4 英雄機巧技師は隠居したい

 リルの隠居騒動は大事にはならず、幕を閉じた。

 今日も彼女の工房では派手な作業音がドッタンバッタン奏でられる。


「リル、大変です。今しがた、工場で何者かが暴れたらしく、機巧ロボが数体破壊されたと通報が」


 研磨機をぎぃぃぃんと鳴らしていたリルに、ジョルジュが声をかける。作業の手を止めたリルはマスクを外して声を荒げた。


「はぁぁぁ? 一体どうやったらそんなこと起きるっての」

「さぁ……行ってみなければ分かりませんね」

「もう、しょうがないなぁ……行くよ、ジョー!」


 手近にあった工具を片っ端からブーツやベルト、帽子に差し込んでいく。ジョルジュの服にもあれこれ突っ込み、二人はバタバタと工房を出た。


「最近、楽しそうですね、リル」


 丸いフォルムの車に乗り込み、ジョルジュが言う。

 リルはアクセルを踏みながら「はぁ?」と素っ頓狂に返した。


「そんなことないし。夢の隠居生活が遠のいて超残念なんですけどー」


 ふてぶてしく口をすぼめて言う。

 それから彼女はちらりとジョルジュの顔を窺い、彼の微笑を確認した。


「……まぁ、あなたがまた壊れたとき、私の才能がなかったら困るしね……それまでは現役でいてあげる」

「生涯現役宣言ですね、分かりました。ノエルに伝えておきます」

「伝えなくていい!! 違うから!! あーもう、やっぱり仕事やめたいぃぃ!」


 リルの絶叫に耳を塞ぐジョルジュ。彼の安堵の笑いが、リルの声に紛れ込んだ。

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4番街のアンべシル 小谷杏子 @kyoko

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