《十一月編》百合短編集

いろいろ

①麻痺るの作者

目覚まし時計になった振動が谺響するのでこの時間が来たかとベッドに平行な体勢で悟る。見舞いのヒロインと名付けた秋里が小部屋のをぎゅれりるれゅスライドして顔を現す。容態を案じて物音控えた声と動きがあたしの鉄柵に近付く。受け容れるからあたしは化学繊維を開いて秋里の方に見入る。黄ばむバックを指で折り曲げ何かの言葉を飛ばす秋里に、辛うじて理解はできるけれど秋里の顔の方がわかり易い。今はこうして話せているように天気の内晴れた状態だけどいつ暴雨を興すか例えば夜中の訪問客が容態を悪化させるかもしれない。忌むことで個室でこの上ない二人きりの至福を紛らわせながらいると子供の頃好きだった果物が脇に置かれた。

不登校の青春を送った先にあるのは落書きの派生と話す機会を持つただ一人、編集の秋里。最初の面会で期限を厳守すると誓って以来直面せずに精神的な一人暮らしをしていたが持ったのは半年で今居る場所は白さが敷く布団の中。通信を絶った二週間後という二重に間抜けな季節に秋里は病院の呼び鈴を指挿しあたしが遠慮した修学旅行から帰る奴らの抱える量とは真逆のはずの身軽さで楽観視の視線をくれた。お土産くれなきゃ悪戯したいとあたしも浮ついて伝えたら次から持参するようになり誰から教えてもらったのかその大きな木の実が袖机に乗っかって手が届く。あたしにはあたしだけに限らないだろうけど好き嫌いがありあたしの場合それが激しくそれは食べる用の生き物にも人間にも抽象概念に対しても通したことが言えてどちらにないことが大幅である中好きに信じることが核心を突き過ぎる分嫌いなものが数多い。だからこそ今のあたしがあるんだと安心もしつつこの赤い皮を包丁で剥ぎ取っている似非看護師さんは花占いをすれば奇数番に当たるほどには鬱陶しくなく療養の身に優しい味となっている。そんな風にバッグ色の花托を口で壊して秋里と他愛も決してなく話す。

ここは病室。死に向かうあたしの殻。であるから面会拒絶しようという時に押し切られたのはあたしが編集部の特別扱いなのかまたは秋里の役回りか。秋里が実はあたしの過去作から見透ける様子を立場の下に会うし愛してるという短編を自動的に描いて頭のゴミ箱にぽい捨てた。作らなくなった病人は他人事を考えない容量に自分しかないことをプレゼンしても退出願えず世話の焼ける娘だと思ってるのはどちらだろう。秋里は一年間付き合っただけあってあたしの素より少ないけれど言葉遣いを拾い集めていてその心は秋里に自分がないこととある前提で隠してることなど考えてあたしはそれより林檎を食べ切った。秋里に爪楊枝を丁寧に逆向きに渡してあたしがゴミ箱との合流を求めると嘘ついてないだろうに針一本飲むように咥えて酸っぱくて美味しいとこっちを向いた。あたしが動きたくないのに味を占めてあたしの唾液と樹液を吸うなって週一で同じことを言う。

昔より頭が良くなって日々あたしの為だけ暮らすのにあいつのせいで一瞬で精神が切り替わる時が多々ある。秋里は毒にならない薬局であり新薬を臨床してくるだけだからまだ良い。最たる先進は死ぬことだと思うけど。フルーティな昼ご飯から嫌気を射す日射しが幕引く頃、秋里がお暇するわとカーディガンをぱたぱた叩いてあたしはまた明日会うと思ってばいばいを省いた。秋里の服にいた経歴を持つ繊細な繊維は手入れが無職で専属ナースでも雇いたい絨毯と受粉した。自分で喩えておいて軽度に苛ついたのはどうしてなんて暇な思考に現を抜かす。そうして病室に窓を見つめる振りしてあたしが残った。午後三時の秋空に眠った。

目が覚めて夜になる。あいつが来る。階段を留めなく家族面が上ってくる。家族自体大した意義を過信してないけど。退勤後の一仕事や入院費を賄うことで優位になり機会な機械を買い与えたことを偉そうに思っているのかそいつは土足で侵入してきた。入った瞬間会議を持ちかけ院内を批評し院外へ出るよう指図してベッドの隅を掻っ攫う。命令があたしをパラドックスさせていると知ろうとしないそいつの今週のコーナー。あたしの為だからと建前建築してこいつの為にこいつが強いるこいつの都合。怒り時々可哀想振る雑多な性格、好き勝手泣いて適当に認めようとしてあたしが間違いを正して間違ったことを気付かないこいつが感情的な銃を撃つ。こいつはあたしを蛙にして井の上から蛇になろうなんて思うようだと理解した。なら死ね、死ね、死ねあ。いつまでも死ね。あ、は。あたしのパソコン触んな。あれれあれれそんなことする。ぐしゃぁー。林檎のいた皿が潰す潰す遺品へ化す。顔や布団などに破産して手がたくさん濡れた。八つ当たりに八つ裂き、それはどうでもいい。こいつは喚いているけどどうでもいい。破壊しろこいつを。破壊しろこいつを、破壊しろこいつを壊しししししししししね。ししししししししししししししししししししししし。

