第31話 見た目と本質

「もう一度、その、言ってくれませんか?」

「わたしのことを殺してくれないかしら?」

「ウソ、ですよね?」

「ウソじゃないわ」

 神前は間を置かずに答える。

「もちろん、死ぬ時はちゃんと、片垣くんが関わってないようにするわ」

「そういうことじゃなくて……」

「好きな人を殺すことに抵抗があるのかしら?」

「それもそうですけど、何で、僕なんかにそんなお願いをするんですか?」

 僕が問いかけると、「そうね」と神前は口元に手を当てた。

「強いて言えば、片垣くんなら、わたしのこういうお願いを聞いてくれると思ったからかしら?」

「そうですか……」

「わたしのこと、嫌いになったかしら?」

「いえ、その、何というか、自分は神前さんを非難するような人間じゃないと思うので……」

 僕は言うなり、川岸のコンクリートに腰を降ろした。

「とりあえず、僕はそのお願いを受けることはできません」

「どうしてかしら?」

「好きな人を殺すことなんて、できないからです」

「シンプルな回答ね」

「だから、すみません」

 神前に背を向けた形で、僕は口にした。

 一方で神前は、僕の横にまでやってくると、同じように座り込んだ。

「片垣くんは優しいのね」

「優しくなんか、ないです」

「でも、断ったのは、わたしに死んでほしくないからよね?」

「それはそうですけど、だからといって、それがイコール、人間的に優しいというわけじゃないと思います」

「本当に優しくするのなら、わたしに死なないように説得するとか、そういうことを求めないといけないと思っているのかしら?」

「それがわかってて、何で僕に、『優しいのね』って言ったんですか?」

 僕が視線をやると、神前は川の方へ顔を向けているだけだった。

「片垣くん。クラス委員長のわたしはどうだったかしら?」

「えっ? どうって、男女からも人気がありましたし、その、完璧だったと思います」

「本当にそう思うのかしら?」

「どういうことですか?」

「人は誰しも完璧じゃないわ。片垣くんも、そして、わたしも」

「何が言いたいんですか?」

「片垣くんがわたしのことを『完璧』と言ったように、わたしは、片垣くんのことを『優しい』と伝えたことは同じということよ」

「すみません、イマイチ、意味が……」

「そうね。わたしを例えに出したのが悪かったからかしら。つまりは、人間、見た目と本質は一緒ではないということよ」

「ということは、神前さんは見た目完璧でも、本当はそうじゃないってことですか?」

「そうね。第一、わたしは、今野宮さんが好きだったわ。それで、彼女が亡くなると、学校を休んでしまうほど、悲しんだわ。それのどこに、完璧さがあるのかしら?」

「そう言われれば、そうですけど……」

「だから、わたしが片垣くんのことを『優しい』と言ったのは、見た目だけを判断してのことよ」

「じゃあ、僕は見た目、『優しい』けど、本当は……」

「それは、わたしにはわからないわ。わかってるのは、本人だけかもしれないわね」

 神前は言うなり、ゆっくりと立ち上がった。

「わたしはそろそろ、失礼するわ」

「どこに行くんですか?」

「家に帰るだけよ。もしかして、わたしのこと、心配してくれてるのかしら?」

「そ、それは、もちろんです」

「嬉しいわ」

 神前はわざわざしゃがみ込むと、唐突に、僕の頬に唇をつけてきた。

「神前さん?」

「わたしができるのは、これだけね」

 再び立ち上がり、神前は笑みを浮かべる。教室では目にしたことがない表情だ。

「あの、神前さん」

「何かしら?」

 気づけば、僕は腰を上げ、立ち去ろうとする神前を呼び止めていた。

「いずれ、学校に戻ってきますよね?」

「善処するわ」

 神前は答えると、背を向けて歩き始める。場からいなくなるまでの間、僕はずっと、後ろ姿を視界にとどめていた。

 神前はそれを最後に、糸が切れたように、ぷっつりと行方をくらましてしまった。

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