第4話 出会いと再会

大きな町への遠征を終えて、鈍い痛みが身体を走り回る。

「っ…」

「なかなかだったな」

偉そうな声にイライラする。

なにが「なかなかだった」だ。下手くそ。

大佐という肩書きを使ったこの男に、1週間近く振り回されている。

パートナーも嫌だが、こいつも嫌だ。

「っ……はぁ……はぁー」

無理にでも深呼吸する。そうすれば、少しはマシになる。

少しはだけど。

「軍へ戻るぞ」

声がして、足音が近づいて来た。

その手が持っていたのは、帯のような長い布。不気味な模様が描かれている。

「そんなのっ着けなくていいっ!」

叫んで一歩逃げる。

呪符と呼ばれるそれは、拘束されれば絶対に解けず、頭部を覆われると意識すら奪われる。

自分達から、意思を奪うそれが大っ嫌いだった。

「完璧な状態でお返しする約束なんだよ」

腕を掴まれて、それを振り解く力なんて残っていない。

呪符に視界が奪われると、いつものように意識まで闇に引き摺り込まれていく。


助けて。誰でもいいから。

お願いだから。俺たちを助けて。


ゼフ……会いたい。

もう疲れた。




あれから三時間。鉱山の大きな竪穴が見えてきた。

「降りるぞ!!」

飛空艇はゆっくり竪穴を降りて行く。

そのまま降下を続け、岩のようにフェイクされたハッチが開き更に深い格納庫に、飛空艇は着陸した。

「着いたー」

漸く地面に足をつけたニール達を、ファミリーの全員が迎えた。

「お帰りなさい!!!」

「お帰りー」

「ただいまー」

「ただいまおかみさん」

ゼファーズは親方を筆頭に60人の大ファミリーだ。他からも一目を置かれている。

挨拶を皆が交わし終わると。

「で?ニールそれは何だい?」

「えっと」

「一目ぼれして持ってきちまったんだよなぁ」

茶化すような声に声を荒げる。

「そう言う言い方すんなよ!」

キャーキャーと声も上がる

「おい、じゃれてないで!こっち来い!」

親方の声に小さな笑いが起こり、しかし皆が興味津々といった雰囲気だ。

ハウスと呼ばれるそこは、各地に10ほどあり、その中で約20人ずつに分かれたファミリーが、一定期間でローテーションしながら暮らしている。今いる家はここ数年使われなかった。久しぶりに移動したばかりで、初めての子供も多く、賑わいはいつも以上だった。

