第5話「勇者は笑えない。」
私とベレー帽の少女は本屋の正面にある喫茶店にいた。
お金がないことを正直に話すと、彼女の方で出すので心配しなくていいといわれた。男のくせに情けないと思われるかもしれないが、そもそも私はいつもホテル代をルシアに出してもらうような男だ、おごってもらうのに抵抗などはない。
「それで、またなんで、こんなおじさんをつかまえてお茶など。」
私の目の前にはコーヒー、彼女は紅茶を注文していた。喫茶店の雰囲気は現代の日本とほとんど変わらない。ただ、喫煙が自由なうえ、分煙もされていないのでややたばこくさい。
「あの、わたしマイリーって言います。お名前をうかがってもいいですか。」
ああ、これは失礼をした、名乗りもしないなんてサラリーマン失格である。
「私は浜勇作です。ええと、赤丸という会社で課長をしているのですが、もちろんわからないよね。」
そういって、私は名刺を取り出して、マイリーに渡した。
するとマイリ―は驚くように言った。
「や、やっぱり勇者様なのですか、浜さんは! さすが見た目が違う人は、やはり中身も違うものなのですね。」
し、しまった。名刺には勇者の肩書が入っていたのだ……。これは痛恨のミスである、こんなに恥ずかしいことはない。
「いや、すまんそれはちょっと印刷のミスでそうなっただけで、私は勇者などではないのだ。」
慌てて勇者であることを否定した。企業戦士ではあるものの、私は勇者などではない。もっとも夜の勇者とはよく言われるのだがな。
「ああ、違うのですか。でもよく浜さんと同じような格好をした人が、勇者としてこの世界に派遣されているって話を聞きますよ。だから、もしかすると勇者様なのかもしれないと思って声をかけたのです。」
さっきもそんなことを聞いたが、どうも私以外にも似たような恰好をしてる人間がいるらしいな。そもそもやはりここは、異世界ってやつなのだろうか。
「あの私は実はまだ状況がわかっていないのだが、ここは一体どこなのだ。日本ではないのだろうか。君たちが話してるのは日本語なのだが。」
「ニホン?ニホンではないですよ。ここはアサマっていう国です、様々な世界の冒険者達が集まる国です。ニホンって国に聞き覚えはないですね。」
やはり、異世界なのだろうか。まだ大仕掛けのドッキリな可能性もあるが。
「あの君もひょっとして魔法を使うことができたりするのか。」
「ええ、もちろん。」
そうやっていうと、テーブルに置いてある私の手の甲に向かって、マイリーは指先から水を発射させた。ぴちゃっと、手の甲にかかって冷たかった。すぐさま、もっている布で、マイリーは手の甲をぬぐってくれた。
「ごめんなさい、かけちゃって。私は水を操るのが得意なので。」
マイリーはクスっと私に微笑んでいった。
なるほどさすがにこうも連続して手品師がいるとは思えない。
はぁ、どうやら本当にこれは異世界ってやつなんだな。
まったく、悪い夢であるなら早く覚めてほしいのだが、こうなった以上さっさと現実を受け入れるのも、商社マンとしては大切な素養だ。
考えようによっては、スワジランドに出張した時よりはよほど受け入れやすいというものだ。
「……マイリーちゃん、よければ少しこの世界について詳しく教えてほしい。」
わたしは、ハンカチで私の手をぬぐった彼女の手を握り、目を見て、そうお願いした。
「……あ、ああっ! はいもちろん、知ってることならなんでも答えますよ。」
手を触った瞬間、マイリーは握った手をびくっとさせてそう答えた。
ああ、反射的に手を握ってしまったが、悪いことをしたな。
私はすぐさま手を放し、彼女に尋ねた。
「まず、勇者というのは何なんだろうか。君の話だと何人かいるようだが。」
どうもえらばれた一人というわけではなさそうである。
「ええと、勇者というのは、浜さんのように異世界から来た方で、魔王を倒す不思議な力を持ってるといわれてます。あくまで、伝説というか言い伝えというか、古くから伝わる伝承のようなものなのですが……。」
根拠はないとでも言いたげだな。自信なさそうにマイリーはそう話す。
「だが、正直私は君のように魔法を使えるわけでも、力が強いわけでもない普通のサラリーマンだ。とてもじゃないが魔王など倒せない。」
魔王がなんだかはよく知らんが、字面的にはとても強いのだろう。
自慢じゃないが、私はケンカすら一度もしたことがないのだ。危ない者には近寄らないようにしている。
「そ、そうなんですか?魔法使えないんですか……。でも魔王を倒せるのは勇者だけらしいのです。勇者の力がなければ魔王のバリアは破れないといわれてます。」
バリアーとか持ってるのか?なんだか昔やったRPGを思い出すなあ。光の玉とか使えばきっと何とかなるんじゃないかと私は思うのだが。
「で、他の勇者はどうなったんだ。できれば会いたいのだが。」
もし会えれば協力して、元の世界に変える方法を見つけられるかもしれない。もしかするとこれは、どっきりかもしれないし、同じ立場のやつなら真相を知ってるかもしれないしな。
「……存じません。まだ冒険中の方もいれば、命を落としたという話も聞いたことがあります。」
「……死んだだって!?なんだよ、やっぱ魔物とかいるのか?本気で?」
死んだという事実に私は少なからず動揺する。
こんなふざけた遊びに命を懸ける気など毛頭ない。
「ええ……、もちろん魔物はいます。それを駆除するために我々冒険者はいますからね。私も魔物を倒すことで生活しています。放っておけば街はすぐ魔物で埋め尽くされてしまうでしょう」
な、なんてことだ。
命をかけなきゃいけないのか。いいや、そんな必要はない、別に私に魔王を倒す義理などないのだ。何もアクションをしなければ、私に会いたくなったルシアが元の世界に引き戻すだろう。
わざわざ、危険なものに手を出すほど私は愚かではない。
そんな風に考えていると、胸ポケットのスマホが、着信を教えるために震えた。
相手はあいつしかいるまい。
ルシア『わたし、部長と遊ぶことにしたから。』
LINEにはご丁寧に部長とのツーショット写真が私に送られてきていた。
ルシア『それから、そちらの時を止める限度は2年ね。2年たったら現実世界の時は動き出すわ。』
ルシア『ふふふ、浜課長失踪ってなったら、みんなどうなるかしらね。失職、離婚、全部あるわね。戻ってくる頃にあなたの場所があるといいけど。』
くっ、ルシアの奴め。どうしても私に魔王を倒させる気か……
勇者、浜勇作 ハイロック @hirock47
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