②コスプレパーティ1
「もしもーしっ……亀よぉ亀さんよぉ」陽気な恋人の挨拶と童謡が立て続けに聞こえる。
「こんばんわ」
「ちょっとー、乗ってくれよぅ」電話口からむくれた口が突き出す。
「何と仰る兎さん」
「それ二番ね」
ピョンピョン、とうさ耳ポーズを取ってるのかは電話口からは分からないけど、乗り心地に満足気な化猫。
「亀に喩えられたわたしの気持ちに比べたら些細な問題さ。わたしの動き、そんなに遅いかな……って悲しくなっちゃうんだぞ。あぁそうだ、遅いと言えば、明日何時待ち合わせにする?」
「極めて自然な流れで本題をぶっ込みましたなぁ」
寒胆しそうなほど簡単に感嘆する化猫と示し合わせるのは、今月末開催のあの行事のこと。
「開始時刻っていつだっけ?」
「毎度午後四時からだな」
「ランチ食べてから参加でいいんじゃない」
「じゃあ十二時頃か」
「午前中に起きるのしばらくぶりだからあたしが間に合う保証はないけどね」
「そこは頑張れよ」
けど確かに化猫と昼前からデートしたことはない。家に泊まりに来た時も泥みたく寝てる化猫を結局起こさず添い寝してた。
「楽しみだなぁパレード。噂で聞いてただけで参加するのは初めてだからなー」
「こういうのは高校生の内に満喫しておきたいしね」
仮装してるとは言えあまりじろじろ見るのは犯罪臭を撒いてしまうし、同じ学生として対等な部分がある今の時期に楽しむ方がいい。もっとも仮装してしまえば年齢職業不問だけど。
「いや大人になっても行こうよぅ、
「………………うーむ」
まぁ将来的に催されるのであれば地域交流の名の元に参加するだろうけど、それを化猫とまで確約するのは想像に難しいな。保険をかけておきたいのは山々だけれども。
「ちょっと、何でそこで渋るのっ」突如ぷんすか不満を露わにする化猫。
「なんて、嘘だよ嘘。卒業しても一緒に行こう?」
割と真剣に考えていた悩みは、むしろ全部が嘘みたいな揶揄いの種にした。我ながら女ったらしである。過去付き合っていたガールズはこういうので離れていった訳だけど、仕方ないじゃない法律が厳しいんだから。ただ今回はその反省を活かしたい。
「当たり前じゃんっ」語気は落とされた子獅子のように荒々しくする化猫だけど、その裏には浮き立つ口角が伺える。空想のパラメーターに好感度の振込みを察した。付き合い始めて半年経てばこのくらいできるもの。
「もう、南瓜は格好いいんだから、色々気を付けてよね。浮気しないか心配だよ」
「しないよそんなこと」
浮つく相手が対等だからこそ浮気であり罪悪感やら背徳感やらが宿ると思うというのは置いといて。ところで度々格好良さを抽出されるわたしだけど、子供受けとか考えたら可愛い方が好ましいかとか気にしてる。だからせめてバイト先は見た目だけでも華やかになれるような職種に決めてみたのだ。年齢層を特定するあたしなのだ。
「じゃあ明日、もし学校の人に会ったとしても勝手に声掛けないでよ」
「はいはい」
「声掛けられても無視してよ」
「ほいほい」
「悪戯されてもお菓子はあげないでよ」
「うんうん…………ん?うん、んんん」
最後のは微妙に謎めいていて消化不良だけど、まぁいいか。
「結論として、あたし以外を五秒以上見詰めたらだめだからね」
「それは無茶な気が…………出来る範囲で」
結論が独り立ちして孤独死しそうな化猫に配慮して誠意を見せる。しかし大変なことになってきたね、横になりながら目を上に剥く。わたしはまるで他人事。
「絶対だからね」
言質を取って安心したのかはたまた決心したのか化猫は、ふんっと鼻を鳴らす。生後六ヶ月のカップルの相棒ならあと一押し信用してくれたら有難いのだけど、中々管理の行き届いた恋人でいらっしゃる。しかしわたしも自分の行いに絶対の自信があるので、信念同士が相殺されてちょうどいい感じである。
「話を戻すと、待ち合わせ場所は例のバス停降りた所?」
「話戻されると、そこにしよ?でもきっとバスの中とか人多いんだよね。気を付けてよ、痴漢とか。変な人いっぱいいるんだから」
「心配症なの嬉しいけど、言ってることが母親みたいだぞ」
全く恋仲なんだか親族なんだか。とは言えこの喧騒の中物騒なことは多いからね。特に稚い幼児を狙った事件の数々。いやー本当注意しないと。
「母の心を知りたまえ」 威勢を貼る化猫を聞いて、ああそうだこっちは虚勢を張らないとと思い出す。
「そう言うけど化猫も同じだぞ。お菓子上げるからって唆されてもわたし以外に目移りするなよ。化猫だって可愛いんだから」
