渡会美幸、三十六歳――突然ですが名前が変わります

RAY

渡会美幸、三十六歳――突然ですが名前が変わります


 まだ三十分もあるのに、みんなもう来てるよ。

 そんなに早く来たって仕方ないのにね……まぁ、遅れるよりマシか。


 でもさ、まさかあたしにこんな日が来るなんてね……。

 友だちや知り合いの式には何度か出たけど、自分が主役になるなんて想像もつかなかったよ。はっきり言って違和感ありあり。


 三十六っていう歳のせいもあるけど、最近まで風俗嬢やってたあたしが、こんな真っ白な格好してるんだもん。仕来しきたりだって言えばそれまでだけど、何だかなぁって感じ。 


 あっ、お母さん! 病院から来たんだ……死人みたいな顔で着慣れない礼服なんか着て……車椅子で点滴なんか下げてるし……伯父さんと伯母さんが介助してくれてる……申し訳ないけど、よろしくお願いします。


 お父さんが生きていてくれたらなぁ……。


 もし生きてたら、お母さんがボロボロになるまで働いて壊れちゃうこともなかったし、あたしが風俗で働くこともなかっただろうな。もう二十五年も経つんだ……あっ、こんなときに言う話じゃないね。お父さんも喜んでくれてると思うし。


 それに、風俗で働いてたから彼とも出会えたんだしね。

 彼ったら、ここ三ヶ月、あたしが店へ出る日はいつも指名してくれた。あたしの気を引こうとしてるのはミエミエだったけど、安月給でよくお金がもったと思うよ。


 ――で、一週間前、が終わった後、素っ裸で正座したかと思ったら、真面目な顔で告白こくるんだもん。この三ヶ月であたしがどんな女なのかわかったはずなのに「それでもいい。ずっといっしょにいたい」なんて……。


 ホント「物好きもいる」って思ったよ。

 でも、彼の真剣な眼差しと力強い言葉であたしの気持ちは決まった。変な言い方だけど、勇気を持って甘えさせてもらった。心身ともにクタクタだったしね。


 それにしても、秋晴れの良い天気。ここ数日の大雨が嘘みたい。

 彼と山に行ったときは滝みたいな雨でワイパーが全く役に立たなかったもん。あたしたち以外に人っ子ひとりいなかったよ。

 

 それに、花が一杯の式場ってすごくイイ感じ。

 女はいくつになっても、どんな状況に置かれても、やっぱり花が好きだから。


 この雰囲気――名前が変わって、新しい自分に生まれ変わるには「もってこい」ってところかな。


 そろそろ式が始まる時間ね……って、京子ちゃんと秋穂ちゃん、いきなり泣いてるし。こんなところでやらかさないでよ――いつもの嘘泣き。店のライバルが減って喜ぶ気持ちはわかるんだけどさ。すっかり現実に引き戻されちゃったよ。


 金ピカの服を着た、禿げ頭のおじさんがあたしの担当なんだ――大丈夫。そんなこと間違っても口に出さないから。毎日おじさんの相手をしてたのは伊達だてじゃないんだからね。


 よろしくね――お・じ・さ・ま・❤


 そうそう、もあたしと同じような時刻だって言ってたっけ?

 ――じゃあ、いっしょにけるね。

 

 これまでチャランポランなあたしだったけど、最期ぐらいは格好付けないと。

 ――三つ指でもついて。






 お母さん、先立つ不孝をお許しください。

 伯父さん、伯母さん、母のこと、どうかよろしくお願いします。


 平成二十九年◇◇月◆◆日

 渡会美幸 改め 夜光院幸風聖心大姉

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