電車のマナーは守りましょう!(三太の場合part2)
「今回皆さんに話合ってもらいたいテーマはこちらです!時間は10分。タイムキーパーや司会などの役割を決めず、自由に意見交換を行って下さい」
可動式のホワイトボードには丁寧な字で議題が書かれている。今日は「電車内のマナー向上」の方法についてグループで話し合い、1つの結果を報告発表するという課題のようだ。
挨拶や自己紹介もまともに出来ぬまま、早速議論に移った。グループには黒スーツを着た男女が合計で六人。格好、髪型、スッと伸びた背筋。右を見ても左を見ても同じ格好。まるで鏡に映る自分を見ているような感覚になった。
電車に乗っている時の、マナー違反を複数挙げてみないか?と提案したのは隣の席の男の子だった。なるほど、とすぐにリアクションを取り、準備されていたメモ用紙を手元に寄せたのは目の前の女の子だった。
会議席の角で、僕は何も出来ず相手の出方を伺っていた。グループディスカッション対策ビデオでは、新奇で目立った発言よりも空気を読むことが大切とあった。変に目立つよりも、流れを汲み取ることに全神経を集中させた。
「満員電車なのに降車時に入り口付近で邪魔する」
「車内で酒や飲み物を飲む」
「新聞や雑誌を開いて二席を独占するおじさん(都市伝説だと思っていたが、敢えて突っ込まない)」
「電車内で化粧をする」
「イヤホンの音漏れ」
などが続々とリストアップされていく。なお、僕は通学電車が満員だったことなどほとんど経験がないから敢えて、何もコメントしなかった。電車で不満があるとすれば冬に暖房が効きすぎて乗り物酔いすることくらいだ。
僕の対角線にいる女が頭をブンブン振りながら話を聞いていて、それが気になって話が半分ほどしか頭に入ってこなかった。話す人の顔を穴が空くほど注視していて、無理やり作った笑顔が怖い。
「三太さんはどう思いますか?」
隣の席とは思えない声量で名前を呼ばれた。突然振られて変な声が出そうになる。
「あ、えっあの〜いいと思いますよ」
「じゃあ賛成、ということでいいですか?」
「はい」
些細な会話を交わしただけで、どっと汗が吹き出る。きっと物怖じせずに意見を出せて、このような場面を上手く取りまとめることのできる、まさにこの隣の男のような人物が会社には求められているのだろう。僕は一気に心が冷めてしまった。
「電車で化粧をすることはマナー違反か?」
僕は全くそう思わない。だって、そんな人みたことない。酒を飲んで千鳥足で車内に駆け込んでくるおやじに比べれば、不快に思うことなどこれっぽっちもない。(酔っぱらっても構わないけど、匂うから僕から離れていて欲しい。)
だけど、ここにいる皆の意見として「電車内における女性の化粧問題改善策」を発表提案することになった。僕は心にないことを人前でスピーチすることになった。
「電車内で化粧するなんて、同じ女性として恥ずかしいです。よく見かけるのはOL風の社会人女性であって、学生のような若い子はそんなことはしない。TPOをわきまえて行動する、ことは社会人として当たり前のことだと思います。」化粧が薄い女の子が言った。
「でもその人にだって電車内で化粧しなければならない理由があったと思うんです。例えば予定になかった勤務が入って急遽出勤、とか子供が体調を崩して準備する時間の余裕がなかったから、とか。」ディスカッションに遅刻してきた男の子が言った。
「確かに。事情を知らないのに勝手に決めつけるのは禁物だと思います!」頭を上下に振る女の子が同意した。
「ならば何故、その女性が電車内で化粧をする必要があったのか。その理由を話し合って考えていきましょう。」声の大きい司会担当の男の子が言った。
「それよりまず発表の順番とかどうします?早めに決めないとそろそろ時間無くなっちゃいますよ?」時計をしていない女の子が言った。
「そうですね。どうしましょう。」僕が本日二回目の言葉を発した。
…この調子だと、就職の内定をもらえるのはいつになることだろうか。
クリスマス”繁忙期”に静かな約束を。 仁司じん @tatatara
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