バイバイフロート、ハローソーダ

久環紫久

第1話宇宙人がいるとしたら

 自宅近所の小さな公園の冷え切ったベンチに腰をかけてかれこれ数分押し黙っている。冬真っ只中の夜はダウンジャケットを着ていてもひどく寒い。

 せっかく買った缶コーヒーもとうに冷えていた。ホッカイロの代わりだった時間はあっという間に過ぎて、今では指先の体温を奪うほどだ。

 マフラー越しにもれた吐息が白んでは夜空に消えていく。

 今にも雪が落ちてきそうな寒空は星がよく見える。そんな空をなんとなしに眺めていた。

 冬の星空は空気が乾燥しているから見やすいとか、日照時間が少ないので残照がなくて見やすいとか、その程度の情報は知っているけれど、じゃああの夜空に光る星々を線で紡いで何座になるかとかそんなことはあまり分からなかった。

 隣には幼馴染の空野まつりが座っていた。部活帰りの制服姿なので、コートを着ているとはいえ足元が寒そうだった。健康そうな太ももを眺めていると、鋭い視線を感じた。ちらりと見ると頬を赤くして眉間に皺を寄せていた。また星空に視線を移す。

「変態」

 唇を尖らせて言われた。ぐうの音も出なかった。確かにその通りだ。押し黙って太ももを見ていたらそれは変態だ。

 黙っている僕に、まつりが顔をずいと寄せて尋ねてきた。

「何か言うことないの」

 何かと言われても何もないから黙っているのであって、思春期の男子たるもの性欲の権化だとそう開き直り気味な思案の結果出た言葉は、

「寒そうだなと思ったんだよ」

 というずいぶんと苦しい言い訳だった。

「そういうことじゃなくて」

 まつりがむすりとした。困った。そういうことじゃなかった。

「どう思う?」

 どうと言われても返答に困っているから押し黙っているのであって、そんな風に重ねて尋ねられたからと言って答えが出るわけではない。

 そもそも今日の放課後に帰宅部らしくいつも通り自転車置き場へ悠々と向かっていると体育館へ向かうまつりに呼び止められてあとで話があると言われたのだ。冬だし外は寒いし、お互いどちらかの部屋で話そうと提案すると公園で内密に話したいと逆に提案された。寒いのは嫌だけれど、その時のまつりの様子からきっと来週の期末テストについての相談ではないのだと察して頷いた。

 それから時は流れて今さっき、ようやく部活を終えたまつりがごめんごめんとやってきて、ベンチに二人腰をかけ、一時間ほど他愛ない話をしてから十分ほど黙り込み、そして言った。

「私、宇宙人なんだって」

 寒空に星がよく光る。まつりはどうやらあのどれかの星の生まれらしい。


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