第5話 貴方となら

全身が痛かった。

毎晩毎晩。布団の中で蹲って、身体を摩った。明日には消えているように。次のメンテナンスで消えるように。目を閉じて。必死に願った。明日も生きていられるように。いつか、自由になれるように。


「っ……」

目を開けると、暗い天井が見えた。静かな部屋に、ぼんやりといつもと違うと感じながら、重い瞼は眠りを誘ってる。

このままもう一度眠ろうかと考えたがその瞬間、今までのことを思い出し飛び起きる。

「…………痛く、ない?」

痛みに倒れこんだのに、今は全く痛みがなかった。思わず自分を抱きしめる。

「……あぁ……!!」

鼓動を刻む心臓が、自分はまだ生きていると実感させた。

まだ生きていられる、そう思ったあと浮かんだのは、生きていた親友の顔。

ベッドの横に椅子を置き器用に眠っているその顔は間違いなく、親友のものなのに何故だか違う。

その近くで、なぜかニールと呼ばれていた男まで床に座り込んで寝ている。

楽しそうに話していた。ゼフが楽しそうにしていたなら、もう良いではないか。自分とは関係ない。もうゼフにとっては必要ないのだ。

「行かなきゃ」

ポツリと溢れた言葉。

あまりにも虚しい言葉だった。

戻ってどうするのか。みんなを連れて?無理に決まっている。またあの生活に戻るのか?絶対にごめんだ。

痛みが消えた今なら、今後共鳴さえしなければ生き続けることが出来るかもしれない。

ならばこのまま逃げた方が良いではないか。

このまま。

「…………」

そっとベットを降りる。

そこで気が付いた。

「な、に……これ」

足首に革製の枷が嵌っている。

柔らかい革で痛みはないが、しっかりと錠がされ外れる気配はない。枷から伸びた鎖はベットの脚に固定されていた。

「や、やだっ!嘘だろ……やだ!」

逃げられない。

また、あの日々が始まる。

絶対に嫌だ。

必死になって枷を外そうと踠いてみるが、爪が割れたり、手が切れるだけでびくともしない。

血が滲んだ手は痛いはずだが、気にならなかった。が

「馬鹿、血塗れじゃねぇか!」

降って来た声と、背中から抱き込まれるように止められた手にビクつき、顔を上げる。

「あ、」

声の主はニールと呼ばれていた男だった。一体いつ起きたのかわからないが、終わった、そう思った。見つかってしまった。逃げられない。目の前が暗くなっていく。

「それは、外してやるから。その前に消毒な?」

「え?」

言い残して離れると、棚の上にあった救急箱を下ろす。消毒液とガーゼを出して

「ほら、手出して?ちょっと染みるかもだけど」

「……」

「大丈夫。消毒するだけ、な?」

柔らかな声。差し出された手は大きくて、不思議に思った。

そっと手を出す。

「ありがとな」

にっと笑って優しく握られた手。

丁寧に素早く消毒していく

「っ!」

傷口に浸みてグッと力が入る。

「ごめんっ。でももう少しだからな?」

そう言いながらも、手早く傷にガーゼを当てて、丁寧に包帯を巻く。

「よし!完璧。あんま動かすと治りが悪くなるし、傷も残るかもだから気をつけてな?」

笑った顔は、初めて見る筈なのに無性に懐かしい気持ちが溢れる。

「さて、じゃっ鍵持ってくるな。」

立ち上がった身体を緩く引き戻す力に、視線を動かすと、小さな手が袖を掴んでいた。

「あ……ぁの……」

なにかを言おうとした唇は、結局何もせず閉じられた。しかし手は袖を掴んだままで

「……あー、もう少し話ししてもいい?」

その言葉に顔が上がり目が合う。

「…………あぁ」

小さな声が帰ってきてニールは破顔しながらも座り込む。

「えっと……俺はニール。よろしくなレン」

「……なんで名前」

「アックスが教えてくれた」

「アックス?」

「あぁ、えっと……軍ではゼフだっけ?」

「ゼフはゼフだ」

「あー、」

静かに思案する。