午後二時になる。はぅぅベッド。はぁ。布団に吸血されるようにそれを認めながらくつろぐ。掃除はしないで自然に預けた。あいつは鞄を振り回して扉に八つ当たりしてのさのさ帰っていった。親として親身過ぎた教育は入院生活の枷であり糧ではなかったということだ。床の奥には血痕が残っているけど飛ばした破片が血管の欠陥を実現したのかどうか。何なら目元や喉元でわかり易く傷口を解説したかったけど。あぁでも久しぶりにここまで盛り上がったかも。あいつのこと考えただけで、ほら何かあの向こうの壁に投擲したくなる。同じ他人でも秋里を思い起こせば雲泥の汚泥が見透ける。だけど手元には四角い機械しかないから暴力があちこちから湧いてくる勢い利用してあたしは現状を記録しよう。この力強さであいつを握り締めてあげよう。昔の書き方から程遠い散らばった文字達が踊る踊る文章が感情と理性があいつの成り立たない感情を宙に浮かせ。一言一言吐き出して目玉を剥いで本能をだだ漏れにしてゆく。そして三十分のピークを精神が過ぎた時、あたしは再び眠った。

一夜明けて憑き物は変質した。一時の躁状態が永眠したように無意識に交代されたように心が落ちた。内側から自分の姿かあいつの影か分からない憂さがここに巣つく。空から刺さる雨のように突然しかし空気と連続してる煙のように必然そして肺の空洞に入り浸る癌のように依然とあたしが諦めとは違って理性の隙間なく負担が重い現象。これはあたし自身の思いと言えるのかこれが精神か。だとすれば精神がもうだめだ。病床に臥して寝ていたい。誰かあたしを心配しろよ。ぎったぎたにするから。だったら何も言わないで、あたしをこれ以上悪くしないで。あぁ。あぁーーー。精神の重力に潰されたマットレス。ずるずる何処までも引きずっていると唐突に、気持ち悪さが起こった。身体全体が気持ち悪くなった。科学とか心理学とか省略して心身どっちかさえ自分でよく分からないのにどうしてかすごく気持ち悪い。気持ち悪い。ありふれた吐き気や物体への感想ではないこれこそ生理的嫌悪と言えるような類を自他共に見ることのなかった少なくとも今までは、気持ち悪いと思うことしかできない。理性と感情を越えて強制された、誰に強いられたって神様か逸脱を禁ずる生物の規定がまだ現実的かもしれないけどそのような意志では操れない潜在意識の働きみたいな兆しが離れてくれない。離れずずっとずっとずるずるとずるずると気持ち悪い。気持ち悪いことに冒涜すると更に気持ち悪くなりそうで大人しく気持ち悪さに命を捧げてみる。そうやって顰んでも潜めない気持ち悪い状態に悪応していくにつれ気持ち悪さの真相というか定義が読めてきた。

それは世界とあたしの分離。現実世界とあたしの想像する世界のあたしの中での決定的な違い。虚構と現実が位置ずれして気持ち悪い。気持ち悪い現実を虚構にできない世界に対して気持ち悪い。気持ち悪いから虚構を現実にするのだけど現実は虚構のあらすじを通らない。現実と虚構の棲み分けが確立してしまった双方で現実に身を置き虚構に移り住みたいあたしが虚構を優先しようとしてこうなった。虚構が敵わない現実への免疫反応だと思えてきた。あたしがしてきたことは虚構が現実より優れていることを伝えることだと言い換えられた。それでも誰もが現実しか見ないのであればいっそ全部ごちゃごちゃに混ぜて区別なんてつかない必要もない世界になるのがいい。慢侮してきた虚構に恐れ戦いてあたしのように抽象的な苦痛を味わえ。もっともあたしはその逆でそれが現在の正攻法だと思うけど。

発端はあいつ。あいつがいなければ虚構通り進展していた。なのにあたしの航路に荒波立てて。虚構を蔑視されて。うぅ……うぅぅ。うっー……うぇ、ははは、ありゃありゃありゃありゃありゃっ。えへ、えへっへっへぇ。…………やだぁ。やだぁやだぁ。これいやぁ。このまま痛いよっ。あたしはもう死ぬかもしれない。