一番広い会議室に今回同行していた全員が集まり、テーブルの上のそれに注目している。

「親方、なんなのか検討はついてるんでしょ?」

ライダが声をあげた。

親方はその言葉に全身を覆っている布の端を、軽く持ち上げる。

「これは軍がウェポンズの拘束に使う呪符だ……こいつは、まず間違いなくウェポンズ。しかもあの態度からして相当な強さだろうな」

周りが息を飲む。

呪符でぐるぐる巻きにされた身体は、ピクリとも動かない。まるで人形のようだ。

今まで、軍に捨てられたウェポンズを保護したり、遺体を埋葬して来たが。この状況も衝撃的だった。

「酷い」

小さな声はアンだった。ユーザーでもある15歳の彼女は、思うところがあったのだろう。

「この人だって言いたいことがあるのよ。思うことがあるのよ」

「そうだな……よしっ!この子も息苦しいだろうし、ニール!解いてやれ」

親方の言葉にニールは顔を上げ、袖を捲る。

「ようやくきた!!」

「お前な!!!」

ライダがツッコミを入れ、少し暗かった雰囲気が和らぐ。

細い身体を抱き起こし、慎重に呪符を解く。目元にかかる呪符が滑り落ちて見えたのは

「っ!!」

綺麗な子供の顔だった。

浅黒の肌に、癖の強い黒の髪。髪と同じ黒く長い睫毛。形の良い唇は少しカサつき、幼さが残った輪郭だが少し窶れている。

ただ美人であることは確かだった。

「おっ可愛い」

「っ!?」

ライダの声に、思わず抱き込んで隠してしまう。

「おろろ?なんだなんだぁ??」

「うるせぇぞ、そんな変な目でみんなよ」

「変な目で見てんのはお前だろー」

そんなやりとりに周りからもヤジが飛び始める。

「なんだ?ニールがほの字で?」

「ほかの男に見せたくないってよ」

「きゃー」

「だから!」

親方まで悪ノリを開始して、いい加減うるさい。そう思った瞬間。

「う、ん……ん?」

小さなうめき声にその場が静まり返る。そして

「……ん」

薄っすらと目を開けた子供は、少しぼんやりとしてからニールを見上げた。

その瞳は、深い赤だった。光が入るとまるで宝石のように光った。生きていると叫んでいるような。暖かい色だった。

見惚れる。いつまでもこの瞳を見つめていたと思った。が

「だ、れ?え?な、離せ」

認識したらしいその子の声にハッとして、身体を離しながら

「あ、えっと」

何から説明したものか、頭が回転するが何も思いつかない。馬鹿だ。

「えっと」

言い淀むニールに、子供の眉が寄ってシワを作る。

ため息を押し殺し、親方はできるだけ優しい声を意識して口を開いた。

「えっとなぁ、ここはゼファーズファミリーの家の1つだ」

「ゼファーズ……家……?」

「そうそう、お前さん軍に」

親方の声は続かなかった。

小さな身体は、驚くほど早く動いたのだ。

体格差がこれだけあったら、普通は有利のはずなのに、宙を舞って床に叩きつけられたのは親方だった。

鈍い音と共に、うめき声が上がった。

「お前何すんだよ!」

慌てて駆け寄ったライダがそう言った次の瞬間、親方と同じように床に倒された。

「ライダ!!」

「っーっておい!!!待て!!」

ライダの声に振り返ると、部屋から飛び出たらしい子供の姿は既にないが、開け放たれたままの扉が目に入る。

ここは、家の中でも大きく迷子になるのは確実だ。

「早く追いかけろ!迷子になってあっちこっち引っ掻き回されてもかなわない」

親方の言葉に、慌てて全員で追いかける。

とにかく一回落ち着いて話をしないといけないと、親方は頭を抱えた。



目が覚めてまたいつもの部屋だと思ったら、なんだか暖かくて、よく見ると目の前に見たことのない男が居た。目が合う。

不思議な顔をして、向こうもこっちを見つめている。初めて見た表情に、なぜかずっと前から知っているとも感じて、困った。

少しして、絞り出した声に反応して離れた男。質問はまともに帰ってこない。仕方ないという雰囲気で別の男が答えたのは良かった。しかしその答えに驚愕した。

「(ゼファーズ!!なんですぐに思い出さなかったんだ!)」

どこかもわからない通路を全速力で走る。

ゼファーズは有名な空賊の一団の名前ではないか。彼らがなんの目的で、自分を連れて来たのかはわからない。武器として欲しかったのか、人質のつもりか。