一方的に気を遣わせるのは破局の源なのでレトリックを活用してみる。すると化猫は「お、おうよ、任せた」と言いながら心中赤面した。はずだろう。末尾には若干他意が入ったけど化猫は留意しないようでほっと一息。
「……えーと、服装は、あらかじめ仮装した状態で家を出ればいいの?」
動揺で喉を潤した後、今度は化猫が尋ねる。その筋の達人と言ってもいいかもしれないほど経験豊富なわたしに比べて、化猫はこう言ったイベントについて履歴書が真っ白だから。
「そうそう。一応着替える場所も用意されてるけど、開始前はまず使えない。人口密度高過ぎて。帰りは使えるだろうから着替えは持って行ってもいいけど、片道でも往復でもどうせ衆目の集め具合は変わりないだろうし。まぁ明日は市民も無礼講ってこと」
「なるほどー」
「見たことないの?仮装してる人」
「駅前方面ってあんま行かないから、わかんないなぁ」
「まぁそうか」
学校は駅とは逆方面だし。住めば都であるように住まなければ井の中の蛙なのだ。しかし未だに駅前デートすらしてないのは如何なものか。わたしはともかく化猫はいいのかねと思ったけど、まぁそれ故の明日のデートなのかもしれない。何にせよ地理情報に疎いのは高得点をくれてやろう。
「そういや聞きそびれてたけど、化猫明日何になるの?」
「それ言ったらネタばれだよぅ。会ってからのお楽しみ……!」
「そうかー」
本当に楽しみにしてるんだなぁ。わたしとデートすることを心から。申し訳程度に申し訳なくなった。いやまぁわたしだって心待ちにしてるけど。防犯ブザー鳴らされそうなくらい。
「わたしはズッキーニのコスプレするよ」
でもそんなことより補填の為、予告をしておくことにした。計画は鉄壁より完璧にしてこそ、心置きないというものだ。
「あとズッキーニらしく大人しく振る舞うから」
「……な、何で言っちゃうのよー!ていうかズッキーニらしくって何よー!明日直接会って答え合わせしたかったのにぃ」
化猫の態度がにゃあにゃあから一変、むきーうきーな猿になる。ごめんごめんまだ決定事項じゃないよ、キュウリになるかもしれないしトウガンになるかもしれないよとか言ったら溝が深まるだけだと判断して言い止める。
「どうどう落ち着いて。どっちかは相手の姿を知らないと、待ち合わせに困るでしょ?」
「む、ぐぬぬ、確かにそうだけど…………」
悔し涙ぐんで「ズッキーニ……何でズッキーニ」と復唱する化猫を宥めつつ、現時点で把握できていれば理想だったなぁと惜しく思う。一流選手は準備の量が物を言うから。
という訳で「ズッキーニでも食べて、元気出せよ」と激励した後、ランチの場所や時間、パレード前後の暇潰しスポットについての方針固めに移る。議事録をカレンダーに書記していると、この学生真っ盛りの時期に祝祭の定義が日曜日と一致することの稀少さを思った。何せ曜日と日付は、閏年では六年後つまり閏年の二年後、閏年の一年後でも六年後つまり閏年の三年後、閏年の二年後では十一年後つまり閏年の一年後、閏年の三年後では五年後つまり閏年に一致するものであり、今年が閏年の一年後なことを踏まえれば前回は十一年前になる。但し百の倍数で四百の倍数じゃない年はわたしには無縁だから省いてるけど。十一年前のわたしは小学一年生だ。当時から同世代の温かみに気付いていれば近所のお菓子鷲掴み大会の興奮度も倍増していただろうに。一体次の六年後になってもわたしは収穫祭に興じるのか。二十八年間で四回は経験できる有休要らずのイベントを残り何回過ごすだろう。
なんてどうでもいい計算のクリアボタンを押すようにカレンダーを千切る共に、意義深い相談は終了した。化猫との未定な予定が決定した。どうせもう使わないから、この一枚は預けることにする。
「明日、たくさん楽しもうよ」
「うんっ…………ずっきーn」
「それじゃおやすみ」
「ああっ、お、おやすみっ」ぴっ、電波を断ち切る。
これで無事、約束を取り付けられた。二人の経路を大まかに掌握できた。今年は念入りだ。今までの、学校帰りの飛び入り参加で隣に彼女を携えながらの遊歩とは違う。別れがちなわたしの一端が明かされた気がするけどそれはいいとして、同じ学校に通うと揶揄われて嫌だと泣き散らしたこいつに頼るとは感慨深いものである。
夜も更けてきた。
上で盗聴してるこいつを叩き起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます