最終話 適当な想像を巡らせる。

 今野宮のお通夜がある葬儀場は、僕の家から歩いて十五分ぐらいかかる駅前にある。

 小泉は特に何も言わずに歩くので、僕は横にいる形でついていく。

 お互い、黙っている時間が数分ぐらい過ぎたところで、小泉は足を止めた。

 見れば、そばに小ぢんまりとした公園があった。住宅街に囲まれ、日中とかは近所の子供たちが遊んでいそうな雰囲気がある。

 でも、今は周りが薄暗く、いくつかある外灯が所々を照らすだけで、人気はない。

「休憩?」

「そうですね」

 小泉はうなずくと、公園に入っていった。

 僕も続き、中にあるベンチに揃って座った。

「寂しいですね」

「まあ、もう、夜だしね……」

「委員長さん、いなくなっちゃいましたね」

「だね」

「片垣くんは生きてると思いますか?」

「神前さんのこと?」

「はい」

「それは、まあ、生きてると信じたいかな」

 僕は答えつつ、数日前に橋の下で会った神前のことが頭によぎった。

「もしかして、知ってた?」

「何がですか?」

「神前さん、僕のことをつけていたこと」

「知っていました」

「そう、だよね」

 僕は口にするなり、なぜか、安堵のため息をこぼした。

「僕だけ、その、神前さんが近くにいたことを知っているのは、ちょっとね……」

「その口振りですと、他に話したそうなことがあるみたいです」

 小泉はおもむろに目を合わせてきた。

「鋭いね……」

「委員長さんと会ったんですか?」

 小泉の問いかけに、僕はあっさりと首を縦に振った。

「それは、警察とかに言ったのですか?」

「いや、特に」

「そうですか」

「もしかして、そのことを黙ってたの、悪かった?」

「悪くないです。というより、委員長さんと会ったこと自体、驚きです」

「神前さん、僕に殺すよう頼んできたんだよね」

「何て答えたのですか?」

「もちろん、断ったよ」

「それはよかったです」

 小泉はホッとしたのか、ため息をつく。

「もしかしたら、片垣くんが委員長さんを殺したのかと思いました」

「そんなことしないって。僕が好きな人なのに」

「そうですね」

「ところで」

 僕は小泉へ正面を向けた。

「ここに寄ったのは、単に休憩するためじゃないよね?」

「単に休憩するためです」

「ウソだよね?」

「何でそう思うのですか?」

「いや、その、今野宮さんのお通夜があるのに、こんなところで休憩するのは変だなあって」

「変なら、そう言えばいいと思います」

 小泉は言うなり、ベンチから立ち上がった。

「片垣くんは、これからどうするつもりですか?」

「どうするって?」

「このままですと、卒業するまで、ずっと周りのことを気にしながら、学校生活を送らないといけないです」

「ああ、そのことか……」

「何か考えでもあるのですか?」

「いや、特に……。だいだい、それで、最近は調子悪くて、学校を休みがちだったから……」

「このままですと、不登校になりそうです」

「そう言う小泉さんは大丈夫なの?」

「あたしですか?」

 小泉は振り返り、自分の顔を指差す。

 僕がうなずくと、小泉は両腕を組む。

「わからないです」

「わからない?」

「はい。周りの視線は気になりますが、それで、学校に行きたくないとか思うことはないです。といっても、こんな感じで日々を過ごすのはどうなのだろうと思ったりしています」

「つまりは、悩んでるってことか……」

「そうかもしれないです」

 小泉の返事に、僕は何かいいアドバイスができないかと考える。とはいえ、どちらかといえば、自分の方が深刻な状況なので、逆の立場なのかもしれない。

「いっそのこと、二人でどこか遠くのところに行く?」

「遠くですか?」

 首を傾げる小泉に対して、僕は「そう」と言いつつも、すぐに言葉が続かない。

「目的地は未定ということですか?」

「ごめん……」

「未成年の男女が揃ってそういうことをするのは、いわゆる逃避行というものです」

 小泉は言うなり、おもむろに僕の方へ手を差し出してくる。

「えっ?」

「行かないのですか?」

「今の展開だと、怒られるところだと思ったけど……」

「怒ってもしょうがないです。というより、あたしも同じことを思っていました」

「どこか遠くってこと?」

「そうです」

 小泉ははっきりと答えた。

 僕は片耳のあたりを指で掻いてから、「うん、よし」と自分に言い聞かせる形で口にする。

「その様子ですと、決意を固めたみたいですね」

「まあ、そんなところかな」

「それじゃあ、行きましょう」

 僕は小泉の声に応じる形で、彼女の手を握りつつ、立ち上がる。ずっと外にいたせいなのだろうか、感触としては冷たかった。

「これで、あたしたちも立派な行方不明者です」

「そんな大げさなことまではしたくないんだけど……」

「それなら、二、三日だけ遠出するってところですか?」

「いや、そんなお金、持ってないし……」

 僕が弱々しく答えると、小泉は「しょうがないです」と呆れたような声をこぼした。

「そういうのはあたしが何とかします」

「えっ? お金持ってるの?」

「ある程度の持ち合わせはあります」

 小泉は言うなり、ポケットから財布を取り出す。

「でも、まずはこの服装をどうにかしないといけないです」

「制服姿だと、確かになあ……」

「とりあえず、今からそれぞれ家に戻るしかないです。話はそれからです」

「でも、まずは今野宮さんのお通夜に行ってからの方が」

 僕が口にすると、小泉は間を置いた後、「そうですね」と返事をする。

「そうしないと、クラスメイトから怪しまれますから、仕方ないですね」

「仕方ないんだ……」

「仕方ないです」

 はっきりと言い切る小泉。

「では、行きましょう」

「ちょっと待って」

「何ですか?」

「その、手……」

 僕が声を掛けると、小泉はお互いの手が繋がっている方へ視線を移した。

「これが、どうしたのですか?」

「どうしたのって、離した方がいいかなって」

「嫌ですか?」

「いや、別に嫌とかそういうのじゃなくて……。ただ、歩きづらいかなって思って」

「あたしはそう思わないです。ただ、片垣くんがそう思うのでしたら、手を離してもいいです」

「いや、別に、それなら、大丈夫」

「そうですか」

 小泉は言葉を漏らすなり、歩き始める。僕は引っ張られる形で足を動かし始め、やがて、公園を出た。

 しばらく歩いたところで、僕は小泉と横に並んだ。

「小泉さんって」

「何ですか?」

「もしかして、僕のこと、好き?」

「何で、そんな質問をするのですか?」

「いや、何となく……」

「そう言う片垣くんはどうなのですか?」

「えっ? どうって……」

「はっきり答えられないなら、いいです」

 小泉はなぜか、不満げな表情をして、僕の方から目を逸らしてしまった。

 彼女の反応に、僕は戸惑いつつ、おもむろに夜空を見上げる。

「星、けっこう見えるんだなあ」

「そうですか? 山奥とかに行きますと、星はもっと見られます」

「そうなの?」

「そういうものです。それでしたら、まずは、そういうところへ行った方がいいですね」

 小泉は淡々と喋りつつ、前へ進んでいく。僕を見ようとせず。

 もしかしたら、神前もそういうところにいるのかもしれない。

 僕は適当な想像を巡らしつつ、小泉とともに、今野宮のお通夜へ向かっていった。

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僕が好きな委員長は僕にフラれたクラスメイトの子が好きなわけで。 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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