第2話
よく聞けば、あの空にきらめく星々のどこかにまつりの故郷があるというわけではないらしいが(もっと遠いところにあるらしい。少なくとも太陽系ではないそうだ)、兎にも角にも地球がまつりの故郷ではないらしい。らしいばかりなのはこの話をしているまつり自身が僕以上によくわかっていないからだ。
そりゃそうだ。十六年生きてきて、唐突に「実は宇宙人なんだ」と言われてもはいそうですかと頷けるわけがない。要領が掴めないのも仕方ない。
「やっぱり変だと思うよね」
まつりは眉をひそめて困った顔をした。
「変だと思わない方がおかしいだろ」
しっかりと声になっていた。
「たしかに」
まつりが苦笑いした。まつりには申し訳ないけれど、いきなり宇宙人と言われたって返答に困る。ステーキだっておかしいと思うのに。
「いきなり宇宙人とか言われてもね。ステーキだっておかしいなって思うのに」
以心伝心したらしい。
「ついてくるサラダから食べちゃうから結局いきなりステーキは食べないものね」
健康志向だった。そんなくだらないことを言って笑うまつりの顔を見て、宇宙人とはとても思えない。
見るからに目の形が不思議とか、口がないとか、耳がとんがっているとかそもそも骨格が人間離れしているとか、そういった身体的特徴があればああと頷くだろうけれど、そういったこともない。制服の下はわからないけれど。
「また変なこと考えてるでしょ」
圧力のかかった若干の怒気を孕んだ声を聞いて胸に行っていた視線をさっと空へ泳がす。手慣れたものだ。きっと気づかれていないはずだ。
「寒そうだなと思ったんだよ」
二番煎じの言い訳にため息をついて、頭を振るった。それからまつりは僕の目をしっかりと見た。僕は一度視線を外したけれど、もう一度まつりの視線と合わせた。重なった視線の先にあるまつりの瞳はとてもきれいで星空みたいだった。妙に魅力的で、生まれてから今の今まで一緒に育ってきた僕の幼馴染が宇宙人だと納得した。
「私が本当に宇宙人だったら、
嫌いになる? 変なやつって思う?
捕まえて政府に差し出す?」
「そんなことしないよ。SF映画じゃあるまいし」
ていうか、質問の幅がちぐはぐしすぎだろ。
「仮にまつりが宇宙人だとして、これから何かしなきゃいけないの?」
「……わかんない。昨日お父さんに急に言われただけだから」
また二人に静寂が訪れる。わからないことだらけで困る。けれども、きっとまつりは宇宙人だ。瞳の奥にある星空はその証拠だ。それだけはなんとなくわかった。
「とはいえ、来週の期末テストは変わらずにあるよなあ」
「……ノート貸してね」
「貸すだけでいいの?」
「さらに教えてくれたらボーナスでお母さんの手料理があります」
「おまえは何もしないのかい」
思わず噴き出した。
「お母さんのお手伝いはしますー」
「さいですか、明日から行くよ。時間は?」
「部活が終わるのがー、夜の六時だから、七時くらい?」
「いいよ」
そういって、今回のまつりの相談はひとまず終止符を打った。
僕らの体温を奪い取ったベンチから立ち上がって、帰路につく。公園の出口にあるゴミ箱に缶を投げ入れると乾いた音が夜道に響いた。
今日の部活中に起きた高田先輩と橋本先輩のひと悶着をまつりから聞きながら歩くとものの数分はあっという間だった。少しだけまつりの家の前でその話の続きを聞いて、話し終わるとまつりは俯いた。
「今日はありがと。寒いのにごめんね」
「気にするなよ。まあ、なんていうか公園が似合う話だったし」
まつりがすこしだけ笑ったように見えた。
また明日と言おうと思ったら、ちょうどよく、
「おやすみ、また明日」
と。まつりの方が先に言ってきた。
「おやすみ。また明日」
そう伝えて僕はまつりが家に入っていくのを見届けて、自分の家へと向かった。すぐ真隣の我が家へ入ると暑いくらいだった。リビングに顔を出すと妹が母と喧しくレースゲームをしていた。その二人を幸せそうに写真に収めている父を見て、こいつらの方がよっぽど宇宙人に思えた。
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