している。

「でっか、これはやりましたよ、ニールさん」

「あ、あぁ」

人がいると思っていた。声が聞こえたのだから。しかし開けて見れば縦約180cm、横約60cm、高さ約90cmの箱がぽつんと置かれているだけ。

ニールはセシレとは違う意味でやってしまったと思った。

「おいっあったか?てなんだ、こりゃ」

「親方」

「親方これってもしかしてお宝!?」

「……兎に角、開けるぞ。」

そう言って親方は箱に近づいた。セシレとニールも近づき、親方と複雑なパスコードとの戦いを見つめた。30秒ほどたつと軽い電子音と共に箱が開いた。

「よし!」

「開けるぞ!」

言って蓋を勢いよく開け放つ。そこには。

「え!?」

「な!?」

言葉が出なかった。

箱の中には、小さな人間が一人、長い包帯のような布に包まれ口元だけ覗かせ入っていた。

「これは…」

「まさか、いや、だか」

「親方!やばい、見つかった!そっちは?てうわぁあぁああ!なんだそれ!!」

慌てて戻ってきたライダとアンはどうやら見つかって騒ぎが起こったようだ。

親方たちが呆然としているため近づいて状況を飲み込んだらしい。

「なっ、おい!どうすんだよ!!」

「兎に角撤退だ!行くぞ!!」

はっとした親方の号令にニール以外は撤退を始めた。

「おい!ニール行くぞ!!」

箱の中の人間を見つめて、ぼんやりとしていたニールはライダに腕を掴まれ、現実に引き戻される。

「行くぞ!」

「でもこの子は!?」

「はぁあぁぁああ!?お前阿呆か!!行くぞ!!」

「この子置いて行くのかよ!!」

「どうしろってんだよこんなガキ!」

「だけど泣いてるんだぜ!置いていけるかよ!!」

叫んだ瞬間ライダが言葉を失った

「泣いてるって……訳わかんないこと言ってんな!見ろよ!!包帯で顔見えねぇだろうが!!」

確かにそうだ。包帯に覆われていないのは口元だけで、その口も真一文字に引き結ばれ表情はない。しかし、分かった。なぜかは解らないが、断言できた。絶対にここに置いては行けない。この子は泣いている。

身体が動いた。

横たえられている身体を抱きかかえ箱から出す。酷く軽かった。

「おい!ニール!!」

ライダの言葉を無視して、身体に巻きついている包帯を取ろうとした時。手首を掴まれる。

「そいつは取るな。お前が責任もって『盗む』んだぞ。いいな。行くぞ」

親方の言葉に頷いて、もう一度小さな身体を抱え上げた。

「ったく、親方はニールに甘過ぎだよ」

「馬鹿野郎、お前だってニールに拾われた口だろ」

「うっ」

言い合いながら部屋を出て船尾に向かった。



空賊の侵入が判明して直ぐに部屋に向かった。

しかし、見張りの二人は来る途中の掃除用具入れに突っ込まれていて話にならない。部屋につくと扉が開いていて、中の箱も空になっている。

直ぐに船尾に走った。

「全く、ふざけた賊だ」

船尾の倉庫の入り口には、兵士たちが中に向かって発砲している。中からも発砲がある。素早く確認すると中には二人しかいない。そう思った瞬間

「っべえ!」

声に振り返ると、男が4人と女が1人物陰に隠れる。兵士がそちらにも発砲した。しかし男は見逃さなかった。男の一人が白い布に包まれたそれを持っていたことに。

「撃つな!撃つんじゃない!!」

怒鳴れば発砲は止んだ。静かになった。

「おい。その子を返せ。そうすれば見逃してやる。」

その言葉に周りがざわめいた。

「大佐、しかし奴らは空賊で」

「黙れ!!」

一言で兵士を黙らせ、もう一度言う

「その子供を私に渡せ、そして去れ」


「やっぱりな」

「?」

「親方?」

「いいか、よく聴け?」


「今から出て行く!」

親方の言葉を合図に、ゆっくりと全員で通路へ出る。

「先に俺達は逃がしてもらうぞ!」

「……良いだろう」

その言葉に、ニール以外はゆっくり兵士たちの横を通り抜けて倉庫に入っていく。そして、親方が大佐と呼ばれたその男の横に来た瞬間。

「走れ!!!!!!!!」

怒鳴り声とともに親方が男に体当たりをかまし、近くの兵士に発砲した。ニールも走り出して倉庫に入りワイヤーで一気に船に飛び乗った。

「この悪ガキ!なんてもの盗んでやがる!!」

「あはははは」

「おら!すぐ出発だ!!雲に入れ!!」

すぐ後に来た親方の怒鳴り声にからかい気味だった雰囲気が一瞬で引き締まる。見れば戦艦がこちらに向かってくる。

「やっべぇ!!」

「慌てるな!その雲に入れ!!スモーク準備!!!ニール!そいつの布まだとるなよ!!」

「おう!!!!」

「わかった!」

「3!2!1!スモーク発射!!!!」

バンッと言う大きな音とともにスモークが発射され飛行船の後ろが真っ白に染まる。

「よし、雲に入れ!!」

親方の声で雲へ入り、飛空艇の窓から見える風景は消える。

「このまま雲に乗って家に戻るぞ、たくっ誰かさんのせいでとんだ奴らに目付けられたな」

親方の言葉にビクッと反応し、ちらっと目を合わせる。と親方はにんまり笑う。他の仲間たちもジッとこちらを見てくる。

「っだぁあぁああああ!!わかったよ!!悪かったよ!!俺が悪かったです!!!」

「その子苦しそうじゃない?それ取ったら?」

「いや!その布は家に着いてからだ」

親方の深刻な声に全員従うことになった。





「大佐、説明してもらおうか?」

「…………こ、これは」

「俺のウェポンズをグダグダと理由をつけて一週間以上借りておいて………奪われただと?」

「っ………こ、この……この失態は何としても」

「そうだな……何としても埋め合わせをしてもらおう」

静かな声の後空気の切り裂かれる音が響き、次いで男の悲鳴が上がった。

「ぎゃぁあぁぁああああああああああああああああああああああああ」

ぼたぼたと真っ白な床に落ちる赤黒い液体と大佐と呼ばれた男の耳。

「いいか?失敗は許さん。次はない」

冷たい紫の瞳は凝縮された光を湛え怪しく男を見下ろしていた。


男の名はディオス。


ディオス・グラーツ。

神という名を持つこの男は


「お任せください………ディオス様」


世界を支配する軍の


支配者

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