ゼフという名前は、軍が付けたもので実際にはアックス・ベアフリーというのが本名ではある。

しかし、アックス自身もそれについてうるさくする方では無いし、気にしていない。

すでにこちらに対して不信感を持つ彼に、そんな事を伝えてもプラスに働く事はまずないと思う。

「そうだな。なぁ?なんでユーザーが嫌いなんだ?あ、別に文句があるとかじゃねえよ?」

「お前たちは、ウェポンズを道具のように使う。こっちのことなんて何も考えてない。下手くそな癖に改善しようとしない。何人と共鳴しても」

「ちょ、ちょっと待った。何人もって?」

「……?ここもそうだろう?」

「え、いやウェポンズとユーザーにはさ」

言いかけたその時。音を立てて扉が開く。暗かった部屋に一気に光が差し込んで、レンは慌てて身を隠した。

「起きたか?」

「ライダいきなり開けるな」

「親方の言う通りだぞ!ビビった」

周りを確認するとレンの姿が無い。

「え?ちょっほら見ろ!!隠れちゃっただろ!」

言いつつベッドと壁の間に入り込んだレンを見つける。こちらを怯えたように見つめてくる。

「ごめんな?ライダのやつ声と動きがデカイだけだから。おいで、大丈夫」

そっと差し出した手。しかし今度は握り返される事は無かった。

どうやら相当驚かせてしまったらしく、こちらを睨みさらに奥に入り込む。

「ちょ、キツくない?」

「あっち行け!」

これはダメだと思わず肩を落とす。せっかく話が出来たのに。また嫌われたかも知れない。

「に、睨むなよニール。悪かったって」

「はぁ、たく」

「ニールさん?」

「お、アックスも起きた。」

「すみません、俺爆睡してました……あれ?レンは?」

キョロキョロと辺りを見渡す彼に、苦笑いを浮かべつつベッドの隙間を指差す。

「え?」

慌てて隙間を覗き込む

「ちょっ!レン!!そんなとこきつくねぇの!?」

「うるさい」

自分が、酷く子供じみたことをしている自覚はある。

だからってのこのこ出て行くのも馬鹿らしい。

「レーン、大丈夫だってば」

「うるさい!」

それしか言えなくて。この胸のモヤモヤした感情をどうしていいのかわからない。

変わってしまった親友。ユーザーがいい奴だと言う。ここのウェポンズは皆幸せだと。運命の相手だと言う。

あり得ない。

いや、もしかしたらあり得ない事にしたいのかもしれない。

苦しみ続けているウェポンズは、確かにいるのを知っているのに。ここに幸せが溢れているのも、理解せざるおえなくなっている。

でも、どうしても認めたくなくて。

「なんでだ……」

小さな呟きは、新しい仲間と話す彼には届かない。

膝を抱え目を閉じる。聞きたくない。

どうしてあんなユーザーと話してしまったのか。どうして、触れることを許してしまったのか。わからない。

でもここは安全だ。身体が大きな彼らは、ここには入ってこれない様だし、このベッドも容易には動かない。

奥の壁に背中をつけて、隙を見て逃げることだってできる筈だ。

そこまで考えて気がつく。左の足首にまとわり付く物。どうしよう。どうにか取らなければ。

「レン?」

「っ!?」

覗き込んでいたのはニールだった。

「ごめん、でもこれ。」

出されたのは小さな鍵。

「外す鍵な?あー、投げるぞ?」

ひょいっと投げられた鍵。

「あ!」

「ナイスキャッチ!気が向いたら、また俺と話ししようぜ?な?」

またふわっと笑った。その表情は、幸せそうで。

レンには意味がわからなかった。

「おい、行くぞ」

「ヘーい」

「またな」

ひらりと手を振って見えなくなる。

代わりにゼフが覗き込んできて、なぜかビクついてしまった。

「レン、俺また来るから!!俺レンのこと忘れたとか、裏切ったわけじゃないから!!今でもずっと大事だから!!勿論他のみんなのこともだぜ!?忘れた日なんてなかった!本当だぜ!?」

