5人!


 体育館で、昨日と同じ恵利の端末に入っている『練習用』の電子魔術書ePUGを開き、順番にやってみようというところで、体育館の壁に背を預けて様子を見守っていた白衣の三年生が口を挟んできた。

「エリア構築、せんの?」

 瑛子えいこも含めた四人とも振り返る。

「エリア――構築?」

 わずかに姿勢を変えて、彼女がタブレットを操作する。

「競技エリアは十五ヤードの空間、ってことは知っとーとね?」

 彼女の端末の画面がほのかに光る。

 恵利たちの立っているところから、床に薄い光の膜が広がってゆく。

「十五ヤードの、ですよね」

 久美が光の広がるさまを見ながら、白衣の彼女に言う。

「体育館でもちょっと狭いけどねぇ」

 彼女はテンポよく画面のタップを続け、それに従ってMANAが構成する空間が作られてゆく。

「正確にはね――」

 MANAの光が消え、一見何事もなくなったように見える。

「競技エリアの外に沿って、一フィートの『電書魔術無効空間』があるんよ」

 恵利たち四人は顔を見合わせ、瑛子は自分のタブレットに目を落とす。

 白衣の彼女はゆっくりと三人に近付く。

「これなしに元素系電書魔術使ったら、水浸しにしたり燃やしたり大惨事っちゃよ」

 あ、と恵利が口を丸くする。

「昨日晶子しょうこセンパイが言ってたのって、このこと?」

「つまり――」

 紗枝さえが言う。

「この中で何をやっても、その『無効空間』で消えるってことですか?」

「ホント言うと、競技場そのものも耐火とか色々やっとるっちゃよ」

 それで、と彼女は瑛子を見る。

「これは、指導者ライセンスのSIMで、構築できる」

「そう――ね」

 瑛子が見ていたのは、指導者ライセンス資格試験のテキストだった。

「あなたは? えっと、三年よね――ライセンス持ってるの?」

「まさかぁ」

 ひらひらと手を振って、眼鏡に触れる。

 白衣の前をはだけて見せた名札には『蒜久江ひるくえ』とあった。

「年齢制限に引っかかりますよぉ。

 私が作ったのは疑似空間ちゃよ」

「そっ――それでも、すごかっ」

 恵利が駆け寄った。

「部に入ってくださいっ! 教えてくださいっ」

 と、彼女の手を取る。

「教えるのは、私よりがいるけんねぇ」

 苦笑とも揶揄やゆともとれる笑みを見せて、彼女は恵利の手を払った。

「教えるのは苦手やけん――」

 と、自分の端末を見て小さく声をこぼしてから、体育館の入口を見た。

 扉は閉まっている。

 体育館の半分はバレー部が使っている。

「そろそろ来るかな……」

 彼女がそう言ったのとほぼ同時に、扉が開けられた。

 勢いよく入ってきたのは、晶子だった。

 つかつかと白衣の彼女に早足で近寄り、恵利たちを一瞥してから、

「何ですかは!」

 と詰め寄る。

「面白かった?」

 晶子は唇を震わせていた。

 何度か、彼女に文句か何か言いたそうに口を開いては閉じ――結局何も言わずに自分の端末を取り出して、叩くように起動する。

「晶子センパイ?」

 恵利が疑問符を浮かべるがそれを無視して、晶子の視線は画面と上級生を往復する。

 白衣の三年生は余裕のある感じで、恵利たち三人と瑛子は事の展開が読めずに見守っていたが――やがて、晶子がため息を吐いた。

 一度白衣の彼女を睨んでから、自分の端末を操作する。

 恵利の端末が着信を報せた。

「えっ?」

 開いていた電書を閉じ、着信を確認する。

 部活動管理画面が開く。

「――っ!?」

 恵利が目を丸くして晶子を見る。

 展開されたのは、入部届だった。

 迷うことなく恵利はそれを承認する。

名張なばり――譲、さん?」

「戸籍はまだ変えられへんから」

 どこか憮然とした様子で、晶子は体ごと横を向いていた。

「でも、晶子で」

「はいっ! 晶子センパイ!」

「あとセンパイはやめて」

「でも……」

 諾うことをためらう恵利の横から、紗枝が言う。

「じゃあ『晶子さん』でいいですか?」

「まあ――それなら」

 恵利の端末がふたたび震えた。

 画面を見て――また目を丸くする。

 もう一つ、入部届を受信していた。

「蒜久江、真理まり、センパイ?」

 それもすぐに承認ボタンをタップする。

 白衣の三年生がにっこりと笑って頷いた。

「真理、でよろしくね。

 私も『センパイ』はなしでよかよ。晶子ちゃんもね」

 と、晶子を肩から抱き寄せた。

「私の勝ち。

 ほら、やっぱり賭けにしとったらよかった」

