第32話 正直、大丈夫という状態でもない。

 家の外が薄暗い中、僕は学校の制服姿でリビングのソファーに座っていた。

 目の前にはテレビがあり、夕方のニュース番組が流れている。政治家の汚職事件やタレントのSNS炎上騒動が主な内容だ。

 で、途中、地元のニュースが男性キャスターによって、淡々と伝えられた。今野宮の遺体が見つかったことで、警察が色々と調べているといったものだ。事故と事件、両方の線で。

 僕は耳を傾けるなり、本当に今野宮は死んだんだと強く思った。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 見れば、妹の茉莉が不安そうに顔を覗き込んでくる。いつもの体操服姿で。

「えっ? 何?」

「今日、行かない方がいいよ」

「行かない方がいいって、ああ、今野宮さんのお通夜? でも、行かなかったら、なおさら、クラスで浮いちゃうから」

「でも、無理して行って、かえって、体調がもっとひどくなっちゃうよ」

「大丈夫だよ。茉莉が気にするほど、僕は弱くないから」

 僕は言うなり、伸ばした手で、小柄な茉莉の肩を軽く叩いた。

 茉莉が気にするのも無理はない。

 僕は神前と最後に会った翌日、学校を休んでいた。

 今日に至っては、昼前に早退しており、正直、大丈夫という状態でもない。

 だが、体がどこか悪いわけでなく、学校にいづらい感覚が原因かもしれない。クラスメイトらは僕や小泉の方へ相変わらず、訝しげな視線を送り、近寄ろうとしない。小泉の方は平気なのか、普通に朝、教室に入っては、放課後にはさっさと帰っていくらしい。

「お兄ちゃんがこんな状態なのに、パパとママは相変わらず、お仕事なんて……」

「それで父さんと母さんを嫌うのは、ダメだって」

「でも」

「そもそも、こうなったのは自業自得なところがあるかもしれないし……。だから、せめて、お通夜だけには顔を出さないと」

 僕は口にすると、ソファーから立ち上がった。

 と、電子チャイムの音が鳴り響く。

「茉莉が出るよ」

 茉莉はリビングの壁にあるインターホンの画面に駆け寄ると、「はーい」と呼び掛けた。

「ちょっとお待ちください」

 茉莉は声をこぼすと、僕の方へ視線を向けてきた。

「お兄ちゃん」

 茉莉の呼びかけに、僕はインターホンに近づいてみる。

 画面は、制服を着た小泉がじっと立っている姿を映していた。

「もしかして、あの時にお兄ちゃんを助けようと、警察に通報した人?」

「そうだね」

 僕はうなずき、改めて、インターホン越しで、小泉を見る。校舎の外階段で会った時と同じ不愛想な表情だ。

「出る? お兄ちゃん?」

「うん」

「無理しなくてもいいんだよ。嫌なら、茉莉が代わりに出るよ」

「大丈夫」

 僕は言うと、リビングに茉莉を残して、玄関先まで向かい、ドアを開けた。

「こんばんはです」

 小泉はぺこりと頭を下げた。

「こんばんは」

「大丈夫ですか?」

「それ、茉莉にも言われたんだよね」

「茉莉?」

「僕の妹だよ」

「妹さんですか」

 小泉は何回もうなずく。

「それで、大丈夫ですか?」

「何とか」

「何とかですか」

「小泉さんは?」

「あたしは大丈夫です」

「そうか。なら、いいけど……」

 僕は頭を掻くなり、どうしようかと戸惑ってしまう。

「一緒に行きますか?」

「それは、うん、よければ……」

「というより、そのために、片垣くんのところに寄ったようなものです」

「そうなんだ」

 僕が声をこぼすと、小泉は「では、外で待っています」と言い残し、玄関から出ていった。

「お兄ちゃん?」

 おそらく、隠れて見ていたのだろう、茉莉が後ろから近づいてきた。

「とりあえず、行くよ」

「無理しなくてもいいんだよ」

「大丈夫。僕ひとりだけじゃないから」

「さっきの人?」

「うん。小泉さんっていうんだけど」

「ふーん」

 茉莉は小泉がいなくなった玄関の戸を見ていた。

「お兄ちゃんの新しい彼女?」

「彼女でもないし、新しくもないって」

「でも、前に来た美人さん」

「あれは、クラス委員長」

 僕は言うと同時に、行方不明になった神前の姿を思い出した。

 神前は一体どこにいるんだろう。

 もしかしたら、今野宮を追って。

「いや、変なことを考えるのはよそう」

「お兄ちゃん?」

「とりあえず、行ってくるよ」

「うん、わかった。とりあえず、遅くはならないでね。夕食は茉莉が作って待ってるから」

「わかった。ありがとう」

 僕は茉莉に声を掛けると、学校の革靴を履き、玄関を後にした。

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