#03 白衣と眼鏡のストーカー?
晶子センパイ
体育館使用は、連休前に二日、半面を確保できた。
その初日、
「――と、いっても何からどうすればいいか、解ってないよね」
瑛子が苦笑する。
「ノーライセンスで使える『入門練習用』ってのを買ってみたっちゃけど……」
恵利が掲げた彼女のタブレットには、『元素編』と書かれた表紙が表示されていた。
「元素編って?」
「なんやろね」
「それは、ね」
瑛子がその画面と、内容を流し読みしてから説明をはじめる。
「ウィッカン・マッチで使う電書魔術は、大きく分けて三系統あるの。
一つは、
それと、映像的表現をする『投影』
もうひとつは、実体を造る『造形』ね」
三人が頷く。恵利と紗枝は納得の、久美は同意の首肯だった。
「じゃあこれは、MANAで水とか風とかを生むやつ、ってこと?」
紗枝の質問には久美が応えた。
「そうやね。競技魔術の中でも基礎、って言われるよ」
へぇ~、と恵利のタブレットの画面を見ながら、紗枝は「あっ」と幼馴染を見る。
「部の予算で買って共有しよう、って言ったっちゃろ」
あ、と恵利が口をおさえるが、わずかに苦笑していた。
「ほ、ほら、これは入門用やけん、初心者のあたしの個人的な――」
「ウチも初めて、っていうか、みんな経験者やないやん」
「ほやけど……」
紗枝は、口を尖らせた恵利の頬をむにっと握る。
「ま、もうええけど――先生、今日はどうします? 恵利の端末でちょっとやってみるか、体力的な基礎トレするか……」
「そうね……」
と、瑛子は思案げに唇に親指の付け根を当て、ふと紗枝を見た。
「
「ええ、まあ……」
紗枝が濁した返事をしたためか、それ以上は瑛子も聞かずに「じゃあ」と三人を見回す。
「体をほぐす意味も兼ねて、ストレッチとか簡単な運動から始めましょうか。
曳灯さん、号令お願いできる?」
紗枝は頷いて、三人並んでいたところから一歩前に出て、向きを変える。
「一旦タブレット置いてー」
紗枝の合図で、四人そろって体を動かしはじめたのだった。
体をじゅうぶんにほぐしたあと、恵理の購入した電書を少しだけ開いたのみでこの日の部活は終了となった。
順序だてた準備運動に紗枝以外が慣れていないこともあり、久美が基本的な電書魔術のレクチャーをしたのだが、二人に比べて体力の消耗が大きく休憩時間を長くとったことも、時間が押した理由であった。
それでもMANAに命令して体育館の中で風を起こせたり、生んだ水の片付けにバタバタしつつも競技電書魔術の一端に触れられたことで、三人のテンションは上がっていた。
夕方のチャイムで部活を終え、四人で体育館を出たところで恵理が声をあげた。
「あっ、晶子せんぱぁい!」
と通る声で呼ぶ。
その声で体育館と校舎棟をつなぐ渡り廊下の校舎側のところで足を止めたのは、
恵理が駆け寄る。
「晶子センパイ、今日から体育館使えるようになったんですよ! でも全然わからんけん、やっぱり教えてくれんとですか?」
「ちょっ――」
親密感のある距離まで一気に詰めて言われて、晶子はわずかに眉をひそめる。
「私はもうやらん、て言うたやん」
「ほやけん、教えてもらうだけでも」
晶子は何か言おうとした様子で、しかし二人の様子を見守る紗枝たちと体育館を見て、
「――もしかして、体育館でそのまま使ったん?」
と、
「はいっ、晶子センパイ、お願いしますっ」
一歩下がってぐっと頭を下げる恵理に、晶子は「ウソやろ……」と呟く。
「床燃やしたりせんかった? そんなレベルで私から言えることなんて何もあらへんわ。
――じゃあね」
晶子は姿勢を戻した恵理から離れた。
「えっ? それって……?」
疑問で動きの遅れた恵理を残して、瑛子に向かって軽く会釈してから、晶子は歩みを再開する。
「あ、待ってくださ――」
追おうとする恵理を「ルールくらい暗記してきいや!」と一喝して止め、声を荒くしたことを自戒するように「と――ともかく、せえへんから」と、歩速を上げた。
それ以上は追えなくなった恵理に、紗枝が近づく。
「恵利……」
「晶子センパイ、なんか機嫌悪かったっちゃね――アレかなぁ」
強く言われたことに落ち込んだ様子もなく、すぐ隣の紗枝にだけ聞こえるくらいの声でつぶやく。
「って、男っちゃろ」
「あそっか」
言われて気付いたように苦笑をこぼしてから、恵利ははっと振り返った。
周囲を見回す。
「どうしたん?」
「――いや、晶子センパイの他にも誰かいたような……」
体育館から渡り廊下へと視線を動かすが、歩いてくる久美と瑛子以外では、他の部活を終えた生徒たちがいるくらいだった。
その生徒たちが恵利と晶子のやりとりに注目していた様子はない。
恵利が首をかしげる。
「うーん……わからん」
「気のせいやないの? それにそろそろ着替えに行かな」
「そう――やね」
恵利は少し肩をすくめて、一度晶子の去った方を見てから、振り返った。
晶子は校門を出たところで自分に向けられた声に、また足を止めた。
「素直やなかねえ――譲くん」
弾かれたように振り返った先――校門の陰から姿を見せたのは、ひとりの女生徒だった。
下校時というのに、制服の上に白衣を羽織っている。
晶子よりやや身長のある彼女は左右短めのお下げを揺らし、片手は眼鏡のフレームに、もう片手でタブレットを抱えて晶子に近寄る。