だから虚構を見つめた。虚構を信じ込み現実とは一切関係ない世界として目を開くとこの病室に本物の病院らしさが色付き、おまけに看護師が扉の向こうに座っていた。体調は気持ち悪さの安寧から離れた代わりに頭蓋が鈍重に頭の中が窮屈に感じたけどそれは良いことに思うのでこのままにしておいた。この白っぽい内観の部屋で虚構になった頭で考えることは結局景色などの簡単に移り変わるものよりあたし自身のことだ。あたしが世界の中心に違いないんだ。過去の経験は全てあたしの伏線であり敵であり横スクロールゲームで言う所の緑亀程度。まぁこんなのは現実でも現役だったけど。ただ今まで伏線を回避したり中途半端に敬意を払ったりしたのがコンテニュー無限な虚構ではそう言った徒労が要らない。桃色の姫と結婚まっしぐら。

すると半開きだった扉がレールを削り、予定にない秋里を視界が捉えた。当然中一日という危険な登板に関して。結婚願望だってある訳ないけど。虚構世界でも放置した歯みたいに黄色いバックを持つ秋里があなたの親から呼ばれてとか何とか言って領地を荒らす。次いで地面の罠に仰け反るけれどそんなことより「きちんとナースと受付したのか」と問うと「何それ」と言う。「あー分かってないなここはあたしの世界なのに」と空の吹き出しに書いたら秋里は荷物の横に「は?」を設置した。あたしは漫画好きだからその影響かなと思いつつ、けど秋里が訪れたのは好都合かもしれないと発想した。ここで現実的な不安要素を虚構から遠ざけられたらあたしの世界は百パーセント中の百パーセントになれるしここは虚構で秋里はあたしたる作品に包まれているからできないはずがないからやる以外ない。全くあたしとこの虚構に惚れ惚れする。「お前も作品だよね?」今日も赤い球とそれを刻む用の金属を取り出した秋里にスケジュール沿いに訊く。別に質問に拘りはなかったけど秋里の顔は思案通り硬直した。その不意をついて枕を発射台にし布団を盾と目隠しにしながら瞬時に棒立ちの秋里にダイブして暗闇の中あばあば錯乱する秋里の手から銀色の凶器を強奪した。やむを得ず握る部分が食い違って食いちぎって左手の手相が犠牲になったのは流石に無傷は厳しいと言うところだけどまぁ切れ味を保証してるということだし生憎ここは病院なので負い目はない。虚構は敵無し。あたしは紅潮した包丁を持って、慌てて逃走しようとするや布団に足を絡ませ一回転するようにずっこけることで急がば回れを斜め上から表現した秋里にもう一度同じ文を眼先に打つ。秋里は冗談じゃないと思ったのか今度は冗談を演じる間もなく訳わかんないなどと呟きながらバックを扉にぶつけて出ていった。

この病室は観客の出入りが過激だなぁと心情を綴ってゆっくりゆったりベッドに帰郷する。要約すれば秋里を脅して帰らせた。仮に立ち向かってきたら戦うに尽きたけど虚構はあたしが勝つからどっちでもよかった。虚構だから何をしても自分の思い通りにできるのは非常に嬉しい。ちなみにさっきのはお前もあたしの作品の一部に過ぎないよねという意味だったのだけど伝わらなかったみたい。今になって秋里には秋里の作品があるかもしれないなぁとも思いかけたけどやっぱり気にしない。あたしにとっての秋里はどっちつかずだから。脇役は別に要らない。重要なのは籠城する限り叶わなかった凶器が入手できたこと。これで虚構が円滑に進行する。虚構だから当たり前だけど。敵役のあいつをフェードアウトさせられる。間違いを映し出すあいつを晒し首に。虚構は真理のみを描写し続けることが最優先されるべきだからあいつを追放したい。あいつを殺して刺して殺して刺して刺して皮剥いて兎の形に彫刻してパイにしてジュースにしてっとあらあら虚構なのに張り切り過ぎた。虚構だからと言って楽になる訳ではないのか。気楽にはなれるとしても。何はともあれあたしの作品に一文字さえ不条理があったらいけない。それならその作品に価値はない。作品はあたしと完璧に一致した世界を描くようにしないと。目処が立ったら、ナースと二人だけで生きていこう。


十三日後の真昼になると、世界はどんどん虚構になっていた。病室の白さは掴みどころがなくなり視力が現実には悪く虚構には良くなった。充満し始めた匂いには関心がなくなりあらゆる音がどうでもよくなった。虚構に感覚は不要みたいだった。あたしが司っていた理性その他諸々も虚構の前に朽ちた。どんどん虚構になっていた。床に落ちていた物はいつの間にか無くなっていた。それを抱えていた誰かも来なくなった。虚構‎だからに違いなかった。ナースが配膳台を運んでくるかと思っていたら笑いかけるだけで何もしなかった。それもまた虚構だから従うべきだと思った。仕方なくあの果実よりは美味しくないけど十日前に捌いた刺身を食べていた。それは虚構に反してないと思った。それ以来食べ物がなくてナースは食べれなくて食べることは現実だから虚構に合わないんだと納得した。どんどん虚構になっていた。どんどんあたしが、どどどんどんどんどんどんと。あたしは虚構に何処までも。どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん。

あたしの作品ここまで。

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