第2話 気掛かり
ディチョットを見つけたのは、研究所のあった湖のちょうど対岸だった。
目に止まったのは研究所と同じようにアンドロイドシステムの地場に覆われていたからだ。地場は少年型アンドロイドのためのものらしかった。
ウノやドゥエを思わせるつるりとした、人形じみた見かけのアンドロイドは、深い青の瞳をしている。
青い妖精だ、と思った。
ピノキオを人間にするのは、ピノキオを作り愛したジェベットではない。ピノキオを人へと導くのは、突然現れる青い髪の妖精だ。
妖精はピノキオを見守り、さとし、導こうとする。ピノキオは、何度も道を踏み外しながら、やがて人間に変わるのだ。
その場所に気づかれずに踏み入ることは不可能だった。そうでなくてもそこは手出し無用の地所でもあった。
ガリマール財閥。
宇宙の半分を経済的に支配しているとさえ言われる巨大財閥だ。地球に暮らす一族を財閥の頂点に頂いているのは、地球の原種人類が保護されるようになってからなら珍しくもないが、ガリマールはその地球の一族が真の創業家であるところが異色だった。
現当主はティユール·ガリマール。
アンドロイド工学の権威であり、財閥の実務に携わってはいないとは言っても、影響力は大きい。後継の、甥シアンをアンドロイド化手術で不死にしようとしているという噂もある。
一族の生殖細胞を保存してあるところから、それでも原種人類としての保護を受けているという、もはや伝説的な一族だ。
ディチョットが保護されたのは、よりにもよってそのティユール·ガリマールが甥と居住する邸だった。
知られているだろうことは承知の上で、様子を何度もうかがった。
向こうも私がディチョットの姉、ディチャセッテであることをわかっているのだろう。それでもなんの反応もなかった。
そのうちに青い瞳のアンドロイドが「シアン」であることがわかってきた。
おかしい、と思った。
世間での話とあまりに違う。
そのアンドロイドは決して特別なものではなかった。
邸の環境内で補佐を受けなければ作動せず、どう見てもとうに耐用年数を過ぎた古い少年型アンドロイド。精々子供の遊び相手か、年寄りの話し相手として使用されるような品だ。
アンドロイドの寿命と言うものは、他の機械と同じように一般的に人間よりも短い。メンテナンスや延命処置を繰り返せば、耐用年数をこえても稼働することは多いし、ボディーの載せ替えも出来るが、その本質が「機械」であり、家庭においては「家電」であることは変わらない。
ハードとソフトのどちらにも、バージョンアップはつきもので、耐用年数も更新期限もある。古くなればメーカーメンテナンスも終了する。
医療用でもその辺りは同じで、義手や義足などは何年かごとのメンテナンスや付替えを必要としていた。
全身を機械に置き換えるアンドロイド化手術は難しく、脳は生体のままの成功例が何百かあるに過ぎない。特に難しいのが脳から記憶を機械に移す部分で、どうしても記録に齟齬が出て本人の連続性を保てなくなる。
「シアン」は発表されていないながらも、その唯一の成功例ではないかと目されているのだ。
それがあんな間に合わせのようなボディーであるということがあり得るだろうか。
謎は私を惹きつけた。
ディチャセッテは囚われている。
何に、と問われれば難しいけれど。
私は意識を広げ、兄姉たちをうかがう。
もっとも誰も私をその名では呼びはしません。「
私はピノキオ達のデータを束ね、同時に彼らの稼働環境のサポートをしています。
いいえ、ピノキオ全員というわけではありません。
正確には私の兄姉。
弟妹であるディチョットとディチャセッテにサポートは必要ありません。彼らのシステムは自立しているのですから。
彼ら二人を除いたピノキオにとって、囚われる事は必然です。
環境システムのサポートなしに稼働できないピノキオは、もともとそれほど自由な存在ではないのです。人形芝居の小屋の中でだけ、自由に生きている人形のようなもの。小屋を移されれば移された場所に、一緒に移動するより他はありません。
だからいつかこんな日が来ることを、父はわかっていました。私もそう。
ただ、ディチャセッテ。
あの子まで囚われる必要はなかったのに。
ディチャセッテは囚われています。
その足枷が
始祖鳥ーアーケオプテリクス 真夜中 緒 @mayonaka-hajime
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