「(どっちでもいい!ここは軍じゃない!)」

思わず唇が薄く弧を描く。

「(このまま)」

軍からも、ここからも逃げよう。

走って走って走って。どこかで隠れて暮らせば、少しは自由に長生き出来る筈だ。

「(二度と誰かに使われるなんて、絶対にごめんだ!)」

そう思った後、脳裏に映ったのは笑顔の死んだ親友。そして寮のみんな。幼稚舎の子供たちの笑顔。空っぽの棺。手向けた花以外何もない墓場。

足が止まった。

「みんなはどうなる」

呟いた言葉に、崩れ落ちそうになる。

ダメだ。もし、逃げるならば全員を連れてだ。そしてみんなで暮らす。それが夢で今まで。

「も、どらなきゃ」

そう思った頃、何人かの足音。そして

「いた!!!」

声に振り向く。

部屋にいた連中だった。慌てて足を動かす。

「ちょ!ちょっと待って!!」

待つわけないだろうと駆け出す。

「待ってくれ!!なんもしねぇって!!」

そんな筈ないだろう。

「ライダが怒鳴るから!!」

「あぁ!?ニールの顔がキモかったんだろ!!!」

「お前ら!喧嘩は後にしろ!!!」

親方の声に前方の子供を見ると、角を右へ曲がったところだった。が、ドンっと鈍い音がして小さな身体が通路を戻ってきた。

慌てて追いつき見ると

「ニナ」

「いったーい!もう何??」

洗濯物を持っていたウェポンズのニナが尻餅をつき、一緒にいたおかみさんは、驚いた顔でこちらを見た。

「おう、よくやった。」

「へ?」

訳がわからんと言いたげな表情のニナを、親方が立たせる。

「おい、大丈夫か?」

倒れている小さな身体に声をかけるが、反応がない。焦って肩を揺すったその瞬間景色が一回転した。

「あだ!!」

ついで悲鳴が響く。

慌てて起き上がると、ニナの腕を捻り上げてこっちを睨む子供が見えた。

「お、おいおい!」

「来るな!!!!」

まさに威嚇だった。

「ちょっと落ち着け」

「なんなの!!痛いったら!!」

「うるさい!!!近づくな!!」

見た瞬間、ウェポンズだとわかった。だから。

「落ち着け、ここから逃がしてやる。心配ない。」

その耳に小さく声をかける。

「へ?」

「任せろ」

相手は状況が掴めないという顔で、それでもよかった。彼女も連れて逃げよう。

ジリジリと後退し、一瞬の隙を見て、見えていた出口らしきドアに走った。

「あ!!」

ドアを抜けた先には、巨大な滑走路だった。見えた景色は、高い山と眼下に広がる森。ここからは脱出出来ない。別のルートを見つけなければ。

「おい!!」

「っ!?」

声に振り返る。彼女は腕を振りほどいて声の方へ走っていく。

「な!?」

その先いたライダと呼ばれていた男に抱きついた。

「ニナ大丈夫か?」

「えぇ。ライダ、彼ここが危ない所だって勘違いしてるのよ」

彼女の言葉が理解出来なかった。勘違い?何言ってる。勘違いしているのは彼女の方だ。いや、もしかしたらそうなる程、何かされたのかもしれない。

「なぁ、落ち着けよ。俺らは」

「黙れ!!!ユーザーなんかの言葉を聴いたら耳が腐る!!!」

「なぁ!」

「うるさい!!!あんた!ユーザーなんかに従わなくていいんだ!!早く逃げよう!!」

「だから」

「うるさい!うるさい!」


一体何があんな子供をここまで。

「親方、あれじゃ話すどころじゃないぜ?」

「だからって、このままほっぽりだすわけにもいかんだろ」

親方の言い分はもっともだが。これではどうしてやることもできない。

「そうだ、なんとか」

「なんとかって」

「私が痺れさせる?」

ニナの提案に手を打とうとしたが、

「攻撃したらむしろ怒らせるだろう?」

「じゃぁどうすんだよばかニール!」

まさにその通りだと思うが、こちらに敵意がある相手と平和的に会話する方法なんて知らない。

頭をひねってもいい案は出ていないし、いつまでもここにいてくれるはずもないだろう。

その時だった。

「レン!!!!」


2階のデッキから響いた声。

「レン!!!だよな!!!」

ありえない。だって。

記憶で一番早く忘れるのは声だ、なんて聴いたから毎日必死に思い出していた声。

