創作童話集
京高
口笛吹きの鬼
こんなことを言われたことはありませんか?
「夜に口笛を吹くと鬼がやって来るぞ」
これはそんな「鬼」と「口笛」にまつわるお話です。
昔々あるところにお祭りで有名な町がありました。
そのお祭りを一目見ようと、毎年毎年、近くの村や遠くの町からたくさんの人たちがやってきていました。
そんな町の人たちにも悩みがありました。いつのころからか、町の近くの山に鬼が住みついてしまったのです。
鬼が悪さをしたことはありませんでしたが、いつか悪さをするのではないかと、みんな不安に思っていました。
さて、実はその鬼が町の近くに住んでいるのには訳がありました。
この鬼、実はお祭りが大好きだったのです。
本当は自分もみんなと一緒にお祭りを楽しみたい。でも、そんなことをすると大騒ぎになってしまいます。
だから、町の近く山からお祭りを眺めることで我慢していたのでした。
そして今年もお祭りの季節がやってきました。鬼は山の上から一人で、町の人の楽しそうな様子を見ていました。
「祭りはいいなあ。わしも祭りに行きたいなあ」
ポツリとつぶやいたあと、鬼はお祭りの笛を真似して、口笛を吹き始めました。
それは、最近できた鬼の小さな楽しみでした。こうやって町から聞こえてくる笛の音に合わせて口笛を吹いていると、まるで本当にお祭りに参加しているような気持ちになれたのでした。
その時、突然後ろの茂みがガサリと音をたてました。
「誰だ!」
楽しみを邪魔されて、鬼は怒って声をあげました。町の人が鬼の近くに来ることはありません。
一体何者でしょうか。
現れたのはまだ幼い子どもでした。
「あれあれ?笛の音が聞こえたから町に着いたと思ったけれど、まだ山の中なのかな?」
キョロキョロと周りを見回しながら子どもが尋ねました。
鬼は不思議に思っていました。いくら町の近くとはいってもここは山の中です。
そんな所に幼い子どもが一人だけでやって来るなんていうことがあるのでしょうか。
しかもこの子どもは鬼のことを怖がっていないのです。
「僕は怪しい者じゃないよ。お祭りを見にやって来たんだ」
鬼が何も喋らないので不安になったのか、子どもが話し始めました。
嘘をついているようには見えません。でもなにか変です。
子どもの様子をじっと見て、鬼はあることに気がつきました。
「おい、小僧」
呼びかけられて子どもはビクッと体を震わせると、鬼の方に向き直りました。
「お前目が見えないのか」
「うん。流行り病にやられたの。熱は下がったけれど、目が見えなくなった」
姿が見えていないので、子どもは鬼を怖がってはいなかったのでした。
詳しく話を聞いてみると、半年ほど前、流行り病が子どもの村を襲いました。その時に子どもの両親を始め、多くの人が亡くなったのでした。
生き残ったけれど行くあてのない子どもは、昔から見てみたかったこの町のお祭りを見物するために、一人やって来たのでした。
「一人でやって来るほど祭りが好きなのか?」
「大好き!」
鬼の問い掛けに子どもは元気よく答えました。
「そうか。わしも祭りは大好きだ」
そう言って鬼はワッハッハと大きな声で笑いました。二人は大好きな祭りの話に華を咲かせました。
そうやって話していると、突然子どもが地面に横になりました。
鬼は眠くなったのだろうと思っていましたが、様子がおかしいことに気が付きました。子どもの顔が真っ赤で、息も荒くなっていたのです。
きっと、ここに来るまでの無理がたたったのでしょう。さらに言えば、鬼と会ったことで緊張が途切れてしまったこともあったことでしょう。
子どもの容体はみるみる悪くなっていきました。
「どうしよう。なんとかしてやりたいけれど、ここには薬がないぞ」
山の奥に入れば薬の材料となる植物を見つけることはできるかもしれませんが、きちんと処理しないとかえって毒になってしまいます。
「大丈夫だよ、おじさん。すぐに良くなるよ」
