第9話 苦いけど青春だった
なお、この店でも陰惨ないじめを受けたのは、いうまでもない。これだけ、どこにいってもいじめまくられるのは、どー考えても僕にその咎があるというべきである。この店でのいじめの首謀者は「金田」という20代半ばの男で、その氏からも見当がつくが、在日韓国人か何かであろう。いやはや、こやつの性悪さには、かなり堪えた。しかもキャバクラの仕事なんぞというものは、他人の揚げ足を取ろうと思えば幾らでも取れる。
一挙手一投足、何をやっても金田にイチャモンをつけられた。「灰皿を置く音が五月蝿い」「お前のパントリ(酒を作る役)が遅い性でみんな迷惑している」というような小言を、目が合うたびにいってくるので、ウザッタクテ仕方の無い。金土日の超忙しいときに、トランシーバーで「早くしろよボケ!」とイチイチいってきたり、ムチャクチャな接客を命令して(在席している客を追い返せ!という内容)「そんなの出来るはずないでしょ!」と返すと「お前って客と店と、どっち側の人間なの?」などといって、僕を板ばさみに陥れて、グルの連中と嗤いあって楽しんでいる等など、、、。僕の先輩だからといって、やりたい放題されていた。
いや、しかし正直にいうと、僕の性格のほうにこそ、他者から暴力性を喚起させ、いじめを引き起こす病理が潜んでいたきらいがある。
ある日僕は、このクソ金田のいかにも在日然とした顔を馬鹿にしてやろうと企て、法令線をくっきり浮かびあがらせた、憎たらしー顔で「あんたの顔、気持ちわりぃんだよ☆」といってしまったのである!。大失敗。この事件が、憎しみの焔の源になっていたのは明らかである。こんな小僧は痛めつけられて当然。息が詰まるような雰囲気のなか、朝から晩まで働く生活がそのまま1年くらい続いた。転機は添田店長が六本木に栄転することになった時である。その頃には僕は添田さんにはムチャクチャ可愛がられるようになっていた。つまり添田さんがいるから、働いていたようなものだったのである。あっさり辞めることにした。
こうして僕は、いつのまにか17歳になっていた。2003年から4年の間はすっかり中野の街に潜りこんでいた。あの1年間は、その時間の大半をキャバクラの店の中で(四六時中立ちっぱなしで)過ごしていたことになる。毎日の楽しみは、仕事からヘトヘトに疲れて帰ってきて、温かい布団に入る瞬間だけだったような気がする。誰とも仲良くなれなかったし、致命的に社会性が欠如しているので、それを改善しようとする、人間らしい知恵が何も浮かばない。
、、、友達が1人も出来なかった。そういえば、ある年上の同僚と何気ない会話をしているときに「お前、友達が欲しいだろ?」と皮肉っぽくいわれたことがあった。俺ときたら他人との距離のとり方が、どこかオカシイのだ。誘った気の強いキャバ嬢にデート中に「キモイ」とはき捨てられたこともある、、、「お前は一生童貞」ともいわれた。しかし、これっだけ言われたい放題というのも何らかの才能なのかもしれん。
寝るときにウォークマンで音楽を聴いているときが一番、幸せだった。その頃、何千回も聴いていたのがSly & the Family Stone の「暴動(There's a Riot Goin' On)」というアルバムである。マイルスデイヴィスを凌ぐ天才と讃えられるslyの哀しい歌声が素晴らしい。それも、ただの半端な哀しさじゃない、汚物まみれになってむせび泣いているような、、、クッソなさけない哀しさなのである。アルバムのなかに「Just Like a Baby (赤ちゃんみたい) 」というワルツ調の曲があって、心に染み入る。曲中の「赤ちゃんみたい、、赤ちゃんみたい、、」というルフランが、グイグイと聴く者を自閉へと誘う。
キャバクラのシフトで「半休」という、まる12時間ほど自由の身になる休憩があって、そのときは高円寺にあるレンタルCD屋に歩いて通っていた。”スモールミュージック”という珍しいCDが揃っている店があったのである(いまはもう潰れている)、、、当時、90年代の代表的な批評家である佐々木敦が物した「ex‐music」と「ソフトアンドハード」という2冊の大著に記されているアルバムを、片っ端から借りて聴いていく、というのがマイブームであった。
スモールミュージックで借りたアルバムをさっそく聴きながら、中野から高円寺の間をテクテク歩いていく。音楽如何によって風景の印象も変わる。同じ道を歩いていても、moodymannの「ブラックマホガニ」を聴くのと、じゃがたらの「南蛮渡来」を聴くのとでは、まるっきり見えるもの、機微が違ってくる。江戸アケミの歌はやけっぱちな調子で、気分はファンキーなルンペンプロレタリアートといったところ。ジムオルークの「ユリイカ」は、もっと夢想的、ロマンティックな気分に浸れる、夜の音楽である、中野の住宅街にある小さな公園がマッチする、、、
あの頃はそういえば、若くて足腰が丈夫だったな、とも思う。12時間つっ立っている仕事を終えて、店を出たら(そのあとに寝たら時間がもったいないから)寝ずにそのまま遊びに出発。それから中央線沿いの街街を歩き渡っていた。中野から西荻窪の古本街まで歩いて往復するのもへっちゃらだった。中央線沿いの駅はどこも線路付近だけが栄えていて、いったん線路から離れて奥に行くと田舎の住宅街と変わらない。案外コンビニも少ないし、延々と道路と一戸建てばかりの風景、、、バスだけが頼りという感じで、ほんとなにもかもが、僕の人生とは徹底的に無縁だ。もうあそこらへんには、今後二度と立ち入ることはないだろう。
荻窪も何故かよく行く街のひとつだった。あそこの商店街には、穴場的な美味い飯屋がたくさんある。「あもん」という中華屋のチャーハン、餃子の「宝舞」、名前は忘れたが、焼き魚の定食が美味しい店もあった。NTTデータが入っている藤沢ビルという大きいビルがあって、その隣にあったラーメン屋の丸長というのも、むちゃうまかった。ラーメンとちゃんぽんの合いの子のような独特の深いコクのある一品。通っていたのはもう15年くらい前の話だが、まだあそこはやっているのだろうか。
A little-brain-human おまるたろう @omaltarou
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