二度と聞けないと思っていた声。

懐かしい。みんなが大好きだった声。

みんなの希望だった声。

泣きそうになりながら声の方へ顔を向ける。

「レン!!!!!」

少し伸びた髪。筋肉が付いた身体は大きく見える。それでも変わらない。

でもデッキから飛び降りても、もろともせず走ってくる。痛い痛いと言ってた頃とは違う。

「な、んで……」

抱きつかれてその逞しさに涙が溢れた。そのまま倒れそうだった身体ごと抱きしめられて

「ゼ、フ……ゼフ!!!なんで、どうやって!!生きてる!!!生きてる!!ゼフ!!ゼフ!!!生きて……会いたかった……ずっと、ずっと!!!」

「っ……ごめんっごめんな!よかった!レン!!俺も会いたかった。ずっと会いたかった」

涙でもうなんだかわからない。

「ゼ、フ」

「アックス、もしかして」

「あぁ!ニールさん!!そうです!!ずっと話してた親友です!!ね?美人でしょ??」

「アックスの親友か」

「親方!!ニールさんが呪符にぐるぐる巻きにされたウェポンズを連れて帰ってきたって聞いて……そうなんじゃないかって、走ってきたんです」

笑顔で話すその目にも涙が溜まっていた。

「ゼフ?なんで、どうやって……だって落ちたって聴いて、俺は」

小さな声はレンと言うらしい子供のもの。

「あぁ、俺な。たしかに落ちたよ。でもそれを見てた親方たちが助けてくれたんだ。」

「助けて?」

「だからレン、もう大丈夫。この人たちは味方だ」

何を言われてるかわからない。生きていた親友は、まるで人が変わってしまったようだ。

「何言ってる?」

「それにな!レン、俺見つけたよ!」

「え?」

「運命の絆!いたんだ!!」

衝撃が走る。何を言っているんだ?そんなものない。俺たちはユーザーなんて嫌いで、ユーザーなんて居なくなって良くて。

ユーザーのいない世界を作ろうって

「ユアー!!!」

「アックス!」

「レン、この子が俺のユーザー。運命の絆の」

変わらない笑顔の親友の横に駆け寄って立った髪の長い同い年ぐらいの少女。

声が聞こえない……

なんでだ?未だにみんなが苦しんでるのに。俺はずっと苦しかったのに。

お前が、願っているって思ったから、虚しい夢を思ってたのに。

なんで

なんでお前だけ幸せそうに


なんで!!!!


「ふっざけるな!!!!!!」


胸ぐらを掴み、叫んだ。

「何が、何が運命だ!!!眼を覚ませ!!馬鹿ゼフ!!!!運命なんてないんだ!!!ユーザーなんかに従ってんじゃねぇ!!!」

なんでそんなに笑っているんだ。

俺は、毎日食いしばって生きて来たのに。明日、いや数時間後には、痛みに狂い死ぬかもしれない恐怖に、耐えて生きていたのに。

「ふざけるな!!ふざけるな!!!なんで!みんなお前が!!お前が……お前がそうやって笑ってた間に……2人地下に……ナナは、10歳になれなかった」

「なっ……」

絶句した表情にまた、先程は別の涙が頬を流れた。

「なのに……何が!運命だ!!!!あぐっ!!??」

全身に走った痛みに、崩れ落ちる。

メンテナンスはいつ受けただろうか。4日前?1週間前?

そう言えば、遠征にも行っていた。

痛い。

ゼフの声が遠い。必死に名前を呼んでいるようだが。

痛い。痛い。

「レン!!!」

アックスの腕の中で崩れた身体に思わず駆け寄って腕を伸ばした。支えて

「レン!!!!」

初めて呼ぶはずの名前に、心が締め付けられる。

呻いて震える肩を見て、失ってしまうと思った。どうしたらいいのかわからない。

それでも、

「ニール、さん?」

「ダメだ。レン。目を開けてくれ、レン」

「ニール、落ち着け。コールを呼べ!!!」

「私行ってくる!!」

「親方……」

「レンの状態がこんなに悪いなんて」

遠くに声が聞こえる。

親友の声。もしかしたら、聴きたくなかったのかもしれない。

また遠くで声が聴こえる。

柔らかくて暖かい。名前を呼ぶ声。何故だか泣きたくなった。ずっと聴いていたかった。


「ニー……ル……」


何故か呼びたくて堪らなかった。

「ニ……ル……」

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