死後カメラでやりたいこと
ちびまるフォイ
父さんずっとこれが撮りたかった
娘が死んだ。
酔っ払い運転の事故で死んだ娘は今やニュースでも報道されず、
周りの人も「終わったこと」として処理してしまっている。
でも、からっぽの娘の部屋を見るたびに面影を思い出しては
おえつが湧き上がってくるのを誰も知らない。
休日は家にいると辛くなるので当てもなく歩くことが多い。
今日はふらりと電気屋さんに寄った。
「お客さん、なにかお探しですか!?」
「なにって……別にないですけど」
「こちらのヒーターはいかがですか!? 寒くなるこの時期にぴったり!」
「いえいらないです」
「でしたら、こちらのカメラはいかがですか!
今ならポテトもついてきますよ!?」
「カメラね……」
どうして生きている時にもっと娘を撮らなかったのか悔やまれる。
「お! カメラが気になりますか!
実はこのカメラ、どなたでも幽霊をばちっと収められる優れもの!」
「ははは、本当かよ」
ふざけてカメラを買って娘の部屋を映した。
デジタルカメラには死んだはずの娘の姿が克明に映し出されていた。
「まさか……本当に……いるのか! そこに!」
声は聞こえない。俺に霊感なんてない。
もう一度シャッターを切ると、娘はたしかに映っていた。
「いるんだな! ここにいるんだな! あぁまたあえて嬉しいよ!」
カメラに中にいる娘は少し成長していた。
「お前……見ないうちに大きくなったんだなぁ。
親が見てないうちに子は育つというけれど本当だ」
カメラに映っていた娘の位置にいって頭の位置に手を置く。
まだこの場所にいれば娘の頭をなでている構図になるはずだ。
「そうだ、ツーショットしてみよう」
カメラを自分に向けて娘と映した。
が、データには娘だけが映っていて自分は映っていなかった。
『死後カメラは特殊性で生身の人間は映せません。
なので、まちがって旅行先に持って行かないでくださいね。
楽しい思い出がただの心霊ツアーになりますから』
店員の言葉が頭をよぎった。
このカメラでは死んだ娘しか映すことはできない。
それでも十分だ。
死後カメラを買ってから俺の日常は大きく変わった。
「おはよう、そこにいるのかい?」
朝食卓でパシャリ。
向かいの席に座る娘が撮影される。
「今日はもう遅いからおやすみ」
夜は寝室でパシャリ。
布団で眠る娘が撮影されている。
何度も撮影しては生前のぶんを取り戻すようにプリントアウト。
娘のさまざまな表情の写真がコルクボードをいっぱいにした。
死後カメラを手放すことはなくなった。
ある日の朝。
「おはよう。今日の寝癖はどんなかな?」
食卓につくといつものようにパシャリ。
娘の顔を確かめるも、どこにも映っていなかった。
「あれ? まだ寝ているのかな?」
娘の部屋でパシャリ。映っていない。
洗面台でパシャリ。映っていない。
玄関でパシャリ。娘はいない。
「まさか……取りすぎてカメラ壊れたのか!?」
死後カメラの故障はすなわち俺と娘の接点の消失に等しい。
慌てて電気屋さんに修理を依頼した。
「お願いします! すぐに直してください! すぐに!!」
「あの、お客さん。冷やかしならやめてください。
このカメラぜんぜん壊れてないですよ……?」
「そんな馬鹿な!? だって娘が映ってないんですよ!?」
「ああ、そういうことですか。わかりましたよ。
お客様、もしあなたが毎日写真撮られたらどう思いますか」
「どうって……毎日は嫌ですね」
「そういうことです。あなたの娘さんは年頃の子なんでしょう?
相手は幽霊である前にあなたの娘さんなんですから大事にしてください」
「それじゃ娘はどこへ……」
家にダッシュで戻って隅々まで写真を撮ったが娘は映っていなかった。
死んだ娘の姿が見れるとはしゃいで取りすぎてしまった。
後悔してももう遅い。
ふたたび娘を失ってしまう恐怖がのしかかる。
「おーーい! どこにいるんだ! パパが悪かった!
頼むから出てきておくれ!! どうしてもやりたいことがあるんだ!」
何度かシャッターを切ったけれど娘は映らない。
完全に家出してしまったのだろう。
幽霊の家出なんて見つけることができるのだろうか。
悩んだ末に霊媒師に頼むことにした。
「むむ! 見えます! 見えますぞ! あなたの娘さんは部屋にいます!」
「いえ、部屋は探した後です」
「……え? じゃ、じゃあ公園にいるのが見えます!」
「娘とよく行った公園も行きましたよ。でもいなかったからここにいるんです」
「え? じゃ、じゃあ……」
「もういいですよ!! このインチキめっ!!」
「今日はお腹が痛いから本気でなかっただけだし……」
小学生みたいな言い訳をする霊媒師を突っ返してあてもなく歩いた。
気が付くと、近くの小高い展望台にやってきていた。
「懐かしいな……ここにも来たっけ……」
手すりが高くて娘がくぐろうとしたのを「危ない!」と必死に止めた記憶がある。
あそこで止めても止めなくても娘が死んでしまうなんて皮肉な話だ。
パシャッ。
懐かしさのついでにシャッターを切った。
撮影された写真には懐かしそうにしている娘が映っていた。
「ああっ……!! 見つけた……! ついに見つけたぞ! 探したんだからなっ!!」
娘に嫌がられるとわかっていても写真を撮る手が止まらない。
「パパはまたお前と会えなくなると思うと怖かった。
でも、またこうして出会えて本当に良かったよ」
娘は写真の中でなにか話しているように口を動かしていた。
でも何をいっているのかはわからない。
ちょうどそこに若者がやってきたのでカメラを渡した。
「すみません。ここで記念撮影をお願いしてもいいですか?」
「はい。わかりました、任せてください」
若者は快く受けてくれた。
「じつは……どうしても撮りたい写真があるんです」
「そうなんですね。なにか特別な方法で撮ったほうがいいですか?
これでもカメラの腕には自信あるんですよ」
「いえいえ、そのまま。そのままで大丈夫です」
俺はそっと足を踏み出した。迷いはない。
若者があっけにとられている顔が印象的だった。
パシャッ。
若者は俺の落下後にしばらくしてシャッターを切った。
出来上がった写真にはずっと撮りたかった娘とのツーショットが映っていた。
死後カメラでやりたいこと ちびまるフォイ @firestorage
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