【 ペン闘士(クリディエイター)】

淺羽一

ペン闘士(クリディエイター) 第0話

 いかにも貧相な体格の若者が、悲壮な顔で極太のペンを握った半裸のマッチョに土下座していた。ペンの頭には馬鹿でかいウェイト(重り)が付けられており、超極太マッチョの腕には血管が浮いていた。


「お願いです"神"よ! 私に絵を描く力をお与え下さい!」

「顔を上げなさい、若きイラストレーターよ。あなたは本当に、プロのイラストレーターになりたいのですか?」

「はい! 私はあなたのような一流の絵描きになりたいのです! だからどうか、その秘訣をお教え下さい!」

「そうですか。良いでしょう。ライバルが増えることは大歓迎です」

「それでは!?」

「ただし、あなたは厳しい訓練に挑む覚悟がありますか?」

「はい!」

「では、今日から筋トレを始めなさい」

「……え? あ、いや、私はあなたのような『絵描き』になりたいのであって、決して『マッチョ』になりたいわけでは」


「馬鹿者!」


 マッチョが大声を上げ、鋼鉄製のペンがボキリと折れた。重りが床に落ち、若者の顔の真横に穴が空いた。


「ひぃっ!」

「あなたの手を、指を動かしているものは何ですか? それは筋肉です! ならば、筋肉を鍛えることで、あなたは今よりももっと自由自在にイメージを描けるようになるのです!」


 立ち上がって二頭筋をアピールするマッチョ。対する若者は焦り顔。


「し、しかし! 専門学校の先生は、むしろ『繊細な動きに支障をきたすから、あまり重たいものを持って力を付けるな』と言っていましたが……」

「ふふ、愚問ですね。筋肉を鍛えればそもそも『重たいもの』など存在しなくなるのです」

「はっ!?」

「しかも筋トレは脳を活性化させ、次々に素晴らしいアイデアを生み出してくれるのです。さらに、筋トレで体を鍛えれば肩こりや腰痛、体力不足など、絵描きを悩ます諸々の症状も全て解決」


 マッチョが体をひねって背筋をアピール。


「まさか、筋トレにそんな効果が!?」

 思わず感動した表情で立ち上がる若者。マッチョは空を仰ぐようにムーンポーズ。

※ムーンポーズ……空に浮かぶ月を両手で受け止めるかのように、腕と胸を大きく広げて天を仰ぐポージング。


「私も昔はあなたのように未熟でしたが、筋トレによって今の実力を手に入れたのです」

「そ、そうだったのか!」


 若者もつられてムーンポーズ。体はとても細い。しかし表情は明るく、瞳からは涙を溢れさせていた。


「さぁ、行きましょう。あの二頭筋の高みへと」

 マッチョが腰に両手を当てて大胸筋をびくんびくんと震わせる。

 若者は直立不動で、

「はい!」


 向き合う師弟の背後には、めちゃくちゃナイスなマッチョの笑顔が浮かんでいた。



 流れゆく日々、筋トレの日々、絵を描く日々。

 ジムでの筋トレ、家での筋トレ、絵を描きながらの筋トレ。

 プロテインを飲む、肉を食べる、タンパク質を補給。

 絵を描く、筋トレ、重りをくくりつけた腕で絵を描く。

 肉を食べる、

 筋トレ、

 絵を描く、

 肉、

 筋トレ、

 絵、

 肉、

 肉の絵……超リアルなやつ。


 日を追う毎に、若者の腕に筋肉が付き、徐々にペンを動かす速度が増していく。

 やがて彼は猛烈な勢いで絵を描きまくれるようになり、明らかにイラストの完成度も高くなっていく。

 そうして、いつしか――



 ふんどしだけを腰に巻いた半裸のマッチョが二人、崖の上に並んで海を眺めていた。

 イラスト業界で「神」とあがめられるマッチョと、彼に弟子入りした若者マッチョ――略して「若マッチョ」だ。


「立派になりましたね」

「はい。それもこれも師匠、全てあなたのおかげです」

「あなたは辛い筋トレも頑張りました。今の実力は、あなた自身の努力の結果です」

「師匠……!」


 感極まって泣く若マッチョに、「師匠」と呼ばれた神マッチョがめちゃくちゃナイスな笑顔を向けた。


「師匠はもう終わりです。これからは、あなたも私にとってライバルの一人です」

「はい」

「そして、それと同時に、あなたは次の夢見る若者達を導く立場になるのです」

「心得ています」


 神マッチョは笑うと、どこからか巨大な重りの付いた鋼鉄製のペンを取り出した。


「表現の自由、著作権、税金対策……。これから、いよいよ我々が守るべきものも増えてきます。そしてその時こそ、我々のようなクリエイターが自ら戦わねばならないのです」


 神マッチョが差し出した鋼ペンを、若マッチョが受け取った。

 若マッチョの腕にずしんと重さが伝わる。

 と、そこへいきなり、神マッチョが自らの鋼ペンを振り下ろした!

 

 だが、若マッチョは間一髪、それを受け止める。

 轟音と共に、足下の岩場に巨大なヒビが入った。


「ペンは剣よりも強し! そう、我々の未来は我々の手で描き出すのです!」


 神マッチョが叫び、腕と背中が膨張(パンプ)する。

 若マッチョが叫び、腕と背中が膨張(パンプ)した。


 鋼ペンでつばぜり合いをするマッチョの全身がいよいよ肉の塊と化して、筋肉に太い血管が走った。

 背景の空に、かつてローマのコロシアムで戦った「剣闘士(ただし手には剣の代わりに"ペン"を持っている)」の姿が浮かんでいた。



〈ナレーション〉

「かつて、この世界から自由と想像力が消えそうになった時代があった」

「しかし、そんな中で立ち上がる者達がいた」

「強大な権力や勢力にも怯まず、己の肉体とペンを武器に世界を守った者達」


 横に並んでポーズを決める、マッチョ達のシルエットが浮かび上がる。


「それは絵心のあるマッチョ」


 バッキバキの肉体を持ったマッチョ(ビキニ姿の女性もいる)達が現れる――


「歴史は彼らをこう呼んだ」


 【 ペン闘士(クリディエイター)! 】

                   〈了〉

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