でんせつのゆうしゃのけん

 メリクは勇者である。

 自然神オ・ヤマーから与えられたエダルを用いてトゥサンが造り上げた勇者の剣を手に、今日も平和のために戦い続けている。



 彼の華々しい戦果の数々の中でも、特に有名なものを紹介していこう。



 まず、なんといっても彼の名を世に知らしめた邪龍リザトーカとの死闘が上げられる。


 リザトーカは邪龍の名の通り残忍な性格で、これまでにもいくつもの村が滅ぼされ、いくつもの町が大きな被害を受けていた。

 事態を重く見た王たちは、協力してリザトーカを討伐する連合軍を結成する。集まった騎士や兵士はなんと数万に達し、歴史に残る大軍勢を見た人々は「ついに邪龍の命運も尽きた」と喜び合ったのだった。


 しかし、連合軍が討伐に向かってからたったの三日で、人々は恐怖と絶望を味わうことになる。リザトーカの住み家に最も近い国であるエルカ国の王の元にボロボロになった一人の兵士がやってきたのである。

 その兵士によると、数で勝る連合軍が優勢だと思われていたリザトーカとの戦いは、開戦後すぐにその予想をひっくり返されることとなった。龍族特有のブレス攻撃によって数千人もの兵士が一瞬でやられてしまったのだ。それを見て戦意を喪失した連合軍は一気に瓦解していき、一昼夜の内に壊滅してしまったというのである。


 さらに困ったことに、怒った邪龍が付近の町や村を襲い始めたという。

「邪龍の魔の手は、近い内にこの街にまで届くでしょう」

 不吉な言葉を言い残して、その兵士は力尽きてしまった。


 すぐさま追加の討伐軍を派遣しようとしても、そのための騎士や兵士たちは連合軍に参加してしまっていて、残っているのは城を守るわずかなものばかりだ。エルカ国だけでなく他の国々もそれは同様であり、とてもではないが再び邪龍と戦えるほどの力は残っていなかった。

 そして兵士の言葉通り、それから二日後に襲来した邪龍リザトーカによってエルカ国は滅亡した。


 邪龍の報復を恐れて逃げ惑う人々によって、リザトーカの住み家の周辺にある国々は大混乱におちいることになる。火事場泥棒や野党も多数出没して、それに拍車をかけていった。

 人々の心が絶望で塗りつぶされようとしたその時、リザトーカ討伐の報が残る各国の王の元に届けられた。そしてその偉業を成し遂げたのはたった一人の青年だったというのだ。

 その話は一般の人々の間にも流れていた。最初は根も葉もない噂だと気にもとめられていなかったのだが、王たちが確認のために派遣した兵士によってリザトーカの亡骸が発見されると爆発的な勢いで広まっていった。


 邪龍リザトーカをたった一人で倒した青年こそ、後の勇者メリクである。しかし彼であっても、ドラゴンスレイヤーへの道のりは厳しいものだった。


 伝承ではメリクとリザトーカの戦いは七日七晩続いたとされている。

 数千人を一度に戦闘不能にしたブレス以上に厄介だったのは尻尾での攻撃である。危険を感じたリザトーカは尻尾を切り離し手数を増やす作戦に出たのだ。強大な回復力によって切り離したそばから生えてくる尻尾をまた切り離すこと十回、メリクの周囲は邪龍の尻尾に取り囲まれてしまっていた。

 無秩序に暴れ回る尻尾の群れをかい潜るものの、リザトーカ本体からの踏み付けや鉤爪の攻撃によって受け身に回る他なく、攻撃に移ることができない。

 一方のリザトーカもせっかく増やしたて数を減らすことになるために、切り札であるブレスを吐くことができずにいた。こうして決め手が出せないままに時間だけが過ぎていった。


 そして七日目の夜、ついに拮抗が崩れることとなる。

 先に手を出したのはリザトーカであった。いや、メルクによって手を出さざるを得なくされたのだ。切り離した尻尾全てを含むほどの広範囲へのブレス攻撃によって一気に片を付けようとしてきたのだ。

