③嫉妬なんかじゃないんだからしねっ
不祝儀なことに加川と同時に入室した。エレベーターの裂け目を裂傷して私が遅れを取った所に加川はのらりくらりと歩いていた。この三ヶ月でここまでの縮尺は初回だなと唾棄しながら後ろに続いた。加川の方は見ない振りで、私は見るはずない独立した生活で、白い机に収まる。
十六時五十三分。愛用していた駅の本屋の特等席に不倫され、少し待った結果痺れを切らして早々にここへ来た。けれどやはり同級生が会話を咲かせる中勉強するのは集中できない。あの椅子だったら我が家と同然なのにと雑念が舞う。しかしよりによって加川と重複したか。駅から校舎の間ですれ違い私だけ認識の仲間外れ、という危険性を孕んで嫌気が差す。
だから体操着の入った荷物はお尻の空席に供えて、トイレに逃げ込むことにした。室内の人工的な印象に感染するように、質素な動きでレストルームに入場。見る限り個室の鍵は食欲を失くす青色で、この狭さに私一人になる。よしじゃあスカートを下ろそうと率先するのではなく、顔を洗うのを兼業しているので先にそうする。朝の清掃から無頓着な顔は色んな味の汗が保湿していて酸鼻だから。
すると洗面台に水遣りする隣、ぼけた硝子に黒い円柱が透過した。タイミングからして私が蒸発したと知るはずなのに、よもや察知できないあるまいによちよち入ってきたのは加川だ。これから言語を学ぶと言う割の読解力に頭の改築を推薦したいのだけど、独活は動物みたいに側近の個室へがちゃりと閉じた。排泄しかやることないような人間だなと同情して、水気を取り舌打ちしてまた逃走した。
とは言え加川のことは保健体育の時間くらい白眼を剥くだけであり、清白な気持ちで単語帳を黙読していたら真横を通ってきた。鈍感少女志向なのかなと鋭く黙殺して座ったまま足踏みした。五時の鐘が警笛すると冒頭の小テストが配られ、前を見ればぼぅっとする加川の後ろ姿に素直に冒涜して紙面に知識を披露し始めた。
短い休憩を挟んで開演した授業の時々、顔を上げては加川の後頭部が通り魔になる。串団子にしてダーツに旅させて遠くの墓地に飾る魔法を夢見る。現実の加川は白紙の黒板にただ向かい目尻をぱちくり間抜けしている。煩悩を構成するのが吉田のみの頭を生残させるなら生き方も掴めないで自分を主人公だと妄信し、また思い込みすらしないなら私にとって悪の黒衣だし、遺ることなく遺影に撮られるだろうしね。通塾を譲る代用に寡黙を学習するかその尻切れた性格に酔ってないで手術すればいいのに、加川は加川を脳卒中させる様子を見せない、周りに弄ばれる淡彩の単純な人形姫であり続けるね。金槌で修復してあげたいところだけど加川に触る趣味はないため私は加川に翻弄される受け身訓練はしてなく私の中のブラックリストに登録して危うい時に備えるだけだから。
そうこう論破して私としては連続して欲しい所、十分間の休憩時間が立ちはだかる。途端に加川が斜めに立ち上がり二つ隣の席に移植する。吉田も起立し二人がぶつぶつ何かを口にしながら示し合わせた風にトイレへ連れ添っていく。膀胱をシェアハウスしているきっと隣同士便座を温め壁越しに密室で声を潜め洗った手の水滴をかけて鏡に濡れた前で楽しみながら愛撫でもしてるしね。だけど加川を省略した部屋は動物園に殺虫剤を撒いたも同然なので少し安堵していた二分を終えて白い制服と紫の花柄は難民でないのに帰ってきた。吉田の真後ろに接着剤して鹿肉みたく私の組んだ脚の踏切を通りすがる加川が最前列に戻ると椅子を引っ張り出して吉田の胸の前に安心する場を求愛するようにくらり乗る。「寒くね」ポイで掬った安い言葉を空調を犠牲に語りかけた。加川の機知が富んだ発言にそばだてれば転げ回れば齧れるアキレス腱をそうしてみたい遊び心に火がつくし加川が席の前で目立って私は加川のとうもろこしを尊敬した声を単語帳に熱中してベルトコンベアに流すしね。声優加川の悪質な声を録音して自分の耳に吹き替えたらうっとりするかもしれないしね。私は私の世界で発音してると吉田の机の上にだらしない棒状の腕を組んでぐったりともたれかかる加川がにやにやしながらぽたぽたと垂らす生産性のない停職させるのがよい戯言の中に、聞き逃せない二十文字が語られた。