「あー、はいはいたしかに毎日毎日言ってたな!ほら行くぞー」

矢継ぎ早に話していたゼフはライダと言うらしい青年に引っ張られズルズルと見えなくなる。

「あー、レンーまた来るから!!絶対!!すぐだから!!心配ないからー!!!!」

だんだん遠くになる声。

そして大きく叫ぶ様になった声は扉の閉まる音と一緒に消えてしまった。

相変わらずうるさい、なんて少し思って、静かになった部屋に人の気配がなくなったことを確認して鍵で足首の枷を外す。

隙間からそっと出て、光の入り込む窓に近づいた。

外には森と遠くに山脈が見える。

そして、森へ続く外階段が見えた。すぐそこ、近くだ。

レンはすぐに準備した。ハンガーに掛けられていた上着を羽織り、靴を履く。

部屋の扉が開けられることを確認して、隙間から辺りを見回す。そっと音を立てない様に大きく開き、顔を出す。誰も居ない様だ。

階段の方向に早歩きで向かうと、部屋を2つ越えた先に重そうな扉を見つけた。

扉には大きく「屋外出口!緊急時避難用!足元注意!」と書かれた張り紙がされている。

開くのか心配したが、重い扉は開くことができた。しかし

「た、高い……」

絶壁に張り付く様に作られた階段は、何年も使われていないのか所々塗装が剥げて、錆びが浮いている。地上までは約50mはあるだろうか。なのに手すりは絶対に体重など支えきれない細さで、作った奴を呪いたくなる。