「なっ、何なん――ですか」
校章で上級生――三年と判り、敬語を残す。
晶子はいかにも不審そうにその三年生を見ていた。
「別にぃ」
どこかのんびりした口調で彼女は笑い、タブレットの画面に少し触れる。
「今は譲くんやないんやね。えっと、晶子ちゃんか」
晶子は応えない。
「ウズウズしとるっちゃろ」
「そっ――そんな、ことは……」
否定しきらない晶子の肩を軽く叩く。
「素直になったほうがよかよ」
「――何なんですか」
その手を避けるように、一歩離れる。
「先輩は、あの子たちと何かあるんですか」
「なかよぉ」
ゆるりと、彼女は手を振る「まだ、ね」
「後悔せんように、って人生の先輩からの言葉」
「一年しか違わへんやないですか」
「そうツンツンしない」
すっと彼女はまた晶子と距離を縮める。
「早く決めんと、一番経験者やのに一番最後の部員になるよぉ。
そうしたら、んー……みんなのタブレットの画面磨きとか、そんなことからすることになるっちゃよぉ」
「何ですかそれ」
晶子は小さくため息をこぼす。
「そんなこと、下っ端でもしませんよ」
「そうなの?」
晶子の手はいつの間にか彼女に取られていた。
「まあ、それはいいとして。
あの子らも晶子ちゃんも、みんなでいい方向に行くには、晶子ちゃんの力が必要になるけんね」
「そんなこと……」
力強く振り払うことはためらう様子で、何度か掴まれた手を引く。
「離してください。バイトありますんで」
困ったように晶子が言うと、彼女はぱっと手を広げた。
「縛られ続けても、しょんなかよ」
そう言って、彼女はとんとんと晶子から離れた。
「じゃ、賭けしよっか。
晶子ちゃんが部活入ったら私の勝ち」
「そんなん――賭けにもなりませんよ」
また少し眉を寄せて、晶子が言う。
「それに、私が勝ったら何があるんですか」
「鋭かねぇ」
くすくすと彼女は笑う。
「もう、いいですか」
「よかよぉ」
でも、と手を振りながら彼女が言う。
「あの子らの練習、見てみてもよかろうもん」
晶子はそれには応えず、
「――失礼します」
とわずかに頭を下げて、彼女に背を向けた。
白衣の彼女の口元は微笑みから変わらず、片手のタブレットがかすかに光を放っていた。
◆◇
翌日の部活も、体力づくりから始まった。
ストレッチをして、グラウンドを走って――ということをしている中で、恵利が紗枝に言う。
「ね、さっちん――気付いてる?」
「何が?」
「晶子センパイ」
「えっ?」
聞き返す紗枝に、恵利が視線で示す。
「教室からあたしら見てるよ」
恵利の見ている先に、紗枝も注目する。
二年の教室の窓からグラウンドを見ている女子制服姿があった。
紗枝と目が合って、教室の人影が顔をそらす。
「恵利――あっちは?」
そこから視点を移した紗枝が言う。
「ん?」
恵利と、追いついてきた久美も紗枝の指す方向を見る。
校舎からグラウンドへの出入り口に、白衣の女生徒が立っていた。
三人を見て、恵利と目が合うと手を振ってくる。
「ストーカー? にしては堂々としてるっちゃね」
「あたし、見たことあるような気がする」
恵利が足を止め、二人も合わせる。
「どこで?」
「どこというか――何となく」
恵利は首を傾げて――「行ってみよっ」とその白衣の女生徒に向かおうとする。
「ちょっと、恵利っ」
幼馴染の制止を聞かずに恵利は小走りをはじめ、紗枝は久美と顔を見合わせて後を追った。
「すみませんっ」
恵利は声をかけながら近付いた。
「電書魔術に興味あるとですか?」
白衣の彼女が持っていたタブレットともう一台、腰から下げている端末を見て言う。
学年を示す校章で三年生とわかる。
彼女はにこやかに頷く。
すぐに二人も追いつく。
「それか『ウィッカン・マッチ』って知っとーとですか?」
白衣の三年生は柔かく微笑み――校舎を見上げた。
「そうやねぇ」
「部に入ってもらえんとですか?」
「恵利っ」
紗枝が後ろから、恵利の頭に手を置く。
「誰でも勧誘せんの。
――先輩、失礼しました」
彼女は「よかよぉ」と、ひらひら手を振る。
「ほら恵利、三年の先輩に声かけたってしょんなかけん、行くで。
一年から探そうよ」
と腕を引っ張るが、彼女は、
「そんなことなかよ」
と微笑んだ。
「入ってもよかけん。けどねぇ……」
恵利の目が輝く。
「けどっ?」
と迫るが、彼女ははぐらかすように、
「よかよか。
――ちょっと見させてもらうけん、戻って。そろそろ実践してみるっちゃろ」
「なんでそんなことまで……」
紗枝が呟く。
久美は、彼女の持っている端末をじっと見ていた。
「それ――内蔵SIMですか?」
「そやよ。えっと、久美ちゃんやったかな」
三人にざわめきが走る。
「どうして名前まで……」
「注目しとおけん、ね」
軽く言って、彼女は手にしている方のタブレットに触れる。
空気中のMANAがわずかな細い光糸の端をその画面に下ろした。
「情報収集は大事やけんね」
さらりと、恵利の背を押した。
「体育館やろ? 行こっか」
緩いのにどこか圧のある調子で、彼女は三人を促した。
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