「あたしが近付くと不機嫌になるんだよね」
首を何故もげないのか傾ける加川が雑音に紛れてそう言った。勿論誰がそうなるのか指差し確認はしない卑怯者の加川に吉田が私には聞こえない小声で何かを言うと加川は次の九文字を口から出任せた。
「もう諦めたから」
私が加川を見ないのとは格差がある加川が私を見ないで吉田に熱視線を送ったその瞬間に私はその言葉を単語帳を捲るし反応するし「もう諦めたから」反響するし「もう諦めたから」反芻するし「もう諦めた」意味を尋ねるし「もう諦めた」完全に把握するし「もう諦めた」加川が言うしね「もう諦め」しね。は?しね。は?はーーーーーーーーーーーーーー?
おい加川てめーお前みたいなお前が諦めてるとか適当に口にするなおいしね。諦めたとかお前がいつ私を諦めない時があったのかと私が諦めるべき対象であるのかとお前が諦めたところでお前の人生に希望なんてないことを言えよしね。感情任せでいい加減なこと言ってんじゃねーぞしね。お前如きが諦めたとか言ってんのは命を賭ける覚悟と強靭な意志のある人が凄惨に負傷して初めて諦めることに比べれば程度が低すぎるからお前なんて命を捨てろよしね。お前は他人に同調してスラングを使用したり同じ規範に当てはまろうとするだけの量産型モデルに過ぎないんだからしね。おいしねよ。しね。お前の言うのは諦めてるじゃなくて関係を絶つで真に関係を絶ったのは私でお前は関係を絶たれて爛れて私から見放された飼い主不在の寄生植物。加川お前は生きてところで歴史にも残らなければ人の記憶にも残らない光合成する価値のない野垂れ死ぬのみの魂の抜けた雑草。光を浴びるな影で生きろもやし。お前の市場は日々呼吸することを意識せず過ごす情景が想像にお買い得だからしね。
するとまた加川の声が「難しいやつなんだよ」と鳴った。私に影口飛ばしてきた。ほう。難しいか難しくないか、それが私の実質を捉えてると言えるのか。ということはお前はさぞ難しくない悩むことがない易しい人生なんだろう。そう主観で括り付けてやろう。私がお前を定義するのはこれが私の世界で私に則すべきだから正しいに違いないのでお前は正しくないと思い続けてあげようしね。じゃあ私はお前の主観を切断する為にお前の連絡先を今すぐ通報した。一生吉田と話してろ。
今思えば加川の性格は何?駄洒落が好きとか調子乗らないで欲しいし、そんなどうでもよくて誰でもできること趣味ましてや生き甲斐なんて粋がらないで欲しいしね。まさか本気で面白いとでも思ってんのか。加川の暇で単調な生活様式の象徴でしょ。そして自分のことが可愛いとでも思ってんのか。普段の歩幅の狭い歩き方から独特振るその喋り方から食べても食べても太れない体質の主張から何から弱々しいことを可愛らしいとでも思ってるのかしね。高校進学で眼鏡からコンタクトに変えたのは憐れで中途半端な自意識が鏡の前で「あぁやっぱりわたしの顔可愛いな」と思ったからだろうね。お前のそう言った性格の全てが私にとって面白さと可愛さの最低に位置してるからしね。永遠に無表情で生きろよね。それかずっと泣いて。