「……最悪、だな」

しかし、戻るという選択肢は無い。

レンは座る様に身を屈めて、岩肌に身を寄せながらゆっくり降り始める。

背後では大きな音と共に扉が閉まってしまった。

扉に貼られていたであろうもう一枚の紙が宙をゆっくりと舞いながら落ちていく。

「破損箇所多数!絶対使うな!!補修終了までは他の階段使用のこと!!」

注意書きは見られるはずもなく、森の中に消えて行った。


「レーン?」

ゼフは、2人分の昼食を持って暗い部屋に入る。人の気配がない部屋を見渡し

「ご飯持ってきたけど、美味いぜーここの飯!」

声をかけてはみるが応答はない。

引っ込んで居た隙間にも居ない。

「あ、いや軍での飯もレン達が居たし楽しかったよ!?だから」

そこまで言って、外れた枷と無くなった荷物に気がついた。

「え……」

手から食事が溢れて床を汚したが、構ってなどいられない。

「嘘……嘘だろ!?」

言って、明かりをつけ部屋中を探す。

しかし小さな親友の姿は無かった。慌てて部屋を飛び出す。

「親方!!!!ニールさん!!!!」

食堂へ戻る途中で昼食を持った親方とニール、ライダに鉢合わせし、思わず叫ぶ。

「なんだ、アックス」

「レンが居なくなっちゃった!!!」

「なにー?ニール!!」

「いや俺のせい!?あーとにかく探すぞ!」

「ニナ!!!ちょうど良い所に!!これ食べろ!」

角から現れたニナに男3人分の昼食を押し付ける。

「ちょ!流石にこんな量食べない!!ってどこ行くのよ!!」

「悪い!!あの子また居なくなって!!!」

「!親方!!私も探す!!!」

「食い終わったら頼むー!!」

「ライダったら!!!」

ニナに手を振り、部屋に向かう。

アックスが飛び出して来た部屋は扉が開いたまま。

「ばっ!アックス!!お前な!!もしかしたらまだ部屋にいたかも知れないのに!!」

「あぁああああっ!!!そっかぁああああ」

「馬鹿野朗!!!」

言いながら部屋を見渡すが、姿は見えない。

もう一度室内にいないか確認して部屋を出る。

「仕方ない。ニール、ライダ。お前たちは東回って来い。アックスは俺と西だ。」

「わかった!!」

「見つけたら連絡」

それぞれの方向に向かう。

少し行ったところでニールは足を止めた。

「ニール??」

「……」

つい先日の点検で侵食がだいぶ進み、危険だからと使用禁止になった外階段の重い扉。

なぜか無性に気になった。

「おい!いくぞ!?」

「あぁ、」

わかっている。しかし。

扉を開ける。

「おい!!」

もちろん誰もいない。風が舞う古い階段がぽつんと有るだけだ。嫌な予感がする。

「ニール?」

「悪い…なんか気になって……行こうぜ」

もしかしてとも思った。しかし

扉をきっちり締め直し、

「行こう」

駆け出した。

嫌な予感はずっとしたまま。


岩肌を撫でる風が強い。階段は所々でギシギシと嫌な音を立てている。

どれぐらい降りたかわからないが地面が見えて来ている。高さは20m程か。もう少しだ。

いくつか階段沿いに先ほど自分が出たような扉や窓があったが、誰にも見つからずここまで来れた。

「ふぅ……」

もう少し。あと少し。そう思いながら、黙々と足を進める。

先にはまた窓がある。

レンは、出来るだけ静かに近づいて行く。

窓まであと数段と言うところで、大きな音がなった。

体重が乗った足元が一瞬で消える。

階段が崩れたのだ。

身体が吸い込まれるように、滑っていく。

「っ!!!!」

訳も分からず、触れた硬い物を全力で掴むと滑り落ちるのが止まった。嫌な汗が噴出している。

捕まったのは崩れた段の一段下。心臓が暴れている。

思わず息を吐き、身体を持ち上げようとした瞬間、ミシミシと嫌な音が響く。

動けない。しかしずっとこのままは無理な話だ。

「……っ…た、助け」

地面にはまだ距離がありすぎる。落ちれば確実にあの世行きだろう。

しかし

「……っ」

誰もいない。こんな場所では、誰にも見つけてはもらえない。ダメだ。もうダメだ。

「助け……て」

なぜか浮かんだのは、ニールの顔だった。


「助け……て」

声が聞こえた。足を止める。

「助けて……」

窓に駆け寄り、見えた物に血の気が引いた。

開け放つ。

「レン!!!!!!!!!」

ライダも寄ってくる。

「な、にしてんだあの馬鹿ガキ!!」

「レン!!!!!!!!!!」

小さな身体が、ほんの15m程先で、腐りかけの階段から宙ぶらりんになっている。

声を張り上げる。

顔がこちらに向いた。


「え?」

目を瞑ってしがみついていると、必死に自分を呼ぶ声が響いた。

目を開けて声の方を見ると

「ニ、ル」

「頑張れ!!!すぐ行く!!!」

駆け出したニールは、腰に命綱を回しライダに親方たちへ連絡を頼む。

レンのいた場所が窓に近かったのが救いだ。

目の前の窓を開く。

「レン!!!」

「に……る、なんで」

「もう少し!」

涙を溜めた瞳。恐ろしかったに違いない。

命綱の先端をライダに渡して窓から出る。レンのいる段の前にしゃがみ込んで手を伸ばす。それだけで階段は折れそうだ。

レンの体重はそこまで重いとは思えない相当痛んでいたのだろう。

「ほら、手伸ばして」

「っ……」

首を横に振るレンに驚く。

「大丈夫だから」

「こわ……動いたら、ダメ……だ」

どうやら少し動くだけで危ない様で手を伸ばせないらしい。

「大丈夫。俺を信じろ」

「ゆ、ざーなんて……」

「レン。大丈夫だ。」

震える子供に断言する。

「手を伸ばせ。絶対掴むから」

絶対掴む。その言葉にレンが、ゆっくりと手を伸ばす。小さな手が必死に伸ばされる。

ニールの手が触れかけた瞬間。


嫌な音がなった。

浮遊感に包まれて、崩れた階段とニールの顔が見えた。落ちると分かったのに、頭は嫌にクリアで。

助けてやると言ってるのに、逃げ回って、迷惑しかかけてないのに、危険を犯してまで手を伸ばしてくれた。

ニールが自分のユーザーだったら良かったなんて思ってしまう。

でも、それも叶わない。

運命の絆が本当にあるのなら。彼の運命の相手は幸せだろうと思う。

一瞬でも彼の優しさに触れられた。万歳だろう。人生に良いことと悪いことどっちが多いかなんて勝敗はあからさまだけど。良いことに入れておこう。

目を閉じて


呟く。


「貴方となら……」


目を開けて、彼の顔を見た。

あぁ、すごいイケメンだと思ってたけど、本当に綺麗な顔をしてる。

馬鹿なことを考えて


もう少し生きて、良いこと増やしたかったとか

もっと美味しいもの食べたかったとか

痛みを感じないで、一日を過ごしたかったとか


ゼフみたいに


運命の絆を

手に入れたかったとか


一瞬で色々考えたが


「さよなら」


全部諦めた。

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