 迫りくる灼熱のブレスを前に、メルクは手にした勇者の剣で尻尾の一つを大地に繋ぎ止めて壁とした。

 リザトーカの尻尾がブレスに耐えうる強度を持つのか?それは彼にとっても賭けではあったが、見事それに勝利することになる。

 強力な一撃を放った代償としてその力を著しく減少させていたリザトーカに向かって、燃えかすとなった尻尾のかげから一筋のきらめきが突き進む。

 次の瞬間、眉間に深々と剣を突き立てられた邪龍は、暴虐に満ちたその生涯に幕を閉じたのであった。



 メリクを語る上で忘れてはいけないのが、彼に勇者の称号を抱かせることとなった巨人族との戦いである。

 北の王国は長年巨人族によって苦しめられていた。巨人たちは短絡的かつ享楽的で、粗暴な上に残忍な性格をしており、人々をいたぶったり搾取したりしていた。

 メリクが北の王国に辿り着いた時、巨人たちは王の三人の娘たちを妻に差し出すよう要求していた。妻とはいうものの、実際には生贄のようなものであるため、王国中は悲嘆に暮れていた。


 その話を聞いたメリクはすぐに巨人たちの元に乗り込んだ。巨人たちは両手両足の指を全て使っても足りないほどの数で彼を取り囲んだ。

 想像してみて欲しい。自分の数倍にもなる巨人たちに取り囲まれる様を。そんな中にあって恐れもしなかったメリクの勇敢さがよく分かるだろう。


 巨人たちは確かに怪力の持ち主ばかりであり、数も多かったがその攻撃は手にした棍棒を振り降ろすだけの単調なものであり、邪龍を打ち破った経験を持つメリクの敵ではなかった。

 踊るように優雅な動きで迫りくる棍棒を避けては、お返しとばかりに勇者の剣で斬りつけていく。わずか一刻に満たない間に、巨人たちは一人残らず叩き伏せられていた。


 しかし、これもメリクだからできたことである。

「群がる巨人たちが次々と棍棒を振り降ろす様は、まるで天が落ちてきているようだった」

 巨人族の元に彼を案内した男は後にそう語っている。


 さて、巨人族を倒したメリクであるが、リザトーカの時とは違って命までは奪っていない。これまでの行いを反省させて、北の王国の人々と仲良く暮らすように諭したという。そして巨人族の協力を得ることができた北の王国は急速に発展を遂げていくのであった。


 この巨人族の討伐と改心という一連の功績によって、メリクは勇者と称えられるようになり、吟遊詩人たちによって広められた彼の物語の中でも特に人気のある演目の一つとなっている。



 数多の冒険を成功させ、たくさんの人々を救い、多くの敵や魔物を調伏してきたメリクは今、漆黒の獣王と呼ばれる黒狼ヤケンと戦っていた。

 狡猾なヤケンを追い詰めるのに一月、一騎打ちを始めて既に十日が過ぎていた。


 ヤケンの素早い動きにはさしものメリクも苦戦を強いられており、もうすぐ十一日目の日が暮れようとしている。


「おーい、メリクー!!どこだー!?」


 ふいに遠くから彼を呼ぶ声がした。


「あ!お父さんだ!」


 構えていた剣を下ろしてメリクが視線を外すと、ヤケンも臨戦態勢を解いていた。


「お父さんが迎えに来たから、また明日遊ぼうね」

「ワフッ!」


 彼の声に答えるように一声鳴くと、ヤケンはどこへともなく走っていくのだった。


「お父さん!こっち、こっち!」

「そんな所にいたのか。もうすぐ晩御飯ができるから一緒に帰ろう」

「うん!」


 元気いっぱいに答えるとメリクは父親と手を繋いだ。


「そういえばその剣の調子はどうだ?」

「すごく使いやすいよ!カッコイイし、友達も欲しいって言ってた!」


 樵であるメリクの父親が、伐採した木から落とした枝の部分を使って作った剣は、子どもたちの間で人気が出てきているようだ。


「そうかそうか。でも、弱い者いじめをしちゃあいけないぞ」

「そんなことはしないよ!勇者は皆を守るんだ!」


 鼻息荒く返すメリクを父親は微笑ましく見つめていた。そして二人は夕暮れの街をゆっくりと家へと向かうのであった。

 その後、メリクの父親は余った木材で次々と剣を作り、わずか一年ほどで『勇者の剣』が森沿いの町のお土産品として定着していくのだった。

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