いーいーいーいー加川の尿管結石みたいな声は教室で響く。周りにとって大人しい印象であるとしてもそれは音量の問題で吐き出す内容は騒々しいに足る。しかし吉田が居なければ誰とも喋らず頭垂らして教科書読んでる外見を作る。他の誰の席にも自分から行かない交わらない。吉田が教室に居れば吉田の方だけ。ひたすら毎回吉田の方だけ。吉田さえ居ればいいとか思ってる。しーね。もし吉田が居なくなればお前は死まで独走できるね。その時になればお前は懺悔するのかしらね。
加川は吉田に固執する前、私は胸焼けを催すだけのお前の端麗な顔立ちで男から難破のように誘われたこともあったね。その際あろうことか私にどうすればいいとか聞いてきたしね。あの頃から流されるしかない生きる価値の無さを展覧させていたんだしね。お前がどうしたいとも思えないならじゃあしね。お前みたいに何となく交際して結婚することが適切だとか思ってる人が愛がどうだとほざくのだろうね。
休まらない休養が過ぎ去ると異なる講師の授業が始まった。すると中盤、講師が既習の項について過去に指名した者を確かめる際吉田の名を出した瞬間、加川の髪が揺れた。滅多に見ない左を向いて吉田にじっとりと七秒間注目した。その加川の笑った横顔がとても気持ち悪かった。加川の髪型が菌糸類に近似して膨らむお前の髪型が。スレンダーではないスケルトンであるお前の身体が。全貌が気持ち悪いしね。理性で否定した上記に追記で感情によりお前のことが気持ち悪いしね。長袖のワイシャツに着せられて寒いなら寒いまましね。学生服に着せられて肩幅広くして私の意識を壅塞する背中しね。マスク付けて予防とか説明するなら弱いお前より強いウイルスにお前は負けて衰弱してしね。お前に髪の毛は要らないから坊主が似合うだろうから頭切れ。体育のバレーでふざけたサーブ打ちやがってしね。絶望するか恋人のスキャンダルに脅えて家の隅でしね。
キモいと聞こえる。はぁ誰かに向かってお前が言ってるの。気持ち悪いのはお前だし。気持ち悪いのお前が一日に何度も視界に入るなし。お前の言葉と声と態度が気持ち悪いしね。吉田の元へ気のある表情をしながら小刻みに棒立ちに歩くいつものお前おいしね。ねぇ棒。性格も身体も棒なんだから誰かに折れちゃえばいいよお前。お前の見る景色は吉田だけで終わればいいよ。学校辞めなされ。本当に何もないもんね。加川はさぁ。
まじでしね。お前の声がソプラノで免疫に障るので死んでください。お前個人的に死んでくだされ。し、しね。しししし、ししし、しししし、ししし、し死しし、ね。しね、し、し、ししし!ね。し、しねー。し、しっしし、しねー。しね。ノートに書く。授業用ノートに死ねと書く。死ねとずらずらと、ばれないように静かにだけど筆圧を搾り取る。ページに積もる秋の落ち葉。お前がこの願いに準じろって、何回も言ってるのにぃ。何回も思ってるのにぃ。
それなのに加川は可愛いと評判を呼ぶ。それをこいつは内心で自惚れている。しかし加川に期待するのは勘違いだ。皆加川の表面を見て内面を買い被っている。加川の中身の無さは私が、この中で誰より知ってる。加川とのどうでもいい過去から導かれる。切っ掛けは過程に過ぎない。
だってお前が悪いんだから。修学旅行中、お前が私を置いてそいつとばっか話していたのが悪いんだからしね。
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帰りは誰よりも早く階段を使って帰りました。
《十一月編》百合短編集 いろいろ @goose_ban
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