困る鬼を元気付けようと、子どもは笑顔で答えました。
「子どもは大人に心配を掛けるものだから、そんな気を使わなくてもいいんだ」
とは言ったものの、すぐにいい方法が浮かぶ訳がありません。
町に行けば薬があるでしょうが、それを買うお金がありません。第一、鬼である自分が町に近づけば大騒ぎになります。
悩みましたが、自分と同じお祭り好きの子どもが苦しんでいるのを放っておくことなんてできません。
鬼は覚悟を決めました。
「これからお前を町に連れて行く。治療してもらえる良い方法があるんだ。いいか、お前は一言も話してはいけないぞ」
「分かった」
鬼は子どもを担ぐと、ゆっくりと山を下りて行きました。
町に着くと、ちょうどお祭りが盛り上がっているところで、二人は簡単に町に入り込むことができました。
そして鬼は大通りに出たところで
「がっはっはっは!やっぱり祭りはいいなあ。旨そうな子どもも捕まえたし、後は酒が欲しいなあ!」
と、大きな声で叫んだのです。
町の人はみんな、大慌てで逃げ出しました。後には誰もいなくなったお店や、投げ捨てられたお神輿だけが残されました。
鬼はその様子を見て悲しそうに溜め息を吐くと、薬を探し始めました。
しばらくあちらこちらを探していると、逃げ出した町の人たちが鬼の周りに集まってきました。その手にはそれぞれ武器になりそうな物が握られています。
鬼を追い出そうと、怖いのを我慢しているのでしょう、よく見るとみんな震えていました。
「この町に何の用だ!さっさと出て行け!」
一人が叫ぶと周りの人たちも口々に叫びました。
「うるさいなあ、言われなくても酒が見つかれば出て行くぞ」
「鬼にやる酒なんてない!その子どもを置いて出ていけ!」
そう言うと町の人たちは石を投げ始めました。
まさかいきなり攻撃されるとは思っていなかったので、鬼は慌てました。石が子どもに当たらないように慎重に地面に寝かせると、
「うわっ!あぶない!悔しいけれど、ここは逃げるが勝ちだ」
早口でそう言って、急いで逃げ出しました。町の人たちが追い掛けて来ましたが、山の入り口で隠れることができました。
鬼は茂みからひょっこりと顔を出して
「ふう、上手くいったか。あとは町の人間たちが親切であることを祈るしかないなあ」
と、いつまでも心配そうに町を眺めていました。
鬼に捕まえられた可哀想な子どもなら助けてくれるだろう。鬼の考えは当たり、子どもは町の人たちに手厚く看病されました。
そのおかげで少しですが、再び目が見えるようにもなりました。
ある夜、すっかり元気になった子どもは町のはずれにやって来ました。
そしてあの日山の中で聞いた口笛を吹き始めたのです。
「一度聞いただけなのに、上手く吹けたな」
口笛が終わると、近くの草木の陰から声がしました。
「ありがとう。おじさんのおかげで元気になれたよ」
「町の人たちがお人好しだっただけだよ」
子どもの感謝の言葉に、鬼は照れて答えました。そしてこの子が元気になって本当に良かった、と思いました。
しかし、その代わりに鬼が住み家を追われることになってしまいました。鬼のことを怖がる町の人たちが、山から追い出そうとし始めたのです。
「最後にお前の元気な姿を見られて嬉しかったよ」
「僕、大きくなったらぜったいおじさんを探しに行くよ。今日みたいに夜に口笛を吹くよ」
お別れの言葉を言いに来たのに、思ってもみなかった子どもの決心を聞かされて、鬼はとても驚きました。
けれど、子どもの優しい心に温かい気持ちになったのでした。
「そうか。その日を楽しみに待っているよ。それではまた会おう」
そう言うと、鬼は暗い夜の中をどこへともなく去って行きました。
それからというもの、夜に口笛を吹くと、お祭り好きの鬼が、仲間だと思ってやって来るようになったのでした。
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