第3話
翌日。朝起きて、寝ぼけ眼で学校に行く準備をして、自室からリビングに降りていくと、そこにはいつもどおりまつりがいた。僕を見て、挨拶をした。
僕も挨拶を返して席につく。朝食を食べて、歯と顔を洗って、二人そろって学校に向かった。
道すがら昨日の話をして、何かしなくてはならなくなったら、その時はまた相談に乗ると伝えた。正直に言えば、乗るだけでそれから先は何もできないかもしれないけれど。
「相談に乗ってくれるだけでじゅうぶん嬉しいから」
まつりがそう言って微笑んだ。
「それよりもまずは期末テストを乗り切らないとね! よろしくお願いしますよー、星河センセー!」
校門が見えてきて、それと同時に時計も見えてまつりは目を見開いた。
「ってやば! 朝練始まっちゃう!」
調子のいいことを言ってまつりが僕の前を駆けていく。こんなに寒いのによくあんなに元気なものだと感心する。数メートル先にいるまつりが僕の方を振り向いて何か言おうとしたその時に、僕は少しだけめまいが起きて思わず目を瞑った。
目を開けるとそこにまつりはいなくて、まるで夢でも見ているような気になったけれど、そんなわけがないから、自分に教室に向かった。
がらりと窓を開け放って換気がされている教室で、窓から入る風を時折うっとうしく思いながら最近買った小説を読んで朝の時間を過ごしていると、朝練を終えたまつりがやってきて、隣に座った。
「朝からもう疲れたよー」
と机に突っ伏したまつりに、僕は母さんから預かっていた弁当を差し出す。
「母さんから」
がばりと起き上がって、目を輝かせて、ありがとうと言うといそいそと弁当を食べ始めた。ついさっき朝食を食べたばかりだよなあと思い出しながらその姿を眺める。さすがは健啖家だ。
まつりが弁当を食べ終えて片付け終えたあたりで朝のホームルームの時間がやってきて担任の青島先生が教室に入ってきた。蜘蛛の子を散らしたように静かになっていく。
そこでようやく違和感を覚えた。何も不思議じゃないように思えていたし、そう見ていたけれど、おかしい。
あのとき、まつりが消えたように見えたのは気のせいでも夢を見たのでもなく、事実なのだと理解した。冬空の下にいたはずの僕はいつの間にか夏空の下にいる。
みんなの服装も夏服だし、窓から入ってくる風は温くて困る。カラリと晴れた青空は夏らしい。
どういうことだろうと困惑する僕の横でまつりが伸びをした。よく眺めている光景だ。張った胸を眺めて気づかれないように視線を流す。まつりは僕の方を眉間に皺を寄せながら見る。それが一連の流れだ。プロのようなテクニックゆえにきっとまつりは見られていることにすら気づいていないだろう。だから今日も視線がそう動いた。慣習のような、まつりが伸びをすれば僕は眺めるという最早条件反射になった行動を取った。けれど今日はそのとおりに行かなかった。
隣にいたはずのまつりは消えていた。
意味がわからない。よくわからない。僕の隣には誰もいない。意味がなく机が置かれているだけで、そこにはその机の使用者はいない。ついさっき、僕が視線を向けるその時までそこにまつりはいたはずなのに、視線を向けたその先は空があった。
担任の声も、それに対応しているであろうクラスメートの声も、何かしらの音として耳には入ってくるけれど、意味を成していないように思えた。
僕は今まで誰を見ていた。僕は今まで誰を追いかけていた。そんな疑問に答えるように、微かに、けれどはっきりと、僕の耳元に声が聞こえた。
「私が宇宙人だったらどうする?」
答えは出た。
「宇宙の果てまで追いかける」
そう言葉にしたとき、僕の世界がふわりと浮かんだ気がした。
バイバイフロート、ハローソーダ 久環紫久 @sozaisanzx
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