 晶子はなおも仏頂面を崩さない。

「そんな顔せんの。ホントに女の子みたいで可愛いのに」

 そう言って、真理が晶子の頬を押す。

「――あっ!!!」

 恵利が、ほか四人と瑛子を見回した。

 紗枝の手を取って上下に振る。

 五人集まった!」

 紗枝も「あっ」と口を開け、久美を見る。

「恵利ちゃん、よかったやん」

 久美が喜色あらわに、恵利と紗枝に手を重ねる。

「うんっ!」

 恵利は部活動管理画面の上にある『昇格申請』のボタンをゆっくりと、しっかりと押した。

 恵利の感慨をよそに、一瞬で送信される。

「センパ――真理さん、晶子さんに何したんですか?」

 紗枝が尋ねる。

「それはね――」

「言わんでいいですっ。

 ゼッタイ言うたらあきませんよっ」

 真理が言おうとするのを晶子が止めた。

「あらあら」

 楽しそうに真理が眼鏡の奥の目を細めて晶子を見る。

「――だ、そうよ。紗枝ちゃん」

「あなたたちも」

 真理の腕が肩に回されたまま、晶子は一年生三人に言う。

「余計な詮索はせえへんこと。ええね」

 はぁーい、と三人声をそろえる。

 晶子はさらに、瑛子にも言う。

「私が教えられるのはやりますけど、先生はライセンス取ってくださいよ。

 でないと競技も何も、話にもならへん」

「わかってるわ」

 真剣な表情で瑛子は頷く。

「でも、入ってくれてありがとう。

 名張――さんも、蒜久江さんも」

 瑛子の端末にも、顧問用の管理ウィンドウが表示されていた。

電書魔術部やけん」

 真理がにっ、と笑う。

「今まで、部活で電書魔術やろう、って人がいなかったけん」

「私――は」

 晶子は、どう言おうか迷うようにやや苦そうな表情をしつつも、

「このまま、終わりたくない――それだけ」

 そこで真理の緩い拘束を脱して、恵利に――一年生の三人に近寄る。

「選手権に出たいって書いとったけど、本気?」

「はいっ」

 恵利が即答する。

「晶子セ――さんが教えてくれたら、行けますよねっ」

 晶子が小さく息をこぼす。

「甘い――けど、行かれへんとは言わん。

 でも厳しいで」

「はいっ」

 恵利は瞳を輝かせて拳を握る。

 気圧されるように、気合に感化されたように、晶子は表情を少しゆるめた。

「ま、まあ――走ってるのはええよ。

 まずは体力つけなあかんからね」

「最低でも『アキューム』の二分間くらいは、ってことですか?」

 久美が言う。

『アキューム』は『ウィッカン・マッチ』の団体競技で、五人ひとチームとして一人ずつが演技を行う競技である。シングル競技より個人の持ち時間は少ない。

「そんなギリギリの体力やあかんって」

 と、ここで晶子は三人を等間隔に広げた。

「術がどうとかより、まずはそうやね――タブレット両手に持って固定、水平維持十五分。そこからやってみよか」

 晶子は斜め後ろの真理を見る。

「先輩もやります?」

「よかよ。でも先輩はなしって言ったっちゃろ」

 と、真理はすたすたと晶子の隣まで移動する。

 ちょうど、五人で向かい合う格好になった。

「久美、腕下がってきてる」

 部員名簿を見ながら晶子が指示を出す。

「それと恵利、部の共有フォルダないみたいやから作って」

「えっ、あ、はい――やったらできっと?」

「ウチが教えるけん」

 きょとんとした恵利に紗枝が声をかける。

「これから買うやつの共有ですか?」

「それもやけど、私のも入れとく」

「ほんなごと!?」

 驚きの声を出したのは久美だった。

「譲くん――晶子さんの使ってたのなんて……うわぁ」

「久美」

 晶子が諌めるが、久美の頬は上気していた。

「だって、その――はぁぁ……」

 言葉にならない想いを長い吐息にして、また晶子に注意される。

「肘曲げない」

 瑛子が、晶子に近付いた。

「名張さん」

「はい?」

「あなたが教えてくれるおかげでようやく、らしくなってきた気がする」

 瑛子は自分の端末にはライセンス試験の教本を展開していた。

「それで、実はちょっとお願いしたいことがあるんだけど――」

 そう言う瑛子の顔は、困っているような悩んでいるような、微妙なものだった。




(#3 Fin)

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ウィッカン・ガールズ! あきらつかさ @